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37 神剣

「ふざけるな……」

 カオルは頭に血が上っていた。

 自分の設定が、とかいう話は、もう完全に頭から消し飛んでいた。

 兵士は死ぬのが仕事だから死んでも構わない、と言っていたのは一体誰だったのか。

 フランセットの胸に突き刺さった槍。傷口から噴き出す鮮血。それを見た瞬間、全てが吹き飛んだ。今まで多くの兵が倒れるのを平気で見ていながら、自分の知り合いが倒れるとそれか。現金なものだ……。

 そう自分で思いながらも、どうしようもなく湧き上がる、このどす黒い怒り。


 エドの首筋をポンポンと叩く。

 言葉にするまでもなく、エドは察して膝を折り、カオルを降ろした。


 静まり返る周囲。

 返り血を浴びるのには慣れていても、友軍兵士の頭が突然破裂したり、その脳漿を浴びたりするのには慣れていなかったようである。

 しかし、静かになったのはほんの僅かな範囲のみ。周辺ではまだ騒がしく戦いが続いていた。


 上空に目をやるカオル。

 次の瞬間、戦場の上空に轟く大爆発の轟音。

 女神の御業か、悪魔の仕業か。それとも、大いなる災いの再来か。

 戦場全域を震わせたその爆発に、さすがに全ての戦闘が中断される。

 カオルは、その原因の位置を示すべく、自分達の上空に黄金色に輝く雲の柱を生成した。

 そして大声で叫ぶ。


「これより大事な儀式を行う! お前達はそこで黙ってじっとしていろ! 戦争の続きがやりたければ、その後でやれ!!」


 とても戦場全域に届く声量ではないが、小高い場所からなのでそこそこ届いたようである。あとは、伝言で伝わるだろう。何せ、逆らうととんでもないことになりそうなのだから。


 フランセットの方を再度確認すると、致命傷っぽくはあるけれどまだ少しは保ちそうであった。フランセットとロランドの方へと歩き寄るカオル。


「い、今だ、御使い様を確保…」

 ぱぁん!


 カオルの確保に動こうとした帝国の上級兵士の頭が吹き飛んだ。

 最早、動こうとする者はいない。


 カオルは数メートル程離れた位置で立ち止まり、肺から逆流する血で口元を濡らしたフランセットに大きな声で言った。


「騎士フランセット。常に努力を続け、主君を守ったその姿。騎士として、立派な生涯でした」


 ロランドに半身を支えられたフランセットが、嬉しそうに、そして満足そうに弱々しく微笑んだ。


「しかし、女性としては、あまり立派な生涯とは言えないようですね」


 どんよりとした顔をするフランセット。


「そこで、私から次の人生のために贈り物をしましょう。何がいいですか? 整った顔? 艶やかな綺麗な髪? すべすべで吸い付くような滑らかな肌? 豊かな胸? さぁ、何を選びますか?」


 カオルの問いに、口からごぼごぼと血を溢しながらフランセットは声を絞り出して答えた。


「ち、力を……、ま、また、主君をま、守ることが出来る、力を……」


 カオルは、再びフランセットに向かって歩きながら言った。

「……そう言うんじゃないかと思っていましたよ。そんな馬鹿な願いなら、来世ではなく、今世で果たしなさい」

 そしてカオルは空中に軽く手を振り、何も無い空中から薬瓶を掴み出す。

 瓶のフタを開け、しゃがみ込んでフランセットの口にその中身を注ぎ込む。


「え……」

 一瞬のうちに完全に治癒し、驚きに声も無いフランセット。

 カオルは足元に転がっている折れたバスタードソードにちらりと目をやった。

「こんな剣では、あなたには不足のようですね」

 そして空中から掴み出す、一振りの剣。


 固く、折れず、曲がらない特殊合金製。刃の最前縁は単分子の厚さとなり、柄を握った者の生体電流を動力源として超高速で振動する。

 いわゆる、『単分子超高速振動剣』であった。

 さすがに、ヒート機能は自重した。


 なぜ剣を作り出せるのか?

 いや、これは剣ではない。

 柄の先っぽを捻って外すと、中には回復ポーションが入っているのだ。

 つまり、これは『剣の形をした、ポーションの容器』なのである。


 『その薬品はその時に考えた通りの容器にはいって出てくる』

 カオルが何気ない振りをしてセレスに認めさせたその条件は、実はアイテムボックスを凌駕するほどのチートであった。



 カオルが差し出す剣を、恭しく受け取るフランセット。

 この剣が、ただの剣であるはずがない。

 周囲の誰もがそう思った。



 剣の名を言わなければ。

 カオルはそう気付き、慌てた。剣の名など何も考えていなかったが、ここはそれらしい名を宣言しなければならないだろう、と。

 しかし、いきなりでは良い名が浮かばない。


 神剣と言えば、エクスカリバー? いや、あまりにも安直すぎる。

 選定の剣、カリバーン? いや、大して変わらない。

 岩に刺さっていた王選定の剣カリバーンは、よくエクスカリバーと混同されるけれど、エクスカリバーは湖の貴婦人から賜った…って、エクスカリバーはカリバーンを鍛え直した剣、って説もあったか。鍛え直されて、より強くなったカリバーン、エクストラ・カリバーン、って、え、だからエクスカリバー?

 そう言えば、エクスカリバーは剣よりも鞘の方が価値があるとか…。普通、剣を打ったら、ありがたい機能は鞘ではなく剣に付けるよねぇ。ということは、つまり、鞘はあとで別個に造られたもの…。

 元々エクスカリバーには鞘が無かった? あ、岩に刺さっていたなら、鞘が無かったのも納得できる。では、やはりエクスカリバーの元は……。


 よし、ここは北欧神話から、シグルドの剣の名を借りて、それをカリバーンに肖って、更に強力にした名前で……。


「騎士フランセット。あなたに、女神の守護騎士である『エインヘリヤル』の称号と、この、神剣エクスグラムを授けましょう。この剣と共に、勝利への道を切り開きなさい。

 さぁ、行くのです、エインヘリヤル、聖騎士フランセット!」


 うおおおおおぉッッ!


 雄叫びと共に立ち上がる、騎士フランセット。

 さぁ、戦争再開だ!



 ひゅん


 何の抵抗もなく振り抜かれた、神剣エクスグラム。

 手応えも無く、空振りか? と思われたが、ずるり、とずれ落ちる帝国兵の上半身。受けた剣も鉄の鎧も豆腐のように両断されていた。


「「「え……」」」


 敵も味方も、いや、剣を振るった本人さえも呆然とするその切れ味。



 ふふ


 ふふふ……


 ふふふふふ………


 鬼神が、満面の笑みを浮かべた。



 ぎゃあああああ~~~




 物欲しそうな顔でカオルを見詰める、フランセットに置いて行かれたロランド。

 仕方ないなぁ、死なれても困るし、と、諦め顔のカオル。

 ひょいと空中から掴みだして…。


「はい、神剣、エクスリジル。但し、この戦いが終わったら返して貰いますからね。ロランド様は別に女神の守護騎士であるエインヘリヤルじゃないんですから」

「えぇ~……」

 ぐちぐち言いながらも戦いに加わるロランド様。


 そしてふと気がつくと、物欲しそうな顔をした4人の近衛兵が……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 致命傷から回復させた相手に与えるのがエインヘリヤルって…… 『戦乙女に召し上げられた死せる英雄の如く、永劫戦い続けてね』っていうブラック命令かな?
[一言] なにこのトンチw
[一言] やっぱりハンドソープ創り出すノリでエンジンを作り出せるのでは? 『えー?ハンドソープも空気と混ぜ合わせて出す機能が容器に付いてるじゃないですか? これもガソリンみたいなポーションと空気を混…
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