348 活動開始 4
((え……))
ギルドマスターの言葉に、疑問の表情を浮かべる、ふたりのギルド職員。
キャンを案内してきた受付嬢と、ギルドマスターへの先触れ役を命じられ、ちゃっかりと居座ってキャンの話を聞こうとしている若手職員である。
普通、こういう場面では『どこで手に入れた!』とか、『どうやって入手した!』とか言って、問い詰めるものである。
ハンターにそういうことを喋るよう強制するのは、ルール違反である。
しかし、ギルドマスターが必要と判断した場合は、その限りではない。
それに、相手が海千山千のベテランハンターであればともかく、まだ15~16歳くらいの小娘であれば、いくら一角獣の角を入手するという僥倖に恵まれたとはいえ、ギルドマスターが少し威圧すれば簡単に喋るはずである。
なので受付嬢達は、当然ギルドマスターがその質問をすると思っていた。
一角獣の角の入手などというとんでもない事態、……いや、『事件』なのである。これを引き渡された依頼主からも、他の貴族や王族、金持ち達からも、そして一攫千金を夢見るハンター達からも問合せが殺到するに決まっている。ハンターギルドにも、そして依頼完遂者である、この少女にも……。
なのでその質問をし、事実を確認しておくことは、問合せの殺到でギルドが大混乱に陥ることを防ぎ、そして少女を護るために必要なことであった。
だから、若手職員がそれを聞きたいと思って、用事が済んだのに退室せずに居座っているのである。
それに、この少女が、権力者や他のハンター達から狙われないはずがなかった。
もっと稀少な素材を持っているのではないか。
入手ルートを吐かせれば。
そして、自分達のパーティに無理矢理加入させれば……。
それらから少女を護るためにも、詳細を確認するのは、この依頼を受注させ、そして納品を受けたこのギルド支部の義務であると言えよう。
……なのに、ギルドマスターは途中で態度を急変させたかと思うと、年端もいかぬ新参者の小娘に対して『さん』付けで呼んだり、まるで王宮から来た査察官に対するかのような、少し怯えたような、意味不明の不審な態度を取っている。
そして、当然すべき質問を、全くする気配がない。
それは、明らかにおかしかった。
仮にも、王都のギルド支部を任された人物なのである。決して無能ではないし、おかしなことを考えるような人物ではないことは、職員達も知っている。
(なぜ……)
ふたりの職員がそう疑問に思うのは、無理もない。
しかし、それは王宮から機密情報を知らされている者と、知らされていない者との違いであった。
超重要機密情報、『新たなる御使い様の誕生と、そのお方がこの国に御滞在されている件』。
余計な手出しは厳禁。
部下や配下の者達、及びその他の者が御使い様にちょっかいを出したり、絡んだり、危害を加えようとしたり、そして、御不快にさせたりしないように、細心の注意を払うこと。
秘密を守りながら。……自分の命より優先させて。
国王陛下直々にそんな命令を受けた者が、明らかにその対象人物からの指示を受けて行動している者に、とやかく言えるわけがない。
「では、失礼いたします」
そう言って、ギルドマスターの執務室を辞去するキャン。
「う、うむ、御苦労であった……」
「「…………」」
そしてギルドマスターの執務机の上に一角獣の角を置いたまま部屋を出るキャンを、ぽかんとした顔で見送る受付嬢と若手職員。
「……って、何をぽかんとしている! ローレイア、お前が担当して、納品と依頼完了の手続きをしろ! 個室を使え、できる限りこの件の情報の拡散を防ぐのだ! 行け!!」
「は、はいっ!」
ローレイアは部屋から飛び出しながら、自分が窓口で、かなり大きな声で『一角獣の角』と言ってしまい、多くの者がそれを聞いたらしくざわついていたことを思い出し、蒼くなっていた。
「カレン、今ギルドにいるハンターの中で、最も信頼できて腕のいいパーティを連れてこい、今すぐにだ! 何も説明せず、ただ『ギルマスが呼んでいる』とだけ言え。……行け!」
「はいっ!」
どうやら、先程のギルドマスターの不審な態度は、何か訳ありのようである。
決して、判断力が衰えたというわけではなさそうであった。
そう思ったカレンは、急いで先輩の後を追って、部屋から飛び出した。
……勿論、ギルドマスターが信頼できるパーティを呼んだのは、少女の隠れ護衛として、宿までこっそりと送り届けるためである。
窓口で普通に納品しようとした以上、ローレイアにはああ言ったが、ギルドにいたハンター達に一角獣の角のことが既に知られていることは間違いない。
なので、大金を得た少女がひとりで帰るのは危ないと思ったのであった。
何とか宿まで無事に帰り着かせれば、おそらくその後は王宮が派遣した警備兵がこっそりと守っているはず。そう考えるのは、間違ってはいないであろう。
既に御使い一行は宿屋ではなく借家に移っているが、大した違いはない。
それに、宿にはあの、エインヘリヤルの少女がいる。
ギルドマスターたる者、それくらいの情報は、当然ながら掴んでいる。
今、ギルドの金庫に一角獣の角の納品に対する支払いができるだけの金貨はない。
なので、今はある程度の額の金貨を渡し、残りは依頼者であるヴォーレル伯爵家に連絡し、角と引き換えに全額を支払ってもらうことになる。
普通は、報酬は依頼時にギルドに供託しておくのであるが、さすがにこのような完遂の確率が極端に低く、かつ報酬額が馬鹿高く、おまけに他の街のギルド支部にも同様の依頼を出しており、なおかつ依頼者が社会的信用度が高く踏み倒しなど絶対にあり得ないという特殊なケースにおいては、手数料以外は後払い……現物と引き換え……になるのであった。
* *
「生娘ちゃんの護衛か?」
若手職員に案内されて執務室に入ってきたハンターにいきなりそう言われ、ぶふぅ、と、飲んでいた紅茶を吹きだしたギルドマスター。
ゲホゲホと咽せながら若手職員を睨み付けるギルドマスターであるが、若手職員はふるふると首を横に振っている。私は何も喋っていませんよ、というアピールなのであろう。
「あ、悪ぃ悪ぃ、カレンちゃんは何も喋ってないよ。大きな声を出したのは、ローレイアちゃんだ。
まぁ、それも生娘ちゃんに嵌められたっぽいけどな!」
若手職員が連れてきたのは、Bランクパーティの『幻想の弓』の連中であった。
リーダーはいささか言動が軽くお調子者っぽいが、それは半分は地、もう半分はわざとやっているようであり、他者に軽く見られやすいが、実はかなりしっかりした誠実な者達であった。
軽く見せていると、相手の油断を誘えるということもあるが、初対面の者に話し掛けやすく、そしてあまり照れずに人に親切にできる。
……つまり、お人好しの馬鹿、ということであった。
勿論、Bランクなので、実力も人柄も問題ない。
「お、お前、『生娘ちゃん』って……」
「え? 一角獣に接近できたんだから、生娘なんじゃないの? みんな、そう言ってるぞ?」
咎めるようなギルドマスターに、平然とそう返した、『幻想の弓』のリーダー。
「…………」
みんなが言っている、というリーダーの言葉に、一角獣の角のことが完全にハンター達に知られていること、そしてあの少女のおかしなニックネームが広まっているらしきことに、頭を痛めるギルドマスター。
そして、それが正式な二つ名にならなければいいが、とキャンのことを気遣う、ギルドマスターであった……。




