34 西方への旅
馬を決めると、そのまますぐに西方へと出発した。
こんな事もあろうかと、のアイテムボックス。急な逃亡に備えて、水に食料、テントに毛布、炊事道具に武器防具、飼い葉に水桶と、なんでも突っ込んである。
ロランドとフランセット、近衛兵4名が必死でついてきた。食料その他はどうするつもりなのか……。
そのために、近衛兵の残り3人が別行動なのか?
馬は、面接の結果、6歳の牡の白毛を選んだ。目は黒。人間に換算すると22~29歳くらいであろうか。馬の年齢の人間換算は諸説あってよく分からないが。
あまり若くて経験の無いのは避けて、歳を取って衰えが出る年齢も避けて、ある程度無理が利く、ということでこの年齢を選んだ。あと、元気で明るい性格と。
村で剣で切られて結構重傷だった馬らしく、もうダメかと思っていたところを助けられたため忠誠心が高そうだったのも高ポイントであった。
白は目立つから敵に発見されやすい、という欠点があるが、今回は恐らく『目立つこと』が必要になるだろうから、却って好都合であった。
18頭の中には牝馬もいたので、条件の『気に入った娘』の部分を『気に入った牡』に変えて同条件で選抜したけれど、たまたま選択基準に一番適していたのが牡馬であっただけである。
一応、鐙、手綱等はフランセットが調整してくれた。落馬でもされたら大変だから、とのことである。基本的にカオルが馬具を使って馬を制御することはなく、全て会話による指示で動いて貰うため、馬具は本当に『カオルが落ちないためのもの』なのであった。
子供達がいなければ、そして勝手についてきているロランド達に気を遣わなければ、荷物のことを気にする必要のないカオルは、とにかく単騎で速く走れれば良いのである。
そのためには、素人であるカオルが落ちない、ということが最重要課題。自由に動ける必要はないので、鞍に縛り付ける、というのでも別に構わなかった。しかし実際にそうするとかなりキツそうなのと、人目を憚る見た目となるため、却下である。そのため、結局は普通の騎乗姿勢となるのであった。
衛星都市ニコシアから、南方の王都方向ではなく西方への街道に合流するための迂回路を使い南西方向へと進むカオル。そして後方でカオルを護衛する位置を保つ王宮勢。王宮勢は、カオルを乗せた馬、エドが自由過ぎる走り方をするため、合わせるのに苦労していた。そのため、カオルの疲労と、主にお尻と股関節の都合で休憩が多いのは彼らにとってありがたかった。
しかし、王宮勢は食料や水、飼い葉に野営具等、必要物資はどうするつもりなのか。馬車に積んでは追いつけない。また、いくらカオルが素人であっても、馬との意思疎通が完璧な以上、騎馬に荷物を満載した状態ではついて行けまい。カオルが町や村で宿泊するならば大きな問題はないが、野営するつもりならば王宮勢の物資のことがどうしても問題となるであろう。行く先々で補給を受けるのか?
カオルはそれらのことが気になってはいたが、最初から同行することが決まっていた前回とは違い、今回はカオルの行動は反対され、一切の協力は拒否されての、カオルの単独行動なのである。誰かがたまたま勝手に近くで行動していても、物資を分けてやる義理はない。カオルは、身内や助けてくれる者には誠意を示すが、敵対者や嫌がらせをする者には冷たかった。
実は、カオルのアイテムボックスのことを知らない王宮勢は、カオルが野営するとは思ってもいなかった。他国の貴族の育ちだと思っていたし、荷物も持たない手ぶらなので。先の作戦の時は、カオルは馬車で眠り、食事等は全て近衛兵とフランセットが世話をしていたのである。
彼らが絶望を味わうまで、あと数時間であった。
「ロランド様、カオル殿はこの町にもお立ち寄りにならない御様子。この先にはしばらく町も村もありませんが……」
近衛兵のひとりがロランドに報告した。
「う~む…。カオルはそれを知らないんじゃないか?」
「いえ、カオルさんはちゃんと地図を持ってました。地図の見方も御存じのようでしたし…」
フランセットがロランドの言葉を否定する。
あと1時間もすれば暗くなり始めるであろう。
皆に困惑が広がるが、どうしようもない。ただ、ついて行くしかなかった。
『エド、今日はもうそろそろ休もうか』
『分かった、嬢ちゃん』
カオルの言葉に、速度を落としてゆっくりと歩くエド。
『ほら、あそこから少し林の中にはいって、街道から見えないところで寝場所を作ろう』
そして街道を外れ、林へと分け入るエドとカオル。
「ろ、ロランド様……」
「ああ、野営のようだな…」
「ど、どうしましょうか」
「どうしようと言ってもだな……」
結局、近衛兵4人が先程通過した町まで戻り、水と食料、飼い葉と毛布等を用意してきた。特に馬には大量の水が必要であり、4頭の馬には町で充分に飲ませたものの、野営地まで物資を運ぶのは大変であった。
今回は幸いにも近くに町があったが、もし町も村もない場所で野営するとなれば……。
いや、それ以前に、カオルは何もない状態でどうしているのか。
カオルの寝所を覗きに行くわけにも行かず、ロランドは考え込んでいた。
その頃カオルは、エドと夕食を楽しんでいた。
カオルは、以前工房の厨房で多めに作ってストックしておいた温かい食事。
そしてエドは、飼い葉を食べたあと、カオルがアイテムボックスから取り出したトウモロコシ、ニンジン、リンゴ、角砂糖に狂喜した。
角砂糖は、薬品を作る能力で作成したものである。『糖分を補給するための薬品で、角砂糖と同じ味、見た目、成分のもの』ということで。
『すげぇよ嬢ちゃん! 約束通りだな! 明日も頑張るぜ!』
『よろしくね。あ、これ飲んで。疲れが取れるから』
『おぅ、ありがとな』
周囲に魔物と獣と虫避けの薬を撒いて、カオルはベッドでぐっすりと眠った。
そう、例の男爵家のベッド、久々の出番であった。
翌朝。
爽快な目覚めのカオルとエド。
それぞれ朝食を楽しみ、お花摘みを済ませ、元気に出発。
どんよりした目覚めのロランド一行。
魔獣や野獣に備えて交代で不寝番、藪蚊に喰われ、毛布一枚で寝た身体は強張りあちこちが痛い。昨日の夕食は冷え切った屋台の串焼きだったし、今朝は堅パン。
毛布は荷物になるので1枚が限度である。毎回捨てて近くの町で買い直すなら別であるが。
カオル達の出発を見て、慌てて追いかける。
「ロランド様、何か速くなってませんか?」
フランセットに言われて気付いたが、確かに昨日より速い。
「…上達したのか?」
そう、上達していた。
お尻と股関節はポーションで治癒し、更に念のため強化しておいた。
そして、乗っている馬本人から指導を受けていたのである。
『もう少し腰を浮かせて。うん、そんな感じ。俺の身体の揺れに合わせてリズムを取って、そうそう…。あ、もう少し膝は強く締め付けて…、うんうん、そんな感じで』
今まで自分に乗った騎士達の技術と、自分が走りやすいようにとの両面からのアドバイス。それは上達するに決まっている。
また、エドも元々、水不足に苦しむ中で特別にやや多めの水を与えられ、先遣隊へと選ばれたエリートであった。その上、カオルは軽い。ロランド達とは比較にならないくらいに。鎧を着て剣を持った成人男子を乗せるのに較べれば、空荷も同然であった。
そして、休憩時にカオルと共に飲む回復ポーション。
若干の水や食料、野営具を積んだロランド達は、しだいにエドについていくことが難しくなり始めていた。
「ロランド様、まずいです! このままでは徐々に引き離されます!」
「しかし、一時的には無理をして速度を上げられるが、そうすると馬の疲労が急激に増してすぐに力尽きるぞ! 充分な水も与えていないのに!」
「そうは言いましても、今引き離されたら意味がないのでは!」
その日は何とか凌いだものの、夕方には明らかに朝方よりペースが上がっていた。このままでは、明日は危ない。ロランドが困り果てていると、フランセットが提案した。
「ロランド様、護衛を二手に分けましょう。片方はカオル様達の近くで野営し、翌日は共に飛ばして昼まで喰らいつきます。もう片方は前日の夜のうちに半日分を先行、寝るのは遅くなりますがそのまま翌日の昼前まで休息。昼過ぎに朝の護衛チームから引き継いで夕方まで喰らいつきます。朝のチームはゆっくりと進んで、野営地に着いたら護衛を引き継ぎ、先行チームは再び夜間に先発。これを繰り返します」
「なる程! それは良い案だ。で、どのように分ける?」
「はい、夜間に側で野営するのは、ロランド様と私が良いでしょう。何か起こる可能性が高いのは夜間ですし、指揮官であるロランド様、そしてその直属護衛であり、またカオルさんと同じ女性である私が居た方が色々と都合が良いかと。また、戦力的にも、私達ふたりと近衛の4名で釣り合うでしょう」
フランセットは心の中でもじもじしながら思った。
この素晴らしい提案を自分の頭に吹き込んでくれたのは、天使様であろうか、それとも女神様であろうか、と。




