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31 井戸

 カオル達が村に着くと、既に村人の避難は完了しており、4人の近衛兵に迎えられた。幸い、敵の先発部隊や斥候兵は来なかったらしい。


「じゃあ、すぐに移動の準備をします。まず、水を補給して。その後は、井戸は一切使用禁止です」


 そう言うと、カオルは村の各家へと入り、水や食料が残されていないかの確認を始めた。瓶や鍋に残っていた水は、捨てるか、もしくはその中に怪しげな液体を注ぎ込んだ。食べ物は滅多に残されていなかったが、ほんの少し残されていたそれにも、そっと液体を振り掛けた。

 各家の確認作業が終わると、カオルは畑の方へ行き、色々とアイテムボックスに収納。

 最後に、皆の水の補給が済んだことを確認し、先日確認した時のメモを見ながら村中の井戸を回った。そして勿論、全ての井戸に投入される、怪しい薬品。


「さ、行きますよ!」


 一行は来たルートを戻り、避難を終えて無人となった次の村でも同じことを行った。荷が子供8人と軽い馬車は、水や食料、飼い葉等の消費と共に荷が軽くなったもう1台の馬車と共に、歩兵の行軍速度を遥かに上回る速度で移動できるため、作業に多少の時間をかけても帝国軍に追いつかれる心配はなかった。

 この村で、近衛兵のひとりを伝令として王都に直行させた。『作戦順調、計画通りに進められたし』との報告書を託して。




 帝国軍北方侵攻軍の司令官は報告を聞き呆然としていた。

「物資が壊滅状態、だと……」

「はい、飛散したもの、燃え残ったもの等を集めましたが、予備の武器、野営具等はほぼ全てが失われ、水は2日分、食料は1日分程度、と…」

「攻城用の兵器もか!」

「は……」


 籠城する都市の外壁を攻め、その後更に王城を落とさねばならない。それも、西方侵攻軍が釣り出した敵主力が戻る前に、だ。王国が兵力の殆どを西方に出していたとしても、梯子、鈎付きロープ、破城槌等の攻城用の様々な道具が無ければ籠城する相手とは戦いづらい。

 そして何よりも、水も食料も野営具も無しで、我慢比べである包囲戦に臨む馬鹿が居るはずがない。

 王都残存兵力が1万以下であると見込んでの今回の作戦であるが、いくら兵力はほぼ無傷とは言え、物資が無くてはどうしようもない。しかし……。


「この先の町は…」

「は、王都までの間に、村が6つ、最後に王都の手前に中規模の町が1つあります」

「よし、まずルエダ聖国に伝令を出してすぐに食料その他の必要物資を送らせろ。我々はこのまま進軍、途中の村や町で徴発を行う。備蓄の食料、畑の作物、家畜、全てだ。来年用の種籾も種芋もひとつ残らず徴発しろ! とりあえず、念のため村に着くまで食料の配給は無し、水の配給は3分の1にしろ。1日くらいならそれで我慢できるだろう」


 元より、撤退などという選択肢は無いのだ。これは帝国の運命を賭けた侵攻計画であり、西方では友軍が文字通り命を賭けて王国軍主力を引きつけてくれている。それを、水と食べ物が無くなったので帰って来ました、で通るはずがない。司令部要員全員が絞首刑間違いなしである。

 帝国軍北方侵攻軍は、バルモア王国の王都グルアを目指し、再び進軍を開始した。




「何だ…と……」


 翌日、空腹はともかく、耐え難い喉の渇きに苦しみながら、ようやく村に到着した帝国軍。

 先頭の部隊から少し遅れて村に着いた司令官が受けた報告は、『村に到着した先頭部隊の兵士達が井戸水を飲んだところ、全員が激しい嘔吐と下痢で動けなくなった』、『民家に残っていた瓶の水や発見した食料を口にした者も、全て同じ症状』との報告であった。


「くそ、王国の奴ら、井戸に毒を投げ込んだか! 村の者はどうしている?」

「は、それが、村人はひとりも残っておりません」

「退避させたか…。隠してある食料を探させろ。畑の作物もだ!」

 命令された兵士達は部下を連れてあちこちへと散って行った。


 井戸に毒を入れるなど、狂気の沙汰であった。たとえ敵を追い返しても、その井戸が再び使えるようになるまでには、何度も何度も水を全て汲み出しての浄化作業が必要な上、下手をすると水脈を通じて他の井戸にも影響が出る。とても村人が了承したとは思えない行為であった。


 しばらくして戻って来た兵士の報告は、食料は発見出来ず、畑には作物のカケラも無い、というものであった。


「ここに居ても、水も食料も無しでは兵の消耗が進むだけだ。すぐに進軍を再開、次の村へ向かう!」


 そう命令した司令官であるが、次の村でも同様なのではないか、という思いは拭えなかった。

 聖国に出した補給要請の使いも、使いの者の移動にかかる日数、物資と荷馬車の準備、輸送にかかる日数等を考えると、いつになるか分からない。それも、聖国が密約には含まれていない要求を無条件に受けてくれれば、の話である。

 しかし、何とか王都手前の町まで行ければ。

 町であれば、小さな村と違い、全住民を避難させて完全に無人にすることは出来ないであろう。それだけの人数をすぐに収容できる場所も無く、軍の指示に従わず居残りを主張する者、動けない老人や病人等も居るであろう。食料も、全て運び出すことは出来ないであろうし、後のことを考えれば町中の井戸に毒を投げ込むことは出来ないだろう。


 王国軍は王都内に籠城しているから、町を占拠し、そこで町や周辺の村々から物資を徴発、兵を回復させつつ聖国からの補給物資を待つ。ある程度待っても物資が届かなかった場合は、そのまま王都を包囲する。物資は周辺から徴発し続ければ良い。籠城する王国軍と違い、我々の周囲には町や村があるのだから。多くの人民を抱え込み都市に籠もっていれば、物資が尽きるのも速い。

 たとえ王国の主力が戻って来ても、後方から追撃するであろう西方侵攻軍とで挟み撃ちにすれば……。


 北方侵攻軍の司令官は、希望的観測であることは充分承知していながらも、その可能性に賭けた。他に、選択肢は無かったからである。

 毒の投入前に井戸を抑えられるかもと、騎兵による先発部隊を先行させ、進軍を再開した帝国軍。


 そして到着した次の村でも全ての井戸水は汚染され食料は欠片も無く、水と食料の配給量を4分の1に減らして次の村へと向かうのであった。




 4つ目の村の処置を終え、次の村へと向かうカオル達一行。間もなく5つ目の村に着く。

「効いてるかな……」

「行軍で、水の不足は堪えるだろうな」

 カオルの呟きに答えるロランド。

「戦闘装備で荷物を背負い、炎天下の行軍。充分な水の補給が出来なければ疲労と体調不良、そのうち倒れる者も出るだろう。そして、腹を下すのを知っていても、井戸水に手を出すヤツが出てくる」

「でしょうね…」


 分かっていても、渇きに耐えきれず飲んでしまう。

 それを狙っての、強力な毒薬ではなく『嘔吐と腹下し』の薬であった。

 飲めば、一時的に渇きは癒される。しかし、飲んだ量以上の水分が排出され、回復どころか体調は悪化の一途を辿る。とても重装備での行軍について行けるような身体ではなくなり、放置して置いて行かれるか、他の者の手を借りることとなり行軍速度の足を引っ張る。軍隊にとって怪我人や病人は、戦死者よりずっと厄介なものなのである。


 次の村が近付く頃、カオル達は街道を歩いてくる10歳前後の男の子を見つけた。何か悪い予感がしたカオルは、馬車を止めて男の子に話しかけた。

「どうしたの? みんなと避難したんじゃないの?」

 馬車から降りて話しかけたカオルに、男の子は必死の表情で喋った。

「御使い様、大変です! 井戸が敵の手に……」


 驚いたカオル達が詳しく聞くと、どうやら今朝早く後にした4つ目の村には、隠し井戸があったらしい。旱魃で他の井戸が干上がっても、地形のせいか水脈の関係か、なぜか涸れることが滅多にない井戸。

 数十年に一度の割合で起こる旱魃に備え、近隣の村々から押し寄せられないようにと秘匿された井戸。村人達は、カオル達にもその井戸を教えることはなかった。秘密にしたかったことと、大事な井戸に何かされるのではと恐れたこともあったかも知れない。また、帝国軍にも見つからないだろうと思っていたのであろう。

 しかし、その男の子は聞いてしまった。3人の村人達が話している内容を。


 それは、密かに村へと引き返し、隠し井戸の情報を帝国軍に売って多額の報奨金を得、更に帝国軍が去った後に、村人みんなで隠した財産を盗み、荷車に積めるだけ積んで聖国に向かう、というものであった。

 男達が完全に立ち去ったのを確認してから大急ぎで大人達に知らせたが、気性が荒く屈強な3人の男達を今から追いかけても中々追いつけない事、帝国軍と出会ってしまうかも知れない事、そしてもし追いつけても、男達と争いになれば殺されてしまうかも知れない事等から、やむなく放置してこのまま王都へ向かうこととなった。

 そして、一夜の宿とした無人の隣村を出発する時、その男の子は、後ろの方にいる友達と一緒に歩くと言って家族から離れ、そのまま密かに村人達の集団から抜けて街道を引き返したのであった。戻ってくるであろうカオル達に知らせるために。


「あなたはどうしてみんなと一緒に行かず、わざわざ危険を冒したの?」

 カオルの問いに、男の子は答えた。

「ジニーが、女神様の薬でお助け戴きました」


 ジニーというのが、この子の家族なのか友達なのかは分からない。しかし、その眼は、カオルが既に何度も見たことのある眼であった。言っても聞くまい。それに、時間が惜しい。

「案内をお願いできる?」

「はい!」


 自分達に何かあった場合に備えて、近衛兵ふたりに残りの2つの村の井戸の数プラス予備に数本の薬瓶を託したカオルは、残りの者と共に反転し、4番目の村へと引き返した。帝国軍より2日分は先行していたはず。村からここまでの往復分を引いても、追いつかれずに済む計算であった。村での処理は済んでいるので、隠し井戸に薬を投入するだけならば、案内が居ればすぐに済む。


 しかし、敵軍の司令官と同じく、それもまた『希望的観測』に過ぎなかった。

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