307 迎 撃 10
何か、おかしい……。
来るかどうかも分からない連中をじっと待っているのも退屈だから、情報収集や顔繋ぎのためにハンターギルドや商業ギルドに行ったり、孤児院に寄付や食材の寄贈、炊きだしとかに行ったりしているのだけど……、どうもおかしいんだよねぇ。
孤児院は、まあいい。
大歓迎されて感謝されるけれど、それはいつものことだ。寄付と寄贈をしてくれる者に対して態度の悪い孤児院なんか、存在するはずがない。
問題は、ハンターギルドと商業ギルドだ。
何故か、ギルド関係者がみんな、異常に愛想が良い。
職員だけでなく、ハンターや商人達もだ。
いや、確かに彼らを味方につけるべく、良い依頼主、金払いのいいカモを演じはしたよ?
……でも、これはちょっと異常じゃないの?
「エディス様、ようこそお越しくださいました!」
「エディス様、お茶と茶菓子でも如何でしょうか?」
「エディス様、何かご入り用のものはございませんか?」
「嬢ちゃん、何か困ってることはないか? 何でも手伝ってやるぞ!」
う~ん、私は『手助けするとメリットがあるよ』という宣伝をしたつもりなのに、何だか、儲け度外視で、とにかく私の役に立ちたい、無償で助けたい、って感じなんだよね……。
いや、おかしいだろう!
てめーら、商人やハンターなんだから、もっと貪欲に自分の利益を追求しろよ!
利益目当てで他者を利用しようとしている者は、行動パターンが読みやすいし、自分に利益がある限りはあまり裏切らない。……今よりもっと大きな利益を目の前にぶら下げられない限りは。
……なのに、無償や自分達の持ち出しで近付かれたんじゃあ、意図や魂胆が見切れないから、不気味で不安なんだよねぇ……。
はてさて、どうしたものか……。
「エディス様、領主様が是非晩餐を御一緒に、とのことで……」
あああああ!
何なんだよ、オマエラ……。
そろそろ、例の連中が戻ってきてもおかしくない、要注意期間にはいろうとしているのに……。
* *
「よく来てくれた。ささ、座ってくれたまえ!」
領主様は、そう言ってにこやかに私に席を勧めてくれた。
……もう、完全に貴族の娘扱いだな。少なくとも、平民に対する扱いじゃない。
護衛の『灼熱の戦乙女』は、別室で軽食やアルコール抜きの飲み物を饗されているが、勿論、彼女達がそれを口にすることはない。
毒や眠り薬を盛られる可能性だけでなく、たかが数時間の拠点を離れての重要任務中に、お手洗いのために護衛対象から離れるような真似をする護衛などいない、ということらしいのだ。
なので、出発前に僅かな食べ物と水を口にして、お手洗いに行って万全の態勢を整えておくのだとか……。
さすがに、領主様御一家との晩餐会に自前の護衛が出席できるはずがなく、別室で待機させてもらうしかなかったけれど、それは当たり前だ。
それどころか、護衛付きの馬車で迎えに来てくれたというのに、自前の護衛を連れて来たってことが非礼行為になるんじゃないかと、少しビビっていたんだけど、私がそう言って謝罪したところ、『いや、雇われた護衛の者達としては、報酬分の仕事をせねばならぬだろう。それに、神命……、いやいや、巫女殿は知んめぇが、ハンターとはそういうものなのだ!』と、なぜか途中で急に伝法な喋り方になった領主様が、あたふたとした様子で、手を振って『気にするな』という仕草をしてくれたのだ。
……うん、貴族っぽい振る舞いをしている私だけでなく、平民である護衛のハンター達のことも配慮してくれるとは、やはりこの領主様は、貴族としてはかなり良い人だな。
前回は、領主様御一家との食事の前に、応接室のようなところで、領主様と上級使用人らしき人と少し話をした。
……おそらく、正体不明の少女をいきなり妻子に会わせるのは不安だったのだろう。
いや、そりゃ、私でもそうするよ。何が悲しゅーて、妻子をそんな危険な目に遭わせにゃならんねん!
妻子に会わせるのは、相手が人畜無害だと確認してからに決まってる。
そういうわけで、既に私の、……いや、私が安全確認済みである今回は、応接室は抜きで、いきなり食堂だ。
まあ、前回は、幼い子供達の前でするには些か問題がある話題……巫女が襲われそうになっただとか……があったから、そういうのを先に済ませておく、という意味もあったのだろうけどね。
でもそれは、逆に言えば、今回は、そういう業務的な話はないということだ。
……じゃあ、何の用事で呼んだん?
* *
御使い様を呼んだ。
……呼んでしまった……。
それも、2度目である。
いや、当たり前であろう!
ハンターギルドと商業ギルドのギルドマスターが、雁首揃えてアポなし突撃。
そんなもの、魔物の暴走が発生したとか、大規模商隊が盗賊団に襲われた時くらいしかあり得ない。
オマケに、この街の有力商人である、オーリス商会の商会主、ダルセンもいた。
その3人の顔を見た瞬間、悟ってしまったのだ。
ああ、ろくでもない話に違いないな、と。
……そして、予想通り、ろくでもない話であった。
数日前に、情報収集用にカネを掴ませているギルド職員から連絡が来た。
それも、ハンターギルドと商業ギルド、両方の情報源から、ほぼ同時に。
女神セレスティーヌが僅かな祝福をお与えになったという触れ込みの、取り込めばそれなりに宣伝効果がある、しかし身の破滅を招くかもしれない危険を冒してまで無理して関わる程のメリットはない、微妙な立ち位置の、ただの平民の少女。
それが、タチの悪い貴族か金持ちに目を付けられ、危ういところをこの街のハンターと商人に救われ、現在、この街に逃げ込んでいるという話……。
73年前の事件以来、女神セレスティーヌは姿をお見せになることも、託宣を賜ることもない。
そして、『僅かな祝福』というのは何だ、『僅かな祝福』というのは!
そんなものは、気のせいか偶然、もしくは思い込みであろう。
いや、おそらく、悪気はないのであろう。
ただ、信仰心が強すぎて、小石につまずいたけれどコケずに踏みとどまれたのも女神の御加護、危ないところをたまたま通り掛かったハンターや商人に救われたのも、女神の御加護。そういう考え方をする幼い少女であれば、幸運が続いた自分が女神から祝福を授かっていると思い込んでも仕方あるまい。
だが、そう主張する巫女である少女に対して、それを否定するような言葉を掛ける者などいようはずがない。良識と空気を読む能力が、ほんの少しでもある者であれば……。
また、『自称・女神の祝福(僅か)を受けた少女』を支援し、懇意にしているとなれば、対外的な印象が良くなる。好意的に振る舞っておいて、損はない。
……それに、もし本物だった場合に備えて、念の為に一応夕食に招いて顔合わせだけはしておき、『ここの領主は、平民の巫女にも優しい、敬虔なる女神のしもべである』と思わせておくのも悪くはないだろう。かかる経費は、幼い少女ひとりの小さな胃袋に入るだけの、ほんの僅かな食材費だけなのだから……。
そう考えて、話を聞いてすぐに、食事に招いたのだ。
すると、何と、神殿には所属していない貧乏な平民の巫女どころか、子爵家、いや、伯爵家の娘ですら1~2着持っているかどうかという高価な生地の特注の巫女服を身に纏い、決して華美ではないが明らかに値が張る宗教的な装身具を身に着けた、どう見ても中級以上の貴族か金持ちの娘としか思えない少女がやってきた。
……話が違う!!
そして、動揺を抑えながら応接の間で色々と話を聞き、その後、家族で持てなした。
妻も子供達も、私が事前に指示していた『貧乏な平民の巫女殿なのだ、礼儀作法を知らぬからといって馬鹿にしたり、笑ったりしてはならぬぞ。彼女のことは、貧乏な平民ではなく、女神にお仕えする神職の少女として遇するように』という言葉をきちんと守るつもりでいてくれたのであろうが……、現れたのは、明らかに自分達より格上の身なりをした少女。
そしてこの国の作法とは少し異なるものの、どう見ても高度な礼儀作法に則ったものとしか思えない、優雅な所作と食事の仕方。
それらに気圧されて、妻と子供達はあまり少女との会話が弾まず、妻子による懐柔をと考えていた思惑は外されることとなってしまった。
……まぁ、それはいい。
うちが平民……神殿に所属しない巫女に対しても好意的であるという意思表示は、充分に伝わったはず。
これで、何かこの少女を利用したい時……平民達の御機嫌取りとか、神殿からの要求を牽制する時とか……に、うまく使えれば、と思っていたのである。
……思っていたのであるが……。
それがどうして、『御使い様、ほぼ確定』、しかも、『「女神の御寵愛を受けし人間」の方ではなく、「女神の眷属」の方だと思われる』ってことになるのだ!!
有力商人の証言と、この街では名が知られた女5人のハンターパーティが『マルス1』を宣言しての報告。そしてそれらと、今までの様々な情報を照らし合わせて、ハンターギルドと商業ギルドのギルマスが『直ちに領主に報告する必要あり』と判断した。
……事実として対処するしかないだろうが!!
いや、御使い様が滞在されるなど、街として、そして領主として、光栄なことだ。それは確かである。
……しかし、タチの悪い連中に狙われているのだろう?
何かあったら、この街が。この国が。この大陸が、滅びるだろうがああああぁ~~っっ!!
どうしろと言うのだ……。
ここには、あの、女神セレスティーヌを叱責してこの大陸の生きとし生けるもの全てを救ったという伝説の超人、『大陸の守護神、絶対英雄「鬼神フラン」』はいないのだぞ!!
……いや、確かに『この街にはいない』が、この大陸にはいるな……。
もう100歳を越える高齢ではあるが、まだ生きているという話だ。その話を聞いてから今までの間に死んだのでない限り。
しかし、生きているのが不思議な程の超高齢であるから、その可能性は充分にあるが……。
とにかく、この街が、女神セレスティーヌの怒りを買い大陸を滅ぼした悪魔の街、と呼ばれるようになることを防ぐためならば、我が一族の命などどうでも良い。
ただ、我らの命を捧げるのみ……。
……しかし、どうしてそれを『御使い様に、私達がその正体を知っているということを隠して行わなければならない』のか……。
しかも、御使い様は別に自分の正体を隠すおつもりは全くないような行動を取られているらしいというのに……。
意味が分からない。
しかしそれでも、やらねばならぬ。
愛する妻や子供達。我が一族。領地の民草。この国の国民達。
……そして、この大陸に生きる、全ての者達のために……。
夏期休暇、終わり!(^^)/
他の仕事は色々と進んだけれど、書き溜めと書庫の整理はできなかった……。〇| ̄|_




