30 迎撃
「「え……」」
ロランドとカオル、双方が驚きの声をあげた。
ロランドは、カオルが連れてきた7人の子供を見て。
カオルは、ロランドが、連れてきた兵と共に一緒に行く装備であったため。
「カオルが行くのさえ大問題だというのに、どうして子供を連れて行く! 下の子は、どう見てもまだ7~8歳くらいだろうが!」
「どうして王族がついて来るんですか!」
二人とも、相手を非常識だと非難する。
そして互いに妥協点が見つからず、成り行きのまま出発することになってしまった。
総戦力は、カオル、『女神の眼』の7人、王兄ロランド、騎士フランセット、近衛兵8名、そして馬車の御者2名の、合計20名となった。
カオルは子供達に『死ぬかも知れない』などと言ったが、本当にそのような危険を冒すつもりは全く無かった。いざとなれば、最後の手段、必殺『自重なし』があるので。
何も、無駄にセレスから色々と言質を取ったりチート能力に様々な条件を付けたわけではない。使わずに済めばいいな、と思いつつも、万一に備えてあらゆる安全策を講じておいたのである。
しかし、何事にも『予想外の出来事』ということが有り得る。同行した王族に死なれては色々と大変である。また、一般の兵士ならばともかく、もし『あれ』を使うことになった場合、王族や貴族に見られるのはあまり良い事ではない。人間の欲望には限りが無いのだから。
しかし、もう仕方がない。近衛兵と御者達は絶対の忠誠を誓った者達であり秘密を漏らす心配はない、と言われても、そもそも秘密を知られたくない相手である王族が一緒にいるのだから、意味がない。
王宮勢は全員が騎馬、カオル達は馬車に乗って移動することとなった。馬車は勿論、豪華な貴族用の箱馬車とかではなく、幌馬車、俗に言うところの『キャラバン』というタイプである。2台の馬車のうち1台はカオル達8人と若干の食料に水、もう一台には食料と水、馬の飼い葉、野営用品等が積んであった。カオル達の馬車にも食料と水が積んであるのは、勿論、いざという時にはカオル達だけを逃がして他の者は敵を足留めするために残るからである。
当初は自分ひとりで歩いて行くつもりであったのに、いつの間にか大所帯になってしまったことに顔を顰めるカオルであった。
王都を出発した翌日、そこそこの規模の町を通過したカオル達。これから先は、この方向には村程度のものしかない。めぼしい産物もない小国である聖国方面には大きな町をつくる意味はなく、農業のための小規模な村落が点在するだけであった。
そろそろ仕込みを開始するカオル達一行。
それ以降に通過する村々には、最低限の身の回りのものとありったけの食料を持って一時避難するよう指示した。
すぐに戻れるので余計なものは持たず、大事なものは埋めるなり山中に隠すなりしておけば良い、と指導。更に、村中の井戸や水場の情報を聞き出し、メモを取る。敵軍の到着予想日時と大体の進軍速度から、いつまでに避難を完了しなければならないかをしっかり伝え、次の村へと向かう。
王兄ロランドの名を知らぬ国民はおらず、やむなくカオルが名乗った『御使い様』の名と併せれば、反対する者は居なかった。そして、怪我や病気で寝込んで動けない者にポーションを与えた後は、村人の避難準備の速さは2倍になった。
王都を出てから6日後。敵軍まであと2日くらいの位置にある村に到着した一行は、これまでと同じく避難を指示した。違うのは、時間的猶予のない即時退避であったことだけである。
近衛兵8名のうち4名を村民の避難の手伝いと監視に残し、馬や馬車も置いて、残りの者は徒歩にて出発した。
近衛兵4名を残したのは、この後は時間的余裕があまりないので後で村内をゆっくりと確認する暇がないことと、敵軍が斥候や先発隊を出しており引き返したカオル達よりも先に村に入られることに備えたものであった。
翌日の進行中、斥候として村娘っぽい服装をして先行していたフランセットが戻って来た。彼女が兵士達の中で一番体力があったので、敵の位置を確認するため単独で進出していたのである。
「敵軍の先頭、前方2時間程の位置で小休止中でした。敵軍の速度だと、ここまであと6時間くらいかと……」
フランセットが戻るのに2時間かかったとすると、彼女は敵軍の進軍速度の4倍の速さで移動したわけである。
「ここから先はいい場所が無さそうですね…。予想より敵の進行速度が速いという可能性もあるし、ここは戻って、少し前に通った山あいの場所で迎えましょう」
カオルの言葉に頷き、皆は街道を引き返して行った。
山あいを通る街道を見下ろす、崖の上。
あれから街道を引き返したカオル達14人は、途中からろくな道もない山間部に分け入り、この崖の上へと登って来た。子供達も、掻っ払…、生活費稼ぎの一環で足腰は鍛えられており、さして苦労することなくついて来られた。少なくとも、カオルより遅れる者は居なかった。カオルは何度も回復ポーションを飲むことにより無事付いていけたが、お腹がたぷたぷになっていた。
「そろそろかな……」
そう呟きながら、カオルは視線を眼下の街道から自分の後方へと移した。そこに並べられた、怪しい品物。
たくさんの、握り拳ほどの大きさの硝子の球体。赤、白の2種類がある。それと、1メートルほどの木の枝の先に蔓で作ったネットのようなものが付けられたものが数本。これは、硝子の球体を出したカオルの『これを、ただ投げるよりもっと遠くまで飛ばせないかなぁ』との言葉により、近衛兵のひとりが考案して作ってくれたものであった。
「……来ました」
さすがフランセット、体力だけでなく眼も良いようである。例のポーション、どこまで効果があったのやら。
「出番はまだまだ先です。緊張しないで、下から見つからないようにだけは気を付けて下さい」
カオルの言葉に黙って頷く13人。
敵軍はしだいに近付き、その先頭はカオル達の直下を通り過ぎていく。
カオル達は敵軍に攻撃を加えるつもりであった。しかし、それは先頭の部隊にではなかったのである。
次々に通り過ぎていくアリゴ帝国軍。
「あ……」
ロランドが小さな声をあげた。
「どうしました?」
訊ねるカオル。
「いや、あれ、あそこが指揮官達の集団だと思うが、そこに神官や神官兵らしき姿が見えたものでな」
そう言われて見てみれば、確かに神官ぽい…、服から見て、司教クラスは行きそうな者の姿と、神官ぽいが簡素な服装で防具を付け武器を持った者達数人の姿があった。
「国内素通りと情報隠蔽だけではなく、直接的に参加しているとは……。恐らく、王都の民に教皇の名で呼びかけたり、王国の大神殿を手下に使おうとするつもりだろう。もしくは、帝国兵が王都に入り込む時にどさくさに紛れてカオルを確保するつもりか……」
ロランドの言葉に、子供達は怒りの表情を浮かべていた。
先頭が通過してからかなりの時間が経過し、崖の真下ではそろそろ列の後尾近く、輜重部隊へと差し掛かっていた。崖の上では、カオルの合図により皆が既に配置に就いていた。
そこに下される、カオルの指示。
「輜重部隊の先頭と後尾に白球、投射!」
崖沿いに広がって配置に就いている者のうち、両端の者が、作った道具を使ってそれぞれ白い硝子球を投射した。着弾と共に起こる大きな爆発。大混乱に陥る輜重部隊。前方の兵士も大騒ぎで敵の姿を探すが、崖の上だとはすぐには気付かない。
「赤球、連続投射!」
次に投射された球は、着弾と同時に炎が広がった。
道具による投射だけではなく、手投げも併用されて次々と投げられる赤い硝子球によって、荷馬車が次々と炎に包まれて行く。徒歩の兵ならばともかく、馬車では道を外れて進むことは難しい。前後を爆発による穴と炎に塞がれては、動きが取れなかった。
投射される白球には、安全のため起爆感度を落とした『ニトログリセリンのようなもの』が詰められていた。赤球は、油脂焼夷弾に使われる、主燃焼材のナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を添加してゼリー状にしたものを充填し、空気に触れると自然発火するようにしたものであった。その火は、水をかけても中々消えない。
しばらく輜重部隊のみを攻撃した後、カオルから次の指示が出た。
「戦闘部隊後尾にも、白球と赤球投射開始!」
帝国軍は、崖上からの攻撃であることには気付いたものの、硝子球を投げてすぐに後ろに下がるカオル達には弓矢による攻撃も出来ず、すぐに崖の上に行くことも出来ない。このままではただ一方的に攻撃を受け続けるのみ。
初めは輜重部隊のみを攻撃していたが、しだいに本隊後尾へと攻撃の中心が移り始め、慌てる兵士達。
攻撃を受けている兵士達は、とにかく攻撃圏外へと、前方の兵士達に怒鳴りながら全速で前進を開始した。前方の兵士達も後方の状況に気付き、全力で走り始める。重い装備のためそれほどの速さではないが、全軍がこの危険な山あいから一刻も早く抜け出そうと必死であった。
暫くのち、ようやく山あいを抜けて安全地帯へと移動した帝国軍が周囲を警戒しながら休憩を取った時、彼らはようやく気がついた。
……輜重部隊がついてきていない。
様子を見るため引き返させた兵士達が見たのは、燃え尽きた馬車や吹き飛んだ荷車の残骸と、その側に呆然と立つ、生き残りの輜重兵と輸卒達の姿であった。
食料、水、飼い葉、矢、予備の武具、野営用具、その他様々な必要物資は、その大半が失われていた。
その頃カオル達は、山道を使って帝国軍の前方に回り、移動し易い街道に出て、最後に立ち寄った村へと向かっていた。
いくら女子供がいるとは言え、重装備の兵士の移動速度よりは速い。それに、恐らく全力移動の影響と輜重部隊の確認、対策会議等で、帝国軍は今日はもう移動は行わないだろうと思われた。丸々1日分は先行出来る。カオルはそう判断していた。
あとは、地獄への御招待。




