282 クルト商会 3
「すみません、失礼します! おい、この人のお世話を頼む!!」
支店長と副支店長は、近くにいた店員にそう告げて、慌てて店から飛び出していった。
当然、行き先はその『診療所』とやらだろう。
祈ることしかできない神官のところではなく、医師と薬師がいるという診療所に運ばれたのは幸運だったのだろうな。
おそらく、怪我をすることが多いであろう警備兵が一緒だったのが功を奏したのだろう。
警備兵が、怪我をする度に神官にお祈りしてもらうとは思えない。プラシーボ効果しかないお祈りではなく、ちゃんとした処置と薬の方を選ぶだろうからね、怪我の多い警備兵達には経験的にどちらが効くかは分かっているだろうから……。
そして私は、支店長達に代わって私の接待をしようとした店員に、右手を軽く横に振った。
「いえ、お構いなく。仕事は終わりましたので、私は部下達が待つ宿屋に戻りますので。
王都を発つ前には、また御挨拶に参ります」
バタバタし始めた店にいては、邪魔になるだけだ。
そして私には、行かなきゃならないところがある。
レイコと恭ちゃんに相談せずに独断専行になっちゃうけれど、仕方ない。
私達のせいで一生を棒に振る人ができるのは、看過できない。
……アレだ。
KKR三原則の、第1条。
『善人に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって善人に危害を及ぼしてはならない』ってヤツ。
店を出た私は、細い路地に入って人目がないのを確認し、変身した。
「チェ~ンジエディス1、スイッチ、オン!!」
小さな声でお約束台詞を呟き、光学的変装用のアクセサリーの設定を変えた。そして髪と眼、肌の色を変えるポーションを飲み、上着を脱いでアイテムボックスに突っ込む。
エディス用の服を取り出して着てから、服の内側に手を突っ込んでごそごそし、スカートを脱ぎ落とした。
……さすがに、いつ人が来るか分からないところでストリップはやらない。
何しろ、私が着けている下着は日本式のやつなので、この世界では痴女認定間違いなしのシロモノだ。
いや、たとえこの世界式の下着であろうと、路地で服を脱いで下着姿になっていたら、立派な痴女か……。
とにかく、日本の女の子は、服を着たまま水着を着たり、下着を見せずに着替えたりする技術を習得しているのだだだ!
* *
「すみません、こちらに怪我人がふたり運び込まれたと聞いたのですが……」
なにやら巫女か女性神官が身に着けるような衣服を纏い入ってきた少女に、怪訝そうな顔をする女性。
無理もない。祈りで怪我や病気を治す(と言い張っている)神殿勢は、刃物や針と糸で人間の身体を継ぎはぎする医師や、怪しげな草を食べさせて怪我や病気を治すという薬師とは仲が悪く、診療所に来るようなことはないからである。
しかし、12~13歳くらいに見える少女を無下に扱うのも気が引けるし、この服装は神職に憧れる少女のただのファッションかもしれない。そう思い、女性はちゃんと応対してくれた。
「ああ、警備兵さんと商人さんね? 奥の治療室よ。どちらかの娘さん?」
「いえ、勤め先関係で……」
身元確認のつもりなのか、ただの間を保たせるための会話に過ぎないのか分からない女性からの振りに、そう言って言葉を濁す少女。
適当に、『はい、そうです』と言えば済むものを、そうは言わないということは、嘘は吐きたくないのか、クソ真面目なのか……。
そう思い、女性は少女に対して抱いていた僅かばかりの不信感をすっかりなくしていた。
元々、貧乏所帯の診療所を騙して食い物にしようとする者などいないし、神殿の神官達が相手にしない貧乏人にとっては診療所は命綱であるため、悪党達もここに手出ししたりはしない。
もしそんなことをすれば、自分や家族に何かあった時に困るし、官憲だけでなく、以前ここに助けてもらったことのある普通の王都民やら悪党連中やら、その他諸々に袋叩きにされてしまう。
……つまり、診療所を敵視しているのは神官達だけであり、ここの者達はあまり来訪者に対する警戒心を抱いていないのであった。
「こっちよ」
女性に案内されて、奥の部屋へと案内される少女。
そして……。
* *
「……どなたかな?」
私が案内された部屋には、思ったより大勢の人がいた。
診察室兼治療室らしいけれど、そう広くはない部屋に、ぎっちりと……。
椅子に座っているのは、医師らしき人物と、薬師か助手らしき人、そしてふたりの怪我人。立っているのが、若い女性がひとりと、30歳前後の警備隊の制服を着た男性、そして駆け付けて来たターヴォラス商会の支店長と副支店長。
私と案内してくれた女性を含めると、全部で10人。
診察用のベッドとか薬品棚、調剤用の設備とかもあるから、かなり狭い……。
まあ、案内してくれた人はすぐに出ていったから、今は9人になったけれど、大して変わらない。
私に誰何したのは、医師らしき人だ。
「あ、怪我された方の、商会の関係者です」
怪我人とは直接の知り合いじゃないけれど、これは嘘じゃない。
でも、『エディス』としての変装をした私とは面識のない支店長達は、ぽかんとしてる。
「あ、別に神殿の関係者じゃないです。私、どこにも所属していない、野良の巫女ですので……」
「「「「「「野良の巫女?」」」」」」
……まぁ、普通、驚くか。
そんな職業、私も聞いたことがないからなぁ……。
「……野良の?」
「はい、野良の……」
医師からの再確認に、再びそう言って頷く。
そして支店長達の方に向かって、小声で……。
「とある地方都市の、孤児院の出身なんです」
そう囁くと、あ、というような顔になった支店長と副支店長。
うん、ふたりは長年ターヴォラスで働いていたのだから、リトルシルバーの前身である孤児院のことくらいは知っているだろう。
……でも、そこにいた子供ひとりひとりを知っているわけじゃない。
ならば、そこの出身である野良巫女に、今もリトルシルバーとなった元孤児院との繋がりがあったとしても何の不思議もない。
「……で、怪我の状況は?」
巫女、つまり神殿に属してはいなくとも『祈祷系』である私には説明しても無駄、と思っているだろうけど、見たところ、治療はもう終わっている様子。怪我人はふたりとも包帯を巻かれており、非番だった警備隊の兵士の方は左腕を吊っている。命に別状はないようだ。
なので、特に急いでいることもなく、そして元々ここにいるみんなに対して説明をする必要があったからか、医師はみんなに聞かせるようにして説明してくれた。
「……商人さんの方は、殴られた部分の腫れと裂傷、捻り上げられた左腕が痛む程度であり、後遺症とかの心配はありません。口の中を切っていますので、今日は絶食、明日もあまり噛まずに食べられるものを。警備隊の方は……」
そして、患者の方から少し眼を逸らし、言いにくそうに……。
「左腕の腱が断裂しています。腕も指も動かせますが、おそらく、元のようには……。
日常生活や事務仕事とかには大きな支障はありませんが、その……」
「兵士としては働けない、と?」
本人が、あまり悲壮そうな顔をすることなく、普通の口調でそう口にした。
そして、こくりと頷く医師。
それを聞いて、多分この兵士さんの上官だと思われる男性が、悲痛な顔で俯いた。
使用人が支店長に報告した言葉から、ある程度予想はしていた。
だから、あの時の輸送商隊指揮官モードではなく、『エディスモード』にチェンジしてきたんだ。
まだしばらくは王都に姿を見せるつもりのなかった、『エディスモード』に……。
3人で立てた計画に沿って進めるなら、こんなことはすべきじゃなかった。
支店の従業員であるコーレイさんは、大した怪我じゃない。薬草をすり潰したやつを塗っておけば問題ないだろう。
……私の出番じゃない。
でも、非番なのに無関係の平民を助けようとして、自分の人生を台無しにしてしまったこの馬鹿な警備隊兵士を。
その横に寄りそう、恋人らしき女性を。
救わずに見捨てるようじゃあ、私を女神だと信じてくれている、エミール達『女神の眼』のみんなに合わせる顔がない。
いや、今後も顔を合わせる予定はないけどね。
……なぁに、私が治したということがバレなければいいんだ、バレなければ!
バレなければ、どうということはない!!




