28 戦争
ポーションは順調に売り上げを伸ばして行った。
カオルは別にポーションで大儲けしたいと思っているわけではなかったが、お金があるとそれなりに出来ることも増える。
カオルは、まず平民区の外れにある庭付きの家を借りた。少し年季が入っているが、割と大きい家である。そしてそこに、元浮浪児、現『女神の眼』の構成員である子供達を住まわせた。そしてこざっぱりとした格好をさせ、普通の仕事に就けるようにと尽力した。
食堂の給仕、街のなんでも屋、広場で屋台…。
それとなく、情報が集まりやすい職種が多い。
屋台ではカオル考案のたこ焼きモドキ、鯛焼きモドキ、うどんモドキ等が売られ、結構繁盛していた。たこ焼き用の鉄板や鯛焼きの金型は、工房のみんなに発注した。勿論、仕事として、ちゃんとお金は払った。
そして、ポーションの販売とは別に、完全治癒の『女神の涙』による救済活動も密かに続けるカオルであったが、公然の秘密と言うか何というか、そのバレバレの活動に対して何かを言われることはなかった。
国民からのカオルに対する感謝の心はしだいに広がり、貴族や神殿等からのカオルへの理不尽な扱いが許されるような状況ではなくなっていた。
もはや王国内でのカオルの立場は安泰なのであった。
たまに怪しい接触者が現れるが、なぜかカオルが出したお茶を飲んだ後は正直に企みを喋ってくれるので、護衛…もしくは見張り…についてくれているらしき平服の人に合図を出し、引き取って貰っている。
カオルには、軍事国家に、ましてや宗教国家などとは、関わる気は全く無かったのである。
しかし、国際情勢には疎いカオルの知らないところで、状況は大きく変わりつつあった。
「国王陛下、帝国が動きました!」
「なに! で、侵攻方面はどっちだ! アシード王国経由か、それとも聖国方面か!」
国王の問いに、報告に来た兵士は少し戸惑ったような声で答えた。
「そ、それが、山脈を越えての、我が国への直接侵攻です」
「「「何だと……」」」
国王も、周りに控えていた閣僚達も驚きの声を漏らした。
あの険しい山脈越えのルートを、重装備の兵士に越えさせただと?
馬車も使えないというのに、物資の輸送はどうするつもりだ?
疑問は尽きないが、越えたというならば仕方ない。
「兵力は?」
「は、およそ3万。但し、その内の1万弱は輸送要員だったらしく、半数は再び山脈を越えて引き返し、残り5千は組み立てた荷車を引いているようです」
「武器や分解した荷車を運び終えて不要となった人夫は戻したか。では、兵士2万、輜重輸卒5千、ということか…」
すぐに緊急会議が開かれ、対応が決定された。
東西に長く延びたバルモア王国で、王都グルアは東寄りに位置する。侵攻地点である西端は王都から最も遠い場所であり、まだ時間はある。しかし、遅くなればなるほど、侵攻された町の被害が大きくなる。恐らく、不足するであろう物資の徴発には通常以上のことが行われると予想された。
反撃のための兵力4万、輜重輸卒4千。
自国内であるため補給に関しては有利であり、輜重の数は少なくて済む。敵と違い馬車も使える。
純粋な戦力としては、相手に倍する兵力での即時出撃。
即時、とは言え、招集から物資の準備まで、数日はかかるが…。
「騎馬も無く、2万の兵力…。これで勝てると思っているのか?」
閣僚のひとりが呟いた。
「いや、まだ山越えの第2陣、第3陣と続くのかも知れん。輜重輸卒の半数が引き返しているのだし…」
「うむ、それに、王都を目指すのではなく、西部を占領して居座り、ゆっくりと王都侵攻の準備を調えるつもりかも知れん。各地から馬車を徴発したり、簡易的なものを急造するという手もあるしな」
「まぁ、後方が友好国のブランコット王国で良かった。背後は気にせず西方に兵力を出せるからな。ブランコット王国もアシード王国も、我が国が落ちれば次は自国、と解っているから、裏切りはまずあり得ないからな」
「うむ、それだけは安心材料だな……」
基本方針が決まった後も会議は続き、実務担当者は兵力呼集と物資や荷馬車の準備のために駆け去って行った。
開戦。
宣戦布告は無いが、他国の軍が国境を越えて侵攻してきたのである。戦争状態以外の何ものでもない。
王都はざわついたが、皆、そこまで悲壮な表情ではなかった。
アリゴ帝国が軍事力に力を入れていることは周知のことであったが、急峻な山脈により半ば孤立したような帝国の財政はあまり豊かではなく、人口も他国に較べるとやや少ない。その上、山脈を越えての侵攻となれば騎馬も大量の武器や物資も運べず、その力も充分には発揮できないであろう。
また、王都までは充分な距離がある。万一敵の進撃を許したとしても、逃げ出す余裕は充分にある。戦いの時にさえ現場に居合わせなければ、後で殺されるというようなこともない。占領した国の国民を皆殺しにするような征服者はいないのだ。以後の税収のため、新たな国民として支配下に入れられるだけであり、平民にとっては上の人が変わるだけで大した違いはない。略奪の被害さえ受けなければ。
侵略の報から数日後、東方の領地から集まった兵と共に王都から主力軍が出撃して行った。このあと、進撃と共に順次西方の領主軍が合流していく。
互いに移動中での会敵となるのか、防備を固めた敵の簡易陣地に攻撃することになるのか…。情報の伝達が遅いこの世界では、敵の状況を正確に知ることは至難であった。
軍の指揮は将軍が執っている。王が最前線に出るようなことはない。王様は王城でどっしりと構えていれば良いのである。但し、敗戦の場合は民の代わりにその首を差し出す。それが仕事であり、絶大な権力の代償でもあった。
王都から軍が出撃してから既に7日。
国王セルジュは兄ロランドと共に閣僚との会議に臨んでいた。
「敵侵攻の報が届くまでの日数、兵の準備に要した日数、そして出撃から7日。敵が居座らずに進撃している場合、とっくに接敵している頃か…」
「はい。馬のない敵の進軍が遅いであろう事、我が軍も無理をして兵を疲弊させないよう強行軍は避けている事等を併せましても、そろそろかと」
閣僚のひとりが、王の呟きに答える。
「しかし、それが判るのも、伝令が着くであろう数日後、か……」
こちらの出撃までに要した日数を考えると、会敵場所は王都から7~8日の距離と考えるのが妥当であった。しかし、それが事実かを今知る術はない。
もっとも、戦場が国境から大きく離れた上に山脈が立ち塞がるアリゴ帝国などは、戦いが始まったことを知るのは早馬を使っても山脈越えを考えると10日以上先のこととなるであろうが。
会議も、あとは情報待ちか、という流れになった時、伝令が駆け込んで来た。
「伝令! ルエダ聖国との国境からアリゴ帝国軍が侵入、兵数約2万!」
「なんだとぉっ!!」
会議室は大騒ぎとなった。
複数方面からの同時侵攻を考慮していなかったわけではない。そのため、王都防衛の兵も残してある。また、東端近くの領主軍は王都からの出撃に間に合わず、遅れて王都に着いた軍は全て後詰めの兵力として王都周辺で待機させてある。それらを合わせて1万5千。
聖国方面からの敵より少ないが、防衛戦であれば敵より少ない人数でも問題はない。さすがに兵力差が3倍を超えると大変であるが、2万対1万5千であれば防衛側が有利であった。
しかしそれは、あくまでも『籠城戦を行い、最終的に勝利する場合』であり、その場合、敵の進路上の町は蹂躙され、略奪を受けることとなる。また、長期に渡る籠城戦は多くの被害をもたらすこととなる。
更に問題なのが、『聖国が敵についた』ことであった。
帝国が聖国に侵入できるのは、北西の海沿い部分のみ。ということは、帝国軍侵入の報はすぐにバルモア王国に知らせることが出来たはずである。そして、中立を冒された聖国は帝国を阻止すると共に各国に救援を要請するはずであった。なのに知らせが全く無かった。それはつまり、聖国は帝国に味方している、ということに他ならない。
「今から主力軍に連絡を出しても間に合わん。下手に敵前で反転させても後背から襲いかかられると大被害を受ける。ここは、伝令を出して状況を知らせるのみに留め、敵を撃破してから戻らせるしかあるまい。それまでは王都に籠城し、戻った主力軍に敵の後背から襲いかからせよう」
「しかし、主力を引きつけての時間稼ぎが目的ならば、敵軍は交戦を避けてずるずると後退、中々決着がつかないのではないか?」
閣僚から様々な意見が出る。そのどれもが尤もな意見であるが、選択肢は少ない。
そして結局、主力軍には状況報告と継戦の指示、現有兵力での王都籠城戦、との方針が決定された。
翌日、王宮にルエダ聖国からの使者が到着した。
豪華な馬車に乗った、枢機卿を名乗る人物とその供の者達であった。
帝国に包囲される前に女神様の御寵愛を受けし少女を保護し、戦場となる街から脱出させたい、という教皇からの親書を携えて。
とんだ茶番である。
国王を始め、皆がそれをよく知っていた。
断固拒否して追い返そう、と主張する閣僚達に対し、王兄ロランドが言った。
「いや、カオルと会わせて、直接説得させよう」
驚き、猛反対する閣僚達。
兄であるロランドのことをよく知っている国王は、なにやらにやにやとした表情。
ロランドは言葉を続けた。
「但し、カオルには全ての状況を、詳しく、正確に話して聞かせてから、だがな」
カオルのこれまでのやり口や言動を思い起こし、閣僚達の間に次第ににやにや笑いの輪が広がって行く。
そして、満場一致でロランドの案が採用されたのであった。




