27 ポーション販売開始
遂に、カオル念願のポーションの販売が開始された。
発売と同時にその効果が知れ渡り、瞬く間に販路が広がって行った。
販売元はアビリ商会。各地の支店と、支店がない町では他の店に委託で販売。効力が切れる5日の間に届かない町の者には5日圏内の町まで来て貰う必要があるが、1回の怪我や病気につき1度で済むし、王都まで行くわけではないのでそう大した負担でもない。
また、状態が悪くて移動が困難な者、危急を要する者、貧民区の住人等のためには、早馬で毎日運ぶものを回す。早馬であれば4日もあれば国中の大半の場所には届けられるし、貴族や金持ち、役人、兵士等の万一に備えるためならば、それくらいの金銭的負担を申し出る者には事欠かない。使わずに翌日のものが届いた時点で、期限切れ寸前のものを格安で平民に与えてやれば済むことである。
早馬によるものは、譲渡先が厳密に審査される。本当に一般販売している町まで行けない者か。転売する可能性はないか。
ちなみに、もし転売や不正が発覚した場合、関係者全員及びその家族、親族、交友のある者等、全員がポーションを配分される資格を失う。本人が生きている限りは。
そのため、そういう者は大抵が親族か誰かに殺害されることとなる。
また、貴族等が配分先を自分の思うようにしようとした場合には、その領地には次回からポーションが届くことはなくなった。その貴族が生きている限りは、ずっと。するとなぜか、すぐに事故死や病死によりその貴族は息子へと代替わりするのであった。
これにより、ポーションを分け与えられた平民やその関係者等からの貴族に対する好感度が急上昇したのは言うまでもない。
また、若い時の些細なミスによる怪我が元で前途有望な者が将来を断たれることが減り、少々の怪我を気にすることなく訓練や任務に励めるようになり、兵士の練度向上も期待される。
王都の者は、ポーションの出所を何となく察してはいたが、誰もそのことには一切触れようとはしなかった。それに関わっても自分が利益を得られるとは思えなかったし、下手をして全てが失われることにでもなれば、自分がその全ての責任を問われるのだから、当然であった。そもそも、嗅ぎ回っただけで王宮から兵士がやってくると思われた。
バルモア王国から徐々に病人と怪我人が減って行き、生産効率が上昇して行った。怪我人や病人が働けるようになっただけではなく、それらの者のために要していた施設や医薬品等にかかる予算や必要人員が減少したことも大きい。
但し、これにはカオルが強く警告した。もしカオルの身に何かあった場合のことを考え、すぐには用意できない医療関連の人材の育成、医療技術の向上、万一の場合に備えた予算の確保等は忘れてはならない、と。それは、王兄ロランドを通じて国王にしっかりと伝えられている。
王都グルアは王国の若干東寄りであるため、東の隣国ブランコット王国との国境までは荷馬車で6日、早馬ならば2~3日で届く。また、ブランコット王国の王都は逆にやや西寄りであるため、馬だけでなく騎手も替えて飛ばせば、何とか5日以内に王都アラスに辿り着くことも可能であった。このため、ブランコット王国もまた、ポーションの恩恵に与ることができた。
南方にあるアシード王国も、バルモア王国とは互いの西方に位置する軍事国家アリゴ帝国に対抗するため昔から親交が深く、互いに東西に長く延びた国同士が南北に隣接するという地形も幸いして、ポーションの恩恵を受けていた。
バルモア王国の北側は、中央から東にかけては海に面しており、残る北西部には、他の国に較べて8分の1から10分の1程度と小さな国家、ルエダ聖国があった。
遙かな昔、女神セレスティーヌが御降臨され、人々をお救いになられたという場所につくられた宗教国家であり、小国ではあるが一応は諸国から敬意を払われている。しかし、さすがに女神の姿のない53年の歳月は長く、他国からの巡礼者も減り、寄進の額も下がり、宗教以外では普通の農業と漁業くらいしか産業のない聖国の国力はしだいに低下していた。
そのため、バルモア王国で起こされたという『女神の奇跡』の噂に飛びついたが、奇跡を起こしたという御使いの少女の召喚に対し、王国の大司教からは『我が神殿の信徒ではないため当神殿からは召喚命令を出せず』という回答が返り、王宮に出した召喚要請に対しては『我が国では統治と宗教は別物であり、国家としては宗教的な要求にはお応えできない』との回答が返って来た。
そして、そうこうしている間に出回り始めた、治癒ポーション。
人を遣り調査した結果、明らかに通常の薬品とは異なる、女神の奇跡の一端としか思えない、その効果。
そして、出元は、またしてもバルモア王国。
女神の奇跡は、ルエダ聖国にこそもたらされるべきものである。
このままでは、聖国の立場がバルモア王国に奪われる!
ルエダ聖国の上層部では危機感が募り、様々な策謀を巡らせ始めた。
ブランコット、バルモア、アシードの各王国、そしてルエダ聖国がある半島部の先端部分には、軍事に力を入れているアリゴ帝国という国があった。
アリゴ帝国から見て半島の根本方面である東側では、北岸側でルエダ聖国、南岸側でアシード王国、そしてその間の中央部でバルモア王国と接しているが、その3国との間は急峻な山岳部で遮られており、馬車を使って普通に行き来できるのは、北岸沿いにルエダ聖国を経由するか、南岸沿いにアシード王国を経由するかのルートしかなく、帝国から直接バルモア王国に行くためには山脈越えという馬も越せぬ難関を突破するしかなかった。
帝国には特に目立った産業があるわけではなく、隣接する他の3国もそのいずれもがそれぞれ海にも山脈にも面しているため、同じような資源が得られた。そのため、3国は交通の便が良くないアリゴ帝国と無理に交易したいと思うこともなく、また、その領土を狙うこともなかった。
しかし、アリゴ帝国にとってはそうではなかった。
自国が発展するためには、半島の基部側に向かって進むしかない。山脈の向こう側に領地を得なければ、自国の国内生産、国内消費だけでは先がない。そのため、国家予算の多くを軍事力強化に費やした。
交易が殆どない国が、消費ばかりで何も生み出さない軍事力強化に傾注する。そこにはもう、早期に軍事行動に出る以外の選択肢が無かった。
そんな時に、隣国バルモア王国から出回り始めた治癒ポーション。
巫山戯たことに、5日間しか持たないとのことで、ルエダ聖国かアシード王国を経由しての輸送では期限内に帝国まで届かない。これでは、戦争に使うことが出来ないではないか。
そうだ、5日以内に帝国まで届かないならば、『帝国内で作れば良い』ではないか! そうすれば、戦争にも使い放題。我が軍は圧倒的優位で他国を降し、大陸内部へと進出出来る!
そのためには、まずバルモア王国を落とし、治癒ポーションの秘密を手に入れなければ……。
こうして、アリゴ帝国においても策謀が動き始めるのであった。
「これで5件目か…」
「はい、聖国が3件、帝国が2件、ですな」
宰相が国王に報告する。側には王兄の姿もあった。
「カオル殿への接触、自国への勧誘、そして誘拐未遂、と…」
「幸い、なぜかカオル殿に突き出された間諜は全て正直にぺらぺらと喋りますからな、結果を見届けて報告する役割の者も全て捕らえられておりますから、向こう側には接触後の情報は一切流れていないとは思いますが…」
「しかし、カオルに接触するグループとは別の者もいるだろう。接触の結果がどうだったかは伝わっていないにしても、カオルのこと自体は知られているだろうな。何せ、あれだけの知名度だからな、王都では…」
王と宰相の会話に、王兄ロランドが口を挟んだ。
「しかし、帝国がもう限界で、そろそろ動くだろうというのは予想していたが、まさか聖国までもがこのような強引な手段に出るとは…。女神の怒りとか、神罰とかは恐ろしくないのか?
そもそも、カオルを捕らえても無理矢理言うことを聞かせることなど不可能だろうに。いくら表向きの話しか知らないにしても……」
「もしかして、カオル殿のことを、ポーションが作れるだけのただの小娘、とか思っているんじゃあ……」
「「え………」」
「とにかく、帝国は侵攻を始めるだろう。まずはアシード王国を攻めて、その後我が国に攻め入るか。アシード王国は強引に突っ切って我が国に襲いかかるか。それとも中立国であるルエダ聖国を通過して我が国に攻め入るか…」
「しかし、中立国である聖国は軍の通過も許されないはずではありませんか」
「切羽詰まった国が、果たして律儀に守るかな、そのような約定を」
「うむ……」
「とにかく、アシード王国とルエダ聖国に使いを出して帝国の動きを警告、何かあればすぐに連絡するよう頼むしかありますまい。それと、我が国からも独自の警戒員を派遣しておきましょう。あとは、いつでも兵を動かせるよう警戒態勢のレベルを上げておくくらいしか…」
「うむ、それくらいしかないか…」
戦乱の足音は、すぐそこまで迫っていた。




