261 思わぬ敵 7
「では、お話はこれまで、ということで……。さ、お引き取りください」
恭子がそう言って席を立ちかけると……。
「ま、待ってください! それは、根も葉もない噂、デマです! ムーノ達は不正行為をしでかしたため、懲戒解雇に……」
「ほほぅ、レリナス商会は支店の管理もできない無能な商会である、ということですか? それとも、長年働いてくれた従業員の悪口を触れて廻る、素敵な商会なのかな?
では、うちの手の者をターヴォラスに遣って事実確認をさせましょうか? お話はそれから、ということで……」
「うっ……」
今度は、席を立つ恭子を止める声はなかった。
* *
「あはは、御苦労様。それじゃ、またね!」
通信機による恭ちゃんとの連絡を終え、紅茶のカップに口を付ける。
交信は外部スピーカーモードにしていたため、レイコも一緒に話を聞いていた。
「しかし、まさか恭ちゃんのトレーダー商店に取引を持ち掛けるとは……。
確かに、あそこはうちと同じコンセプトでもっと手広くやっているから、まあ、うちの上位互換の店だからねえ。領主様経由でのうちとの取引を失った代わりに、というにはベストチョイスで、その判断は正しいんだよね。
よくトレーダー商店のことを知っていたと感心するし、支店長自ら出向くというところも、如才無くていい判断だと思うよ。
性格や従業員に対する態度、考え方とかを除けば、商人としてはそう才覚がないというわけでもないのかな……」
「性格と態度、それに考え方が悪ければ、商人としての才覚があるもんですか!」
……それもそうか。納得。レイコの言う通りか……。
「……しかし、既に王都にまでトレーダー商店の情報が流れていたのは、予想外だったわね。恭子がいるのは、辺境都市であるここターヴォラスより小さい、ごく普通の田舎町なのに……」
うん、そこは私もちょっと驚いた。
トレーダー商店自体は、王都とはまだ取引していないのだから。
あの町に立ち寄った商人か、恭ちゃんのところで買った商品を王都に流して転売したところからでも情報を仕入れたのかな……。
あの町に支店を出している大店経由、って線は薄いか。
大店の商人が、ライバルの商会にそんな情報を流すはずがない。
「まあ、文明はあまり進んでいなくても、その業界でトップの人達は結構遣り手だし、決して頭が悪いってわけじゃないからねぇ。いくら文明的に劣っている世界の人であっても……。
ソクラテスやレオナルド・ダ・ヴィンチより頭がいいと公言できる日本人が、果たして何人いるかと……」
「確かに……」
レイコも、私の考えに同意してくれた。
うん、私達には現代知識があるけれど、知識は、所詮ただの知識に過ぎない。
策略、謀略、頭脳戦、心理戦となると、この世界の専門家には到底敵わないだろう。私達はただ、チート能力で力押ししているだけだ。
それじゃあ、いつか足を掬われる。
宗教関連にも、気を付けよう。アイテムボックス前に酷い目に遭ったのも、宗教絡みだったし……。
「何重にも変装することにしておいて、良かったわね。
でも、安全策として、しばらく恭子の帰還は無し、かしら……」
「うん、何が引き金になってボロが出るか分からないからね。恭ちゃんには悪いけど……。
だから、さっさとこの件を片付けて、『サラエット』としての恭ちゃんと会った次男坊と取り巻き連中を王都へ追い返さないとね!」
レリナス商会の支店は、放置しておいて勝手に自滅するのを待つつもりだったけれど、それじゃあ時間が掛かって恭ちゃんに申し訳ない。
だから、専守防衛ではなく、積極的攻勢に出ることにしよう。
勿論、商人らしいやり方で……。
* *
「どうしてそんな噂が流れるのだ!」
情報を伝えに来た手代を怒鳴りつける、レリナス商会の商会長、ドレイン。
しかし、ただ市井で集めた情報を伝えただけなのにそう言われても、手代には返事のしようがない。
勿論ドレインにもそれくらいのことは分かっているが、これが怒鳴らずにいられようか。
何しろ、手代が持ってきた『市井に流れている情報』というのが、これである。
『レリナス商会の次男坊が、任された支店を僅か1日で潰したらしい』
『着任と同時に前任の支店長以下首脳陣を全員クビにして従業員を奴隷扱いすると宣言したら、従業員の大半に辞められて事業の継続ができなくなったらしい』
『領主様や他の商人達は勿論、領民も誰も相手にしていないらしい』
『その支店と取引があった商人達は、みんな取引先を他の店に代えたらしい』
『もう、レリナス商会にはその街の特産品は入荷しないらしい』
……そして事実、ターヴォラス支店から定期的に送られてきていた商品は、数日前から届かなくなっていた。
「ぐぬぬ……」
これでは、ターヴォラス支店における損害と信用の失墜はともかく、次男ローディリッヒを後継者にすることはできない。
元々、正妻の子であり長男、そして真面目で実直なラサルを後継者にすることが当然なのである。
だから、妻の実家からの反対を押し切って第二夫人(妾)との子である次男を後継者にすべく、手柄を挙げさせるために、業績の大幅な向上が確実……というか、既に向上しているターヴォラス支店を任せ、最初からの全ての功績を次男のものとする予定だったのである。
それが、まさかの『次男の馬鹿な行いのせいで、順調だった支店が赴任後たった1日で壊滅』という噂の爆発的な広まり……。
「……しかし、ローディリッヒからは『無事、着いた』という連絡が来ただけで、その後は何の報告もないぞ! いったい、どうなっておるのだ?
それに、噂が広まるのが早過ぎる! まるで、誰かが意図的に広めたかのように……。
ムーノ達は殊勝な態度であり、とてもそのようなことをしそうにはなかった。
それに、これから新しい雇い主を捜そうというのに、うちを敵に回したり、前の勤め先の悪口を触れて廻るような馬鹿な真似はすまい。元々、真面目な奴らであったからな……。
ムーノ達は、自分から辞めたのではなく、ローディリッヒに解雇されたわけであるから、それによって支店に問題が生起したとしても、それはムーノ達のせいではない。
……となると、ラサルを担ぎ上げようとしている連中の仕業か?
いや、それにしても、レリナス商会の名が落ちて信用を失うようなやり方をするとは思えん……。
ライバル商会の仕業か、中小の商会による嫌がらせか、それとも単なる『大店の失敗を面白おかしく触れて廻って喜ぶ連中』の恰好のネタにされただけなのか……。
くそぅ……」
* *
さて、噂も充分広まっただろうし、あとはムーノさんのところの王都支店が色々と頑張ってくれるのに期待するか……。
私が恭ちゃんの搭載艇で深夜に王都まで運んでもらい、一日中恭ちゃんとふたりで王都のあちこち……商業ギルドの待合室とか、そこそこ裕福な人が行く高級料理店とか……で大きな声で面白おかしく喋りまくった、某地方都市での出来事。
こんな面白く痛快なネタ、広まらないはずがないよね。
恭ちゃんは、深夜にリトルシルバーで私を拾い、翌日の深夜に送り届けるだけで、ターヴォラスには滞在しない。万一次男一味と出会うといけないからね。
いくら変装していても、身長や体格はそのままだし、喋り方や癖、全体的な雰囲気や失言とかでボロを出すかもしれないから、慎重を期すのは当たり前だ。
それに、恭ちゃんはあまりお店を休むことはできないし。
さすがに、一日丸々不在にして孤児院の子供達に任せっきり、というのは心配らしい。
ま、高額商品を置いている店に孤児院の子供だけで店番、というのは、誰がどう考えても無理がある。この街ならばまだしも、治安状態が悪い町じゃあねえ……。
レイコは、リトルシルバーで留守番。
恭ちゃんがいないと搭載艇が飛ばせないし……一応、万一に備えて簡単な動かし方は教えてもらったけど、余程の事態でない限り、自分で操縦するなんて怖いことはしない……、恭ちゃんが子供達と留守番するのは、もっと怖い。
適材適所というのは大事だ、うん。
とにかく、これで私達の出番(仕込み)は終わった。
あとは、ムーノさんとその仲間達、ガンバ!
書籍化作業に集中できた夏季休暇、終了!
更新、再開です。(^^)/
そして、以前御報告しました、私が世界観監修とサイドストーリーを担当しましたブラウザゲーム『エンジェリックリンク』(略称、『エンクリ』)、遂に正式リリースの日が決定しました!
8月19日、つまり今週の木曜日!!
よろしくお願い致します。(^^)/




