26 来訪者たち 2
「カオルさんいますか!」
また、フランセットが工房にやって来た。少し慌てているようである。
「どうしたの、例の販売はまだ先でしょう?」
「い、いえ、それとは別件です。実は昨日、隣国から外交使節がやって来たのですが……」
フランセットの言葉に、カオルは悪い予感がした。
(いやいや、隣国と言っても、この国には4カ国が隣接しているわけだから……)
「どこの国?」
「ブランコット王国からです」
(やっぱり……)
カオルはがっくりと項垂れた。
「で、その、使節、というのは…」
「はい、何と、王太子である第一王子だとか!」
(あああぁぁ……)
何でもその王子様と御一行、使節としての役目もそこそこに、『我が国から来た、カオルという者が居るはずだ。是非会わせて貰いたい』と言って聞かないそうで、国王や閣僚達も困っているとか。
上級貴族とかの普通の使節ならばともかく、王太子である第一王子では無碍にも扱えず、かと言って何が目的かも分からずカオルに会わせるわけにも行かない。
しかし、カオルの居場所を知っている者は多い。そのうち、隣国の王子と繋がりを持ちたい者、逆に隣国の王子がカオルと揉め事を起こすことを期待する者等が接触して居場所を教える可能性もある。そのため、とりあえずカオルに警告を、ということで王兄ロランドの命でフランセットがやって来たらしい。
「分かりました。面倒なんで、さっさとお帰り戴きましょう。
工房の皆さんに迷惑をかけられないんで、会う場所はリオタール子爵邸で。日程はお任せしますが、時間は昼過ぎでお願いします」
私用で工房の皆の食事の準備をすっぽかすわけには行かない。
「分かりました。ロランド様にお伝えします」
カオルの返事を聞き、フランセットは帰って行った。
リオタール子爵家を経由して会見が2日後との知らせが来たのは、その日の夕方のことであった。
ブランコット王国第一王子フェルナンは上機嫌であった。
やっとカオルに会える。
しかも、王宮とは関係が良くないのか、『王城には絶対行かない』と宣言しているらしく、重要な役職にも就いていないただの子爵家で会うとのことである。神殿も手出しをしていない様子。
「カオルが身を寄せている相手が子爵家ならば、強く出ればカオルを引き渡すだろう」
「いえ、子爵家はともかく、カオル本人の意志が問題でしょう。あの時のことをお忘れですか、フェルナン」
簡単に考えるフェルナンに、ファビオが釘を刺した。
「う…、それはそうだが……」
釘は刺したが、ファビオも、その目が全く無いとは思っていなかった。手の者に色々と調べさせたところ、カオルはここでもやらかしたらしく、その名は大きく広まってしまっていた。これでは、普通に暮らすのは難しいだろう。
一方、ブランコット王国では、王子を諫めた忠義の少女がいる、という話はある程度広まったものの、その詳細は貴族の間のみに留められた。色々と差し障りがあったので。
また、少女の名や外見等も秘されたため、カオルという食堂で働いていた少女と、あの夜の血塗れの少女とを結びつけて考える者も居なかった。恐らく、あのパーティーの少女とは別人として王都で普通に暮らすことができるだろう。
ただ、問題は、この国がそれを許すか、ということだ。
使節団とは別行動で入国させた者の調査によると、今、この国の者がカオルに手出しをしていないのは、カオルに興味がないというわけではなく、ただ単に『手出しができない』だけであるらしい。
女神に寵愛されたカオルは国に存在するだけで重要な意味を持つし、関係が良好なものとなれば…。また、女神云々とは関係なく、カオル本人の知恵があれば……。それらのことを、この国の貴族や王族がどこまで認識しているか。また、隣国であるブランコット王国の王太子とカオル、どちらをどこまで重要視するか。
そのあたりの微妙なところは、ファビオにも中々読めなかった。
「とにかく、いきなり高圧的な態度は取らず、下手なことは言わず、まずは友好的な雰囲気に持ち込みましょう。カオルの今の状況を聞いて、謝罪として手助けを、とか、じっくりと行って、最終的にカオルから『一緒にブランコット王国に戻る』と言わせるようにしませんと…」
「分かった。それで行こう」
フェルナンはファビオの言葉に頷いた。
そして2日後。
王宮からの付き添い役である王兄ロランド、宰相と共に、フェルナン、ファビオ、アランの3名は護衛に守られてリオタール子爵邸に到着した。
勿論、ノッカーを叩くことなどない。子爵邸の前には出迎えの者達が並んでいた。身分からすると子爵本人も出迎えて当然であるが、今回は子爵を訪問するという形であるため、邸内で迎えることとなっている。
屋敷の前に数名、玄関前に数名と、護衛の者をそれぞれ配置しながら、奥へと案内される一行。
応接の間に通されると、そこにはリオタール子爵と三男アシルの姿があった。
席に着くと、挨拶もそこそこに早くカオルに会わせるよう求めるフェルナン。子爵が了承し使用人に指示すると、扉が開かれ、ひとりの少女が部屋にはいって来た。
「「「カオル!!」」」
腰を浮かせて叫ぶ3人。
「か、顔の傷は?」
「無事で良かった…」
3人の言葉を、きょとんとした顔で不思議そうに聞いていた少女が、あぁ、という納得したような表情を浮かべて言った。
「皆さん、妹のお知り合いですのね!」
「「「え?」」」
「私、アルファ・カオル・ナガセと申します。妹のミルファ・カオル・ナガセがお世話になったようで……」
「「「ええええええぇ~~~!!!」」」
「あら、あの子、私のことは話していませんでしたの? 国を脱出してからすぐに、追っ手を撒くために別れましたの。いつかまた会えれば、と思っていましたのに、まさか隣国同士に居着いていたとは…。元気にしていますか、あの子」
顔の傷、とか、無事で良かった、とかの不穏な言葉はスルーするカオル。
「い、いや、それは…」
返答に困る3人。まさか怪我をして行方不明、とは言えない。
「もしかして、そちらのおふたりのどちらかが、あの子の良い人、とかかしら?」
微笑みながらのカオルの言葉に、え、と驚くアランとファビオ。
「なぜ、そのふたりと?」
納得できない、という顔で問い質すフェルナン。
「だってあの子の好みですもの。強くて逞しい、誠実そうな男性。知的で優しそうな、話が合いそうな男性。そして、歳を重ねると渋くて良い男になりそう、って感じで……」
「お、俺は!」
「あ~、チャラい男や、我が儘な俺様男、歳取っても渋くなりそうにない男とかは嫌ってましたからねぇ、あの子……」
カオルの言葉に愕然とするフェルナン。気の毒そうにフェルナンを見るアランとファビオ。
「お聞きしたいのですが、その、ミルファ、さんも、女神様の癒しの力が使えるのですか?」
ファビオの問いに、カオルは首を横に振る。
「いえ、セレスの友人なのは私だけですわ。セレスが顔で友人を選ぶとでも?
同じ顔をしていても、私と妹は全くの別人ですからね。
あの子が私と一緒に逃げたのは、私の癒しの力と同じく、あの子の優れた知恵と才能が狙われたからですわ。
しかし、困りましたわね…。この国を豊かにしたいと思っていましたのに、あの子が隣国にいたのでは、美味しいところは全部持って行かれてしまいますわね…」
困った顔をするカオル、苦い顔をする3人。
「あの、アルファさんもブランコット王国に来られませんか! 妹さんと一緒に暮らされては…」
アランの誘いに、再び首を横に振るカオル。
「それはダメですわ。私達がふたりとも1国に集まってしまうと、国同士の力のバランスが崩れてしまい、揉め事が起きそうですもの。また逃げ出すのは御免ですわ。そのうちまた、会える機会もあるでしょう」
「「「………」」」
この少女があのカオルと別人というならば、ブランコット王国に連れ帰ると主張する理由がない。初対面の他国の少女を無理に連れ帰る、というのでは、さすがに子爵もバルモア王国も納得しないだろう。それも、重要な価値のある少女を。
もう、話すことは何もない。
意気消沈してリオタール家を後にするフェルナン一行。
「…なぁ、本当に姉妹だと思うか?」
「たとえあれが本当に姉だとしても、もしカオル本人だったとしても……、」
アランの問い掛けに、渋い表情のファビオが答える。
「ブランコット王国に来るつもりが全くないということと、フェルナンには全く興味がない、ということだけは間違いないようですね」
その言葉に、フェルナンは絶望の表情を浮かべていた。
そしてアランとファビオは、もしあの日、フェルナンが一緒に食堂について来なければ。もしアランとファビオのふたりだけで行き、その後徐々に親交を深めていったなら、と、今となってはもう考えても仕方のない思いに囚われるのであった。
「あ~、終わった終わった! さすがに、アレならもうちょっかいかけて来ないでしょう!」
せいせいした顔で背伸びするカオルに、微妙な表情のみんな。
「あの~、その人って、本当に妹さん、なのですか?」
みんなが、分かってはいるけれど念のため確認したいと思っていたことを口に出すフランセット。
「そんなワケないでしょ! 私のこと知ってるくせに、何言ってるかな、この子は!」
(((だよね~……)))
仮にも王子様に対するカオルのあまりな仕打ちに、一同、かなり引いていた。




