25 来訪者たち
マイヤール工房。
ここでも、カオルへの態度は変わらなかった。
彼らが求めているのは、女神様とのツテではなく、『料理と掃除と雑用をこなしてくれるお手伝いさん』だったので。
しかもそれが可愛い女の子であったなら、他のことなどどうでも良かったのである。どうせ女神様は研究の助手も金属加工の手伝いもしてくれないし。
その工房に、今日もまた神殿からの使いが来た。
カオルと話がしたいから是非神殿に遊びに来て欲しい、という巫女シェーラからのお誘いが毎日来るので、『他の宗教の神殿にはいるのはイヤ』と返事し続けたところ、ではレストランでお会いしましょう、と来た。
カオルが調べてみると、そのレストランは庶民が行くような店ではなく、奥の方に完全防音の個室があるという……、ブルブル!
即行、断った。
すると、今度は『では、カオルさんのお好きな場所で』との連絡が来たわけである、今。
もう、一度会わないとあきらめてくれそうにないので、仕方なく会うことにした。密室でなく、他者の眼があるところで。
数日後、某軽食屋。
工房の昼食の片付けを終え、夕食の準備を始めるまでの空き時間。カオルは一度会ってあきらめて貰うべく巫女さんを待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
そして現れた、巫女さん、及び5人の少年少女たち。10歳くらいから16歳くらいまでの、男の子3人、女の子2人。全員、色々なタイプの美形揃いであった。
あ~、とカオルは溜め息を吐いた。
「この子達は、神殿で学んでいる子供達です。私がカオルさんとお会いすると聞いて、是非一緒に、と言うものですから…」
席に着くなり、シェーラがにこやかにそう説明する。
「はぁ、そうですか…。で、御用件は何でしょうか」
気のない返事をするカオル。
子供達には全く関心が無さそうなカオルの様子に少し慌て、シェーラは共通の話題を振る。
ふたりの共通の話題など、セレスティーヌのことくらいしか無い。
「あの、カオルさん、セレスティーヌ様は、その、男神様とのことは何かおっしゃっておられましたか?」
子供達の前ではあるが、カオルに振れる話題がこれくらいしか無い。これでシェーラもセレスティーヌと懇意であったと思ってくれれば、と期待する。
「あれ、セレス、その話したんですか? ええ、交流の切っ掛けができて、喜んでましたけど…」
「え、本当ですか? それはよろしかったこと!」
話を振ったシェーラも、まさか本当にうまく行っているとは思ってもおらず、驚いた。
(もしや、私と考えた対策が効果をあげたのですか?)
「………」
しかし、そこから話が続かない。次の話題を……。
「あの、前にお聞きになった女神像の件ですが、セレスティーヌ様は豊穣の女神様でもありまして、それで、豊穣の女神様が貧相ではナニでして、豊かにしようと、建造の時に意見が出まして…」
「……そうですか」
カオルの冷たい返事。
シェーラはカオルの胸に視線を落とし、自分の失言に気付いた。
『貧相ではナニでして』、『貧相ではナニでして』、『貧相ではナニでして』………。
続く沈黙に焦るシェーラ。
「あ、あの、この子たちを御紹介しますわ。左から、」
「あ、結構です。名前覚えるの、苦手なんで…」
「え……」
言葉に詰まるシェーラ。
まさか、鉄板の子供ネタをぶち切られるとは!
困った時には子供の話を振れば何とかなる、というのが相場なのに!
まだ、神殿の話題にはいるのは早い。あまり唐突では、露骨過ぎる。もっと普通の話題で場を暖めないと……。
そこに、子供達から援護がはいる。
「あの、僕たち、女神様のことをお聞きしたいんです!」
「あ、僕も!」
「私も聞きたいです!」
さすが、大司教様が選んだ子供達。見た目だけではなかったようである。
シェーラは感心した。
そして、カオルは子供達に向かって言った。
「あのね。もし貴方たちに凄くお金持ちのお友達がいたとしてね、」
「「「「はぁ?」」」」
「知らない人が何人も押しかけて来て、貴方たちのことは何も聞かず、ただ、そのお金持ちのお友達のことだけを色々と聞きたがったり、紹介して欲しがったりしたら、どう思いますか? その人と、いいお友達になれると思いますか? そもそも、お友達になりたいと思いますか?
そして、知らない人に大切なお友達のことを何でもぺらぺら喋って回るような人を信用しますか?」
「「「「………」」」」
「じゃあ、特にお話しすることも無いようですので、失礼しますね」
カオルが席を立っても、シェーラも子供達も黙ったまま動かなかった。
そのまま店を出た後、カオルは気がついた。
「あ、結局、何も注文しなかった……」
数日後、騎士フランセットがやって来た。
「カオルさん、アダン伯爵家の方が王都に到着されました」
カオルが待っていた知らせであった。翌日の昼食後、と時間を確認。
ちなみに、フランセットや他のみんなにも、『女神様』とか『御使い様』とか『御友人様』とか呼ばないように言ってある。
翌日、アダン伯爵家王都邸前。
久し振りに『男爵の娘のお古』を着たカオルの姿があった。
貧乏な下級貴族の娘らしい雰囲気が醸し出されていて、なかなか良い感じである。
普通に玄関のノッカーを鳴らし、迎え入れられる。
いや、普通は貴族の娘がひとりで歩いて来たりはしないが。
執事に案内されて奥の部屋へと通された。
何かあった場合には、催涙剤であるトウガラシスプレーの出番である。
また、日没までに伯爵邸から出てこなかった場合には、大神殿とリオタール子爵邸、工房に知らせ、併せて中央広場で『女神様の御友人が貴族家に捕らえられた』と大騒ぎするよう、子供達に指示してある。
その時だけは、『女神様の御友人』という呼び名を使わざるを得ない。カオル、という名ではインパクトが少ないし知名度が低いので。
まぁ、カオルはそのような心配はほぼ無いと判断しているのであるが。
カオルが通された部屋には、既に他のメンバーは揃っていた。
アダン伯爵、息子のエクトル、娘のユニス、護衛隊長であったロベール、騎士フランセット、そして王兄ロランド。
さぁ、陰謀の時間だ。
陰謀の時間は楽しかった。
メンバーは、カオルと銀髪の女神が同一人物であると気付く可能性がある者、治癒の恩恵を受けた者、もしくはその親族、関係者等。つまり、放置しておくのが心配な者と、裏切る可能性が非常に低い者、ということである。
カオルはメンバーには次のように説明した。
自分はセレスの友人であり、セレスの勧めで他の世界から遊びに来た。
今は人の身を纏い人間の暮らしを楽しんでいるので、その事は秘密。セレスの友人で、少し治癒の力が借りられるだけのただの人間、という振りをしている。…それのどこが『ただの人間』か、という話は置いておく。
特定の勢力に肩入れするつもりはない。
しかし、少しは人間に祝福を与えてやろうとしたが騒ぎになってやりづらくなってしまったので、協力するなら幾分かの考慮をしないでもない。
そしてそれを元に、これからの様々なことが相談され、決められていった。
王宮や貴族、神殿等に対する表向きの対外窓口は、リオタール子爵家。子爵家はカオルの表向きの姿しか知らないままの現状維持。
裏の窓口は、アダン伯爵家と、騎士フランセットを介しての王兄ロランド。
ロランドの頼みで、このメンバー以外では国王にのみ事実を伝える、ということになった。
当然か。でないと動きにくいし、反乱を疑われる可能性がある。
まぁ、自ら王の座を蹴ったロランドがそのようなことをするはずがないのであるが、貴族や王族の中には馬鹿も居るので。
また、フランセットの強い希望で、このメンバーの集まりに名前を付けることになった。
『女神の光』
カオルは猛反対したが、フランセット、ロランド、エクトル・ユニス兄妹が賛成したため、多数決で可決されてしまった。
とりあえず、活動開始。
『治癒ポーションの販売。値段は安め。但し効果は弱く限定的であり、使わないと5日で効果が無くなる。製造・流通ルートは国家機密。卸元は王宮』
5日で効果切れとしたのは、買い占めや戦争利用を防ぐためである。
想定する主な用途は、ハンター等の怪我と一般民の病気、であった。
効き目は弱く、また古傷、つまり『いったん治ってしまった傷』はそれ以上は治らない、という制限はかけるが、それでも充分人々の助けになるはずである。
本当の奇跡の治癒は、女神の力により作られる『女神の涙』のみが行い得るものであり、あくまでも治癒ポーションは『女神の祝福たる奇跡を授かれるほどの資格はないが、その御慈悲のひと雫を賜る』ということである。
カオルは、ふと思い出して、皆に2つのことを告げた。
ひとつ、『女神の光』は、外郭組織『女神の眼』を持っている。今は無給で働いているが、今後はその構成員を正規雇用とし給金を支払う予定である。
ふたつ、販売ルートとしてアビリ商会を利用する。
こうして、ようやくのことで、『ポーション販売』にこぎつけたカオルであった。




