199 ハンター
かららん
ドアを開けると必ず鳴る、ハンターギルド支部統一規格のドアベル。
そして私は、一斉に向けられたハンターやギルド職員達の視線を気にすることなく、受付窓口へと歩み寄った。
「……傭兵ギルドはお隣ですよ?」
うるさいわ!
誰が殺人の常習者やねん!!
「受注じゃありません、依頼です! そして、依頼内容は暗殺とかじゃありません!」
「しっ、失礼しました!」
失礼にも、程があるわっ!
「依頼内容は、これです」
ギルドに依頼するのは、初めてってわけじゃない。……けど、あれはもう70年以上前の話か。おまけに、ここからは遥かに離れた国での話だし。依頼の仕方や基準報酬額とか、大きく変わっている可能性もあるなぁ……。
「はい、必要事項は揃っていますし、規約上も問題ありません。これでお受けできます。
しかし、報酬額が空欄になっていますが……」
うん、そこはさすがに適当に書くのは躊躇われたのだ。
「相場は、おいくらぐらいでしょうか……」
そして、受付嬢と相談して、妥当な報酬額を決定。無事、依頼は発注された。
……帳簿みたいなのに記入してから、依頼票が壁のボードに張り出されただけだけどね。
うん、これも、地元への融和策の一環だ。
街で一番の戦闘力を有しているのは、領主の配下である警備隊か?
いや、違う。
ハンターギルド支部だ。
明確な上下関係ではないけれど、一応、ハンター達はギルド上層部の指示には従う。自分の命や損得に支障がなければ。
なので、もしギルド関係者全員が牙を剥けば、警備隊の戦力を上回る。
片や、毎日が実戦、命の遣り取りをすることもあるハンター達。片や、日々訓練の毎日で、戦争などない平和続きで人を殺したことなどない、少数の警備兵。
正面からの全面戦闘となれば、どちらが勝つかというと……、って、私は別に警備隊とハンターギルドを戦わせたいわけじゃない。万一に備え、ハンターギルドも味方にしておきたいだけだ。
片や、日頃から新米ハンター用の分のいい依頼を持ち込んでくれる、未成年の少女達。
片や、余所者のチンピラ。
揉め事があった時、普通であれば無視してスルーされる場合でも、この場合はどうか。
……うん、助けて貰える確率、かなり上がるよね!
それに、元々依頼は出すつもりだったし。
そろそろ、肉にも手を出そうと思っていたのだ。自分達が食べる分もだけど、商品としても。
そう、ジャーキーとか、燻製とか……。
煮物や焼き物は、飲み屋や飯屋、そして各家庭でそれぞれ作るだろうから、公園の屋台とかで売るならばともかく、うちのようなやり方では商売にはならない。だから、作るのに手間と時間がかかって、ある程度日保ちして、運ぶのが簡単なもの。
レイコを野山に放てば、魔法で狩ってくるとは思う。
……でも、まぁ、自重したのだ、自重!
そして、獣肉はハンターギルドに依頼を出すことにしたわけだ、一石二鳥を狙って。
依頼内容は、こんな感じ。
食用とするための、獣肉の確保。
対象:角ウサギ、鹿、猪、熊、オーク等。解体せずに、そのまま納入。但し、血抜きは実施。
期間・数量等:常時。但し、受注数については、受付窓口において調整するものとする。
なお、別途報酬金により、皮剥ぎ、解体のレクチャーを依頼する。レクチャーに関しては、各獲物の種類ごとに、最初の1回のみ。
窓口で調整、というのは、一度に大量に届けられたり、特定の種類のものに偏ったりすると困るからだ。なので、うちが買い取れる量や種類を細かく書いた表を作って、受付嬢に渡してある。
うちの依頼を受ける人が窓口に来たら、現在の受注状況によって色々と指示したり、数量が超えた時にはボードの依頼票を一時的に剥がしたりしてもらえるようになっている。解体レクチャーが終わったものかどうかの確認も必要だし。
また、獲物のお届けは、時間範囲を指定してある。夕食寸前とかに届けられたら解体のレクチャーが受けられないし、不在の時に来られても困るからね。
……色々と受付嬢の手間がかかる面倒な条件になってるから、割増し料金を取られたよ、クソ!
報酬額は、相場より少し高めにした。
この依頼内容から、皆、『あ、孤児達に解体を覚えさせようとしているな』と察してくれるだろう。そして聡い者は、うちの取り扱い商品に肉の加工品が加わるのでは、と気付くだろう。
うちで食べるだけなら、肉屋で買えばいいのだから。(ギルドは小売りはやっていない。)
それを、捨てる部分も含めて未処理のものを丸々買い取ってからわざわざ解体、というのは、他に考えようがないだろう。
ある程度顔が知られている私からの発注が気になったのか、何人かのハンターがボードに近寄っているけど、私はさっさと引き揚げ。
いや、しばらく待っていれば受注者が現れるかもしれないけれど、ここは退いておく。ハンターの人達が私が出した依頼について仲間内で話したりするのを阻害したくないからね。受付嬢と話すのも、依頼主が側で聞いていちゃ、やりづらいだろう。
なので、さっさと引き揚げ。別に、そう急いでるわけじゃないし。
それに、護衛依頼と違って、この依頼は別に受注者が狩りの前に依頼主と会う必要はない。
受注者が適任かどうかは受付嬢が判断することだし、私は獲物を持った受注者が納品と解体のレクチャーのために家に来てくれるのを待つだけだ。
いつ来るかが分からないのは少し面倒だけど、それは仕方ない。いつ受注してもらえるか。いつ獲物が狩れるか。いつ狩り場から引き揚げようと判断するか。戻ってすぐに納品に来るか。食事を摂って一杯やってから来るか。翌朝になってから来るか。
不確定要素が多すぎて、納入日時は事前にきっちりと決められるようなものじゃない。だから、納入可能な時間帯だけを決めて、その時間にはみんなが家にいるようにするしかない。
ま、解体のレクチャーが一通り終われば、私かレイコのどちらかがいれば買い取りや保存は問題ないから、その時には納入可能時間帯を変更するけどね。
* *
「すみませ~ん!」
あれ、玄関の方から呼び声が……。
ドアノッカーがあるのに……。
ま、依頼を受けてくれたハンターの人だろうけどね。
「は~い!」
急いで玄関に行くと、予想通り、4人組のハンターらしき連中の姿があった。
全員男性で、20歳前かな。多分、17~18歳、ってとこか……。
勿論、ここ基準での話なので、この連中が日本の街角に立っていたら、20代後半くらいに見られるだろう。……殆ど、『おっさん』だ。
「納品に来ました。あと、解体の説明を……」
「分かりました。受注、ありがとうございます。で、獲物は……」
見たところ、みんな、ずだ袋を肩に掛けて背負っている。ということは……。
「はい、角ウサギ8匹です」
……やっぱり。
大物がいれば、違う運び方をするからねぇ。みんなが袋を背負っているということは、小物ばかりということだ。そして今回は鳥は発注していないから、必然的に角ウサギ、ってわけだ。
肉が目的なので、ゴブリンやコボルトは発注の対象外。ということは、他には鹿、猪、熊、オーク、オーガ等がいるわけだけど、魔物じゃない普通の鹿、猪はなかなか捕れないし、その上、オーク、熊、オーガとなると、若手4人じゃ不安があるだろう。
いや、そりゃ、狩れるかもしれないよ? でも、誰かが怪我をする確率が10パーセントあれば、そういう仕事を10回やれば多分怪我をする。そして戦力が低下し、お荷物を抱えることになって、……終わりだ。
だから、全員がほぼ確実に無傷で終わる仕事しか受けない。
ならば、このパーティにふさわしい仕事はオーク狩りではなく、ゴブリンやコボルト、そして角ウサギ狩りだというわけだ。
腰抜け?
いやいや、数年後には、この連中はオークを狩り、その後、熊やオーガを狩れるようになっているだろう。そして同年代で今オークを狩っている連中は、数カ月後にはオークの腹の中、というわけだ。
世の中、馬鹿には厳しい。そして馬鹿には、失敗を糧として成長するためのチャンスすら与えられない。うん、世の中、そういうものなんだよ……。
「じゃ、こちらへ……。お~い、解体準備! 獲物は角ウサギ8匹!」
「「「は~い!」」」
奥から、レイコ達の返事が返ってきた。
みんなは家の内側から廻るので、私は外を廻って、ハンターの皆さんを御案内。
いや、血の滲んだずだ袋を担いで家の中を通らせたりしないよ! 家の中は、日本式に土足厳禁なんだから……。




