197 野 望 4
「じゃ、行ってきま~す!」
「うん、気を付けてね~」
ミーネとアラルが、色々な種類の干物を持って街へと向かった。
もう、ふたりに絡むチンピラとかはいないだろう。
……もしいたとしても、街の人達がフォローしてくれるはずだ。そういう奴らは『事情を知らない連中』、つまりこの街にやってきたばかりの余所者だから、地元の連中を敵に回すわけじゃないので街の人達も安心してそういう連中をボコったり警備隊に突き出したりできる。
そもそも、地廻りの連中が率先してそういう連中をボコってくれるだろう。縄張り的なものや、私達が地元の連中の仕業だと思って報復行為に出ることを恐れて……。
それに、ふたりに渡してある防犯グッズは数人程度のチンピラ連中なら無力化できるだろうし、あれにはふたりには教えていない秘密の機能も付いている。
……うん、問題ないない!
そして、ふたりを送り出した私達は……。
「とりあえず、地下司令部に!」
「ラジャー!」
そう、地下へ行けば、冷たい飲み物も、『ポーションを含んだ、イチゴケーキのような味と食感の食べ物』もある。ミーネとアラルを含む、この世界の人達には見せられない……主に、あまりにも自堕落な様子を見せるわけにはいかない、という乙女の秘密的な意味で……品々が。
* *
「香辛料の、今後の計画は?」
ゲーミングチェアに身体を沈め、左手に熱いココア、右手に冷たいアイスクリームと、メドローアを放ちそうな体勢で私にそう尋ねてきたレイコ。
「この辺りで出回ってるのより質が悪いのを3分の2、少し上回っているのを3分の1の比率で、3店に同量卸す予定よ。卸す回数は月に一度、それぞれの品目の量は毎回変更して、供給量の不安定感を演出。
……毎回きっちり同量だと、安定供給が可能だと思われて量を増やすよう要求されたり、『毎回、最低限それだけの量を納入されるのは当たり前』と思われて、それを基準にして商談をされるのは困るからね。あくまでも、販売量は私達の裁量で自由にできるようにしておきたいから」
そう、そしてあまり品質を上げないのは、勿論『いいものは、後にとっておく』ためだ。
領主とか上級貴族、そして王宮とかに献上する時のために、高品質のものは出さずにとっておく。
最初から高品質なのを出回らせるのは、百害あって一利なし、だからね。変なのが寄ってくる、という意味でも。……最初から必殺技や秘密兵器を出すスーパーヒーローはいないだろうしね。
それに、品質が悪いものを安価で出回らせれば、普通の食堂とかでも使えるようになるかもしれない。
食生活の向上のためには、美味しいものを貴族や金持ちだけで独占させるべきじゃない。そんなことをすれば、食文化が育たなくなってしまう。
……料理人は、貴族や金持ち、権力者等がなる職業じゃないからね。美味しいものは、平民の間で広めなきゃ駄目だよね。
「うん、それでいいと思う。他所では絶対に手に入らない凄い品、というわけでもなく、ひとつの商会が独占販売しているというわけでもなく、そして輸入ルートを乗っ取ろうにも、『私達だから送ってくれる、実家からの商品』であって、いくら販路を奪おうとしても、私達以外の者に送られてくるはずがない。つまり、輸入ルートの乗っ取りは絶対に不可能。私達に危害を加えた時点で、全ての商品の輸入がストップして、その全責任を背負うことになる、というわけ。
おまけに、他国の貴族か有力者の子供らしい私達に手出しすれば、下手をすれば国際問題。
これは、かなりの抑止力が期待できるでしょうね」
そんな不良案件かつ危険案件、そのあたりの下級貴族どころか、領主ですら手出ししようとはしないだろう。……うん、完璧!
その他は、干物やら生干し等の庶民向けのものばかりだから、お偉い人達には関係ない。
……いや、そりゃ、干物が好きな貴族もいるだろうけどさ。うちのは美味しいし。
そして、小売店や食堂、飲み屋、その他一般の人達には、私達が香辛料とかその他の高額商品を取り扱っていることは秘密。卸している3つの商会にも、そのことは徹底するよう契約内容に盛り込んである。
勿論、ミーネとアラルにも内緒だ。私達はあくまでも、平民相手にそこそこの稼ぎを得てのんびりと生活する物好きな、そして割と遣り手でしっかりした、怖い後ろ盾を持っているため手出しをしちゃ駄目な子供達、として生活するのだ。
レイコの同意も得られたので、しばらくはこのまま、現状維持を続けよう。
そして、その後は……。
「第二段階はどうする?」
「う~ん……。普通に少しずつのし上がればいいんじゃない? 私達には、時間はあんまり関係ないから……」
うん、そうなんだよねぇ……。
問題があるとすれば、『ねぇねぇ、あの家の姉妹、全然歳を取ったようには見えませんこと?』っていうような、バンパネラ的なことだけだ。
それも、化け物を排斥する、という方向ならまだマシな方。不老不死を求めての『狩り』が始まったら、どうしようもない。
まぁ、私達は銀の髪でもないし、銀のばらも持ってないけどね!
* *
「最終的には、どのあたりが落とし所かなぁ……」
「一応、秘密がバレにくく、権力者からゴリ押しされにくく、そして間諜や暗殺者が侵入しにくくて、防衛しやすいところといえば……」
「「島だよねぇ……」」
そう、そこそこの大きさの島を手に入れれば、防衛は楽にできる。
空とか海中とかは当分気にする必要はないだろうから、水上、つまり船にだけ気を付けていれば済むし、そんなの、探知も迎撃も簡単だ。
島で一番重要なのは水の確保だけど、そこそこの大きさの島であれば水にはそう困らないだろう。いざとなれば、水魔法、『水のようなポーション』、造水機……海水淡水化装置、フィルター式造水機、その他色々……型のポーション容器等、様々な方法がある。
まぁ、別に陸岸から何百マイルも離れた、絶海の孤島に住みたいわけじゃない。
陸岸から小舟で数十分程度の島に本拠地を構えて、普段は陸岸側に住んで、何かあった時にだけ島に立て籠もればいいや。水も食べ物も薬も不自由しないし、海産物は採り放題。そして接近する船は全部沈められる。
……何年でも、何十年でも籠城できるだろう。
「いや、そんなことしなくても、さっさと遠くの国へ移動すれば済むんだけどね……」
「当たり前よねえ……」
そう、世界は広く、情報が広まる速度は遅く、そして正確に伝わることなどない。遠く離れるほど……。
この大陸だってそうなのだから、他の大陸となると、もう、情報伝達どころか言葉が同じかどうかさえ分からない。私達には言葉の問題は関係ないけどね、セレスのおかげで。
「じゃあ、そういうことで!」
「うん、そういうことで!」
何が『そういうこと』なのか分からないけど、ま、そういうことだ。
怪しまれないための、一応の生活基盤は整えた。
領主とも良い関係を築き、官憲達もお友達。
いや、彼らが領主の配下だということもあるけれど、ちゃんと警備隊詰所に付け届けをしたり、彼らが飲み屋でつまみにしてる干物や色々なものを作って納入しているのが私達、ってこともそれとなく伝えてあるんだ。
……そして、街の人達を味方に付けるために色々な根回しがしてあるんだけど、警備兵やハンター達も『街の人達』の一員だからね。
彼らにも、妻も子もいる。そして妻子は街の噂話を夫に父に、話して聞かせる。そう、私財を投げ打って元孤児院を買い取り、孤児の面倒を見ながら懸命に働く、ふたりの、おそらくは身分があるのであろう少女達の話を……。
そりゃ、チンピラに絡まれてるところを見たら、全力で駆け寄って助けてくれるわなぁ……。
うん、私達は無敵だ! ふはははは……。
「じゃあ、しばらくは現状維持で、評判がこの街の大店や貴族に伝わって商売相手がそのあたりまで広がるのを待つばかり、だね。そしてその層が庇護者になってくれれば、あとは下手に王都とかに名前が広まらないよう、ただの地方都市の小規模製造業者として、のんびりやろうか」
「うん、そうだね。私も、憧れのスローライフを楽しんで、しばらくのんびりしたいし」
レイコのヤツ、90歳以上まで生きたくせに、のんびりしてなかったのかよ!
そして、考えてみれば、干物や燻製作り、魚の仕入れ、畑仕事、工芸品の製作とかで、結構忙しく働いてるよね、私達……。
確かに、大型農機具とかを使うわけじゃなくて、昔ながらのやり方だけど……。
こういうのも、スローライフって言えるのかなぁ……。




