196 野 望 3
「……し、しばらくお待ちください!」
あ、逃げた!
……じゃない、もっと上の人を呼びに行ったな。
まぁ、これは手代や若手の番頭とかではなく、もっと上の者が判断すべき案件だろうから、当たり前か。
呼んでくるのは、大番頭か、商会主か……。
……両方来たよ。
そして、テンプレの遣り取りの後、価格の相談。
売る量は、うちが決めた上限以内で、この店が買いたいだけの量。
当たり前か。うちが売れる分しか売れないし、店が買いたい分しか買えないってのは。
店としては、あるだけ買いたいだろうけど、こっちにも都合がある。
出回る総量は管制しなきゃならないし、上へのコネを作るためのアプローチをこの店だけに絞るのはリスクと効率、その他諸々で不適当。同時に複数のルートでアプローチしなきゃならないんだ、そんなことはできるはずがない。
当然、商会主達も、私達が複数の店と取引するつもりなのは承知しているだろう。売り手市場なのに、わざわざ取引相手をひとつに絞ってリスク分散や駆け引きの余地とかを捨てるほどの馬鹿だと思われていなければ。
普通であれば、何とか囲い込もうとするところだろうけど、とっくにリトルシルバーのことや例の馬鹿な下っ端番頭のこと等を知っているだろうし、さっきの『いかにも貴族の娘らしい私の発言』も、当然伝えられているだろう。だから、なるべく多く、と強く要望されたけれど、あくまでもそれは通常の取引における攻防戦の、常識の範囲内でのことだ。
必死になった商人の『常識』というのは、かなり怖かったけどね……。
……そうやって、3軒ほど廻った。
いや、同じ街であまりたくさんの店と取引するのもアレだし、そもそも、面倒臭い。3軒あれば、互いに牽制させて舐めた真似ができなくするには充分だろう。
あとは……。
「船が欲しいね……」
そう呟く、私。
「豪華客船? それとも戦艦か空母、海底軍艦とか……」
「何でやねん! 釣り船だよ、釣り船!!」
そう、陸釣りに較べて、船釣りは比較にならない釣果が期待できるのだ!
陸岸からの釣りでは狙えるポイントが限られるし、潮の干満による影響が大きい。それに対して、船が使えると、回遊魚のルートとかも狙えるし……。
そして複数の仕掛けや餌を用意しておけば、狙った獲物が駄目だった場合には即座に対象を変更できる。錨を入れてサビキ釣りをしていたけれどアジが釣れない、という場合には、砂地の方へと場所を移動して、錨は入れずに船を流しながら、餌をゴカイにしてキス釣り、とかね。
季節によっては、船を走らせて、太刀魚釣りなんかもいいかも。低速のトローリングで、竿無しで大きな糸巻きみたいなものを使って、疑似餌で釣るの。イカに似せたゴムみたいなやつに、釣り鉤が仕込んであるやつ。
……釣っている時間よりも、船内で獲物を鉤から外したり、ぐちゃぐちゃになった仕掛けを直している時間の方がずっと長かったけどね!
そして、刺身にして食べたら、すごく美味しかったなぁ……。
「船が欲しいか……」
レイコのヤツ……。
「だから、欲しいって言ってるじゃん! それに、そんな、『力が欲しいか……』みたいに言われても……」
ううむ、自分で漕ぐのは大変だし、それだと本当に小さなボートになっちゃうし、トローリングができない……。
かといって、動力船を使うのは目立ちすぎる。漁師もだけど、商人、権力者、……そして軍関係の者に見られたら、一発アウト。……絶対に避けなきゃならないヤツだ。
でも、陸岸からかなり離れるなら、急な雨に備えて、小さな船室くらいは欲しい。あと、トイレと。そうなると、クルーザーか、メガヨットか……。
……誰が操縦するんだよ、そんなの! 小型船舶の操縦資格もないのに……。
いや、ここでは免許は要らないけど、操縦するための技術は必要だろう。
くそぅ……。
「持ってるよ、船舶免許。あと、無線と気象予報士資格も」
「持っとるんかい!!」
「こんなこともあろうかと……。まぁ、準備期間、70年以上あったからねぇ……」
「ぐぬぬ……。でも、交信相手がいない無線資格と、気圧配置図も何もない世界での気象予報士資格に、何の意味が?」
「ぐぬぬぬぬ……」
よし、勝った!
……でも、そんなにデカい船は要らないか。
近場で釣るだけなら、スワンボートとかでいいんじゃないかな。あの、白鳥の形をしていて、ペダルで漕ぐやつ!
あれなら、たとえ軍関係者に見られたとしても、まさかそれを軍で採用しようと考えたりはしないだろう。
あんなのが船団組んで攻めてきたら、敵兵、大爆笑だろうなぁ……。
でもアレ、船底が浅いし推進力が弱いから、流れの速いところとか、波やうねりが高いところでは危ないような気が……。やはりアレは、池や湖で使うものなのか……。
それに、女の子としては、やはりトイレは外せないか。そして、丸見えは嫌だから、必然的に船室も……。
「おかしなのに目を付けられる心配がなく、船室とトイレが付いた、安全で安定性のいい小さな釣り船……、って、ないよねぇ、そんな都合のいいの……」
残念そうにそう呟く私に、レイコが即答。
「あるよ」
「あるんかいっっ!」
本当に、そんなのがあるんかい……。
「海面上に出るのは、舷側の高い小さなボートのみ。そしてその下には、それより大きな水中部分があればいいんじゃない?」
「アポロ・ノームかいっ!」
「それって、3隻合体した巨大空母の下に6隻の原潜をくっつけたやつ? いや、それじゃなくて、そこは海底要塞サルードで……。船底のハッチから海中部分に降りられるようにして、いざという時にはそのまま潜航できるように……」
「知らんわ! アポロ・ノームも、『小沢さとる』と付けて検索しないと、アンドロメダ級の3番艦しかヒットしないし……」
「古すぎるでしょ、ソレ……」
「そう言うレイコも知っとるんかいっ!!」
何だよ、コイツ……。
「いや、色々と調べるのに、70年以上の時間があったから……」
* *
そういうわけで、釣り船を造った。
……あ、いや、『釣り船のように見える、ポーション容器』を……。
発着場所は、超小型特殊潜航艇で海中に潜って出るしかない非常脱出路とは別に、普通に岩陰から出航できるところを造った。
L字形になっていて、外から見ると浅い窪みにしか見えないけれど、突き当たり部分から右側に直角に曲がった水路が続いており、そこに係留されている。
まぁ、海側からこの岩壁を見る者はあまりいないだろうし、崖の上から見下ろしても窪み部分は見えず、陸岸部を伝ってそこに到達するには、真上からロープで下りるか、ロッククライミングかボルダリングの技術がないと難しいだろう。
……私達は、内側の通路を使うけどね。
ミーネとアラルを乗せる時は、私が少し離れた岩場に作った浮き桟橋……丸太3本をくっつけて、上に厚めの板を張ったやつ……に連れていって、レイコが船を寄せてくるのを待つ、ということにした。勿論、海底はアイテムボックスを使って掘削してあるから、ボートの下の部分が座礁することはない。
……水が澄んでいるから、下の部分が見えるけど……、小さいことは気にしない!
ミーネ達には、『開発中の新型船だから、この船のことは誰にも喋るな』と言ってあるから、問題ない。このふたりが、わざわざ自分達の居場所をなくそうとするとは思えないからね。
船で釣りをするのは、4人揃ってレジャーとして釣る時だけで、夕食のおかずを、とかいう場合は、普通にそのあたりの陸岸から釣る。
釣り用に造った岸壁の窪みの方は、外側から回り込んで行けるように石段状に岸壁に切り込みを作ってあるから、子供達だけでも行けないわけじゃないけれど、それは禁止している。
だって、子供達だけでそんなところへ行かせるのは、危ないからね。石段を作ったのは、地下通路を使って行く私達がそこで釣りをしていても不思議に思われないようにという、安全策のためだ。子供達があそこで釣りをするのは、私かレイコが一緒にいる時だけ。
ま、あそこは雨の日の釣り場、という感じだ。この辺り一帯、全てが釣り場なのに、わざわざあんな狭っ苦しいところで釣らなきゃならない理由はない。
よし、これで、畑があって、釣りができて、馬を飼っていて、森で動物を狩れて、色々と自分達で作ったり工事したりのDIY生活だ。都会の疲れ果てたおじさん達が求める、夢のスローライフ!
農園天国だね!
「そうかなぁ……」
うるさいわっっ!!




