194 野 望 1
「野望、魔望、元気予報!」
「わぴこか発動機会社か、どっちやねん!」
うむうむ、ネタが分かって突っ込んでくれる者がいる、幸せよ……。
「いや、そろそろ『裏の稼業』の方も始めようかな、と……」
呆れた様子のレイコに、そう告げる私。
うん、『表の稼業』の方は、既に限界に達している。
いや、行き詰まっているわけじゃなくて、15歳の身体の女性ふたり、9歳の少女ひとり、6歳の少年ひとりじゃ、できる作業量に限界がある。
しかも、私達は別にブラック企業というわけじゃないし、辛い思いをしてまでお金を貯めなきゃならないわけでもない。
……そりゃ、生活に必要なお金は稼がなきゃならないけれど、それくらいは今の状況でも充分稼げている。持ち家だから家賃が掛からないし、免税だというのが大きいね、うん。
魚介類や海藻類の加工製品、玩具や民芸品等の売り上げは順調だし、畑の方も、そのうち収穫できるようになるだろう。私の『成長促進ポーション』を撒けば、豊作は間違いないし。
更に、裏の崖をアイテムボックスへの収納で削って石段を作り、程良い高さで崖の内側に大きな窪みというか、4~5畳くらいの広さのスペースを造った。……うん、『釣りができる場所』を造ったわけだ。
崖の内側に抉れた場所なので、雨の日でも釣りができる。
雨天であることが釣果に影響するかどうかは分からないけどね。釣りは、水温や潮の満ち引きとかも含めて、色々な要素が影響するらしいけど、よく分からない。雨で海面の塩分濃度が薄まったり、音がしたりするのも影響するのかなぁ……。
ま、とにかく、魚も市場で買うだけじゃなく、自分達で食べる分は自前でそこそこ用意できるってわけだ。
寄生虫とか毒素とかは、以前創ったブレスレットがあるから安心。
あ、ミーネとアラルには、ここでは毒持ちの魚や寄生虫がヤバそうな魚も問題なく食べられるけど、他所では同じような食べ方をしないように厳しく躾けなきゃ。命に関わるから、そこはしっかりとしないとね。……間違っても、他所でフグの肝を食べたりしないように……。
「カオル、それは危ないよ。ここでも、毒のあるやつは食べないようにした方がいいんじゃないの?
ついうっかり、とかなっちゃったら、取り返しがつかないでしょ……」
「う~ん、やっぱり、そうかなぁ……」
自分達はともかく、子供達の安全を考えれば、『ここでは美味しく食べられるけれど、他所で食べたら死ぬ』なんて食べ物に慣れさせるのは、やっぱり危険過ぎるか。
仕方ない、素人料理でフグ三昧計画は、断念するか……。
「そういうのは、地下の秘密基地で、ふたりだけで食べましょう」
「あ、やっぱり?」
レイコも、『絶対に安全なフグ料理』は食べたかったか。
でも、噂に聞く、『毒で、ちょっとピリピリ痺れる感じが堪らない』とかいう常軌を逸した極限の世界は……、って、私のポーションとかレイコの治癒魔法とかがあれば大丈夫なのでは?
と思ってレイコの顔を見ると、笑っている。……多分、私と同じことを考えているな……。
とにかく、そういうわけで、商品の製造も売れ行きも順調なんだけど、この人員では、もうこれ以上商品を作れるだけの労働力がないというわけだ。ブラックなのはレイコの腹の中だけで充分。
我が『リトルシルバー』は、ホワイト企業なのである!
というわけで、『表の稼業』は、しばらく現状維持。パクリ商品が現れて業績が悪化したら、その時にまた考えればいい。
なに、新商品のネタはたくさんあるんだ、パクられても、どうってことはない。それに、加工品の品質や、工芸品のデザインとかバリエーションでは負けないしね。
そして、『裏の稼業』だけど……。
別に、殺し屋とかを始めるわけじゃない。
……いや、私達なら、やれそうではあるけれど……。
そうじゃなくて、今のような『小売りの店相手の、小規模な卸し売り』ではなく、もっと規模を大きくした商売を、あまり目立たないようにやろうというわけだ。
規模を大きく、とは言っても、大量に、というわけではなく、そこそこ単価が高いものを、そこそこの量扱う、という感じで。
あまり目立つと、また金やノウハウ狙いの連中がやってくるからねぇ。
今は来なくても、私達が『多少の危険を冒すだけの価値がある』と思われれば……。
やはり、未成年に見える者しかおらず、最年少の者以外は全員が少女、というのは、圧倒的に狙われ易いよねぇ……。
そういうわけで、一応、密かに始めるのだ。……まぁ、どうせそのうち情報が広まるだろうけど、それまでに何らかの対策を立てておけば大丈夫だろう。
で、どうしてそんなことを始めるのか、というと……。
そう、今のままでも充分黒字だし、いざという時には私の『昔の稼ぎ』である金貨がアイテムボックスにあるし、ポーション容器で稼ぐこともできるし、……そもそも、私とその関係者が、病気や大怪我で急に大金が必要に、とかいう事態になることはあり得ない。
なのに、色々と画策している理由。
それは、アレだ。
『力が欲しいか……』ってヤツだ。
私ひとりなら、必殺、『何か揉めたら、すぐ逃げる』という技が使えた。
でも、大所帯になると、そういうわけにもいかなくなる。
そりゃ、物理的には可能だろう。必要な物は全てアイテムボックスに入れて、拠点を爆破して証拠隠滅、悪党共の手には何も渡らないようにして、みんなを連れて逃亡、とか。
でも、せっかく築いたものを全て放棄して、悪党に負けて逃げ出すというのは面白くないし、次々と同じことを繰り返すのは嫌になるだろう。それに、そういう状況だと、悪党や権力者に目を付けられるのを恐れて、何もできなくなる。
……そう、私のポーション作製能力も、レイコの魔法の力も、せっかくセレスが与えてくれた力をこの世界の人達に何の恩恵を与えることもなく眠らせて、ほんの少し自分達の為に使うだけで終わらせるというのは、私達の本意じゃない。
これが、セレスがこの世界の人々を管理する本当の女神様で、『人間に、不用意に神の恩恵を与えるものではありません』とか言うなら、話は違う。
でも、セレスは、ただこの世界の歪み……人々の正しい成長、とかいう抽象的な概念ではなく、そのものズバリの、文字通りの『次元空間の歪み』……を見張り、修復しているだけであって、人間とは何の関係もない、部外者だ。
だから、この世界の人達とは全然関係のない、別件で貰った私達の能力を、私達がこの世界でどう使おうが問題ない。セレスはそんなこと気にもしないだろう。
……というか、事実、本人がそう言っていた。
そう。なので私達は、この世界で、新世界の神に……、なるつもりはない。
そんなの、まともな人生にはならないだろうし、どうせすぐにハイエナ共に集られて、最終的には殺されるのが関の山だ。
なので、私達が目指すのは、『簡単に食い物にされることがない、そこそこの自衛能力……私とレイコの個人的な戦闘力という意味ではなく、立場的な……を手に入れること』だ。
チンピラや小悪党だけでなく、金持ちの有力者、役人、そして下級貴族とかからも、下手に手出しできない立場。
……そう、具体的に言うと、有力商人、ってとこかな。
貴族とかには簡単になれるものじゃないし、そんな、権力と人間関係や派閥闘争バリバリの世界は願い下げだ。
それに、上下関係がはっきりしている貴族なんかになったら、上の命令を聞かなきゃならないし、義務の強制力が強すぎて、問題外だ。
そもそも、歳を取らない私とレイコじゃ、すぐに怪しまれて、大変なことになる。
不老長寿とか、金持ちや権力者が一番食い付くネタじゃん……。
せめて、20代とかなら、『若く見える』ってことで、10年か20年くらいは保つかもしれないけれど、この大陸の人達から見れば12~13歳くらいに見えるこの姿じゃ、数年しか保たないよねぇ、『あそこの姉妹、全然成長しないんじゃないか?』って怪しまれ始めるまで。
うん、バンパネラの一族が、子供を仲間に加えるのを避ける理由がよく分かるね。すぐに怪しまれるから、引っ越す頻度が多くて面倒だよねぇ……。
そういうわけで、『同じ相手と頻繁に会う』だとか、『家系が厳格に管理される』とかいうのは、絶対に駄目。街外れに住んでいて、たまに買い出しに来る、という程度でないと。
少しくらいなら服装や化粧とかで誤魔化せるし、街へ出るのは子供達に任せてもいい。
そして、ある程度年数が経てば、しばらく他国に行って、その後『カオルの妹だ』とか、『娘だ』とかいって戻ってくるとか……、って、いやいや、そんな先のことを考えても仕方ないか。今は、とりあえず密かに力を蓄えて、ある日突然、有力商人として表舞台にデビューすることを目指そう。
最初はこっそりとやるのは、力がない時に美味しそうな商売をやっていたら、絶対に集ってくる連中がいるからだ。なので、私達がやるのは。
……商売の儀、あくまで陰にて、己の器量伏し、お金いかにても稼ぐべし、ってやつだ。
そしてこの、『有力商人』ってのが、ミソだ。
決して『大商人』ではなく、『有力商人』。
大きな店と蔵を建てて、大量の商品を、なんて面倒なことを抱え込むつもりはない。
小規模だけど、その扱い商品や影響力から、無下に扱えない商人。
大店や貴族からの覚えもめでたく、その方面でのコネや知り合いが多く、……そしてちょっかいを出すと大火傷確実。そう思わせるような立場に、ってことだ。
そういうポジションに納まれば、多少の『怪しいこと』や『不思議なこと』、そして人々の助けになることをやりながら普通に暮らすことができるだろう。
「よし、まずは、中堅商人と関係を持つための商品を用意しよう。その後、徐々に大店や下級貴族に食い込むための商品を準備。
始めは基本的なもので、徐々にこのあたりにはない奇妙な商品を……」
「「徐々に、奇妙な商品!」」
うん、絶好調!




