193 レイコ
香、……いや、『カオル』は、変わってないなぁ……。
まぁ、私の方はあれから何十年も経ったけれど、カオルの方はまだ、体感的には5年も経っていないか……。
歳を取って、おばさんになり、おばあさんになり、そして人としての一生を終えた、私。
勿論、加齢と共におばさん臭くなって、年寄り臭くなって、考え方や感性も次第に成熟し、……そして磨り減り、枯れた。
でも、それらは全て、肉体の老化と自分の立場、周囲の者たちからの扱い、……そして魂と精神の摩耗と疲弊によるものだ。
何十年も使われた機械が磨り減り、傷み、錆び、性能が劣化し、故障や不具合だらけになり、時代遅れのぽんこつと化す。ごく普通のことであり、避けることのできない必然。
……しかし、そこに天才技師が現れて、新品のボディに魂と精神を移し替えてくれたなら?
おまけに、くたびれて内包エネルギーを使い果たしかけた魂に、エネルギーを充填してくれたら。充填率、120パーセントくらいに。
若く元気な肉体、エネルギー満タンの活性化された魂、そして賦活化された精神体。
更に、神様がオマケしてくれたのか、学生の頃から20代前半頃までの記憶がまるで昨日のことのようにはっきりと思い出すことができた。その結果……。
「まるで、カオルと別れた頃に戻ったみたいだ……」
そう、普通に記憶が薄れているそれ以降のことは、『そういう記憶がある』というような認識であり、今の自分のリアルタイムは、『あの頃』のような感じに……。
これは、カオルとの付き合い方に齟齬が出ないように、神様の奴が気を利かせたのかな?
そういう風に、精神体を活性化させる時にうまく細工してくれたのか……。
そして、芸が細かいことに、最後まで連れ添ったあの人のことや、子供、孫、ひ孫達に関する記憶も、ちゃんと鮮明にしてくれていた。
……なかなか、気が利くじゃないの。
ほんのちょっぴり、カオルを巻き込んだことに対する怒りを軽減させてやってもいいかな……。
しかし、恭子がいないのが痛いな……。
私達は、3人揃ってこその、『KKR』。ひとり欠けると、バランスが悪い。
普通の、今風の女の子だった恭子、トラブルに巻き込まれるの担当。その大半は、他の子を助けようとして巻き込まれるのだけど。
大学の時には、パワハラ、セクハラ、そしてストーカーの被害に遭った女学生を見たら、とにかく突っ込んでいく恭子。そして当然、相手の男と揉める。
騒ぎが大きくなり、恭子が典型的な『巻き込まれただけの、可哀想な女の子』として周囲の人達の同情を集め、……そこでカオルが登場する。口八丁で相手を完膚無きまでに叩き潰し、再起不能にするために……。
最初からカオルが出ると、その目付きから、カオルが悪役だと思われる可能性がある。そのため、恭子を助けるため、というポジションでないと駄目なんだなぁ……。
そして私は、隠し持った3台のマイクロレコーダーと超小型カメラで、こっそりと証拠の確保。
そして、仲良くなった学生課の事務のお姉さんに、『かくかくしかじか。警察に通報しようかと思っているのですが……。それと、出版社に勤めている従姉妹に相談しようかと……』と話せば、なぜか数日後には解決しているのであった。
従姉妹は、確かに出版社で働いている。受付・案内嬢として。
……うん、嘘は吐いていない。全く。本当に、『相談しようかな?』と考えてはみたから。相談しても、何の意味もないけれど……。
とにかく、裏方担当の私や、誠実でいい子なのに目付きのせいで誤解されやすいカオル……でも、怒らせたり敵に回したりすると怖いから、あながち誤解でもないけど……だけじゃあ、ダーク過ぎる。
それをうまく中和して、私達『香・恭子・礼子』がダーク・ヒーロー、いやいや、ダーク・ヒロインに見えないようにしてくれていたのが、裏表のない、明るく典型的な陽キャラ、……に見える、恭子だ。
クラスにひとりくらいは居る、ムードメーカーの、人当たりが良くて正義感が強い、男女の別なく好かれそうな素敵な女の子。……に見える、恭子。
私やカオルとつるんでいたんだ、普通の女の子のワケがないだろ……。
とにかく、言えるのはこれだけだ。
『西園恭子を怒らせるな!』
いや、私とカオルも陰でそう言われていたことは知っている。
……でも、違うのだ。
私とカオルは、怒らせても致命傷で済む。
……それを『済む』と言っていいのかどうかは知らないが。
しかし、恭子を怒らせると、そんな生易しいことで済んだりはしない。
恭子に、悪意はない。……多分。
でも……。
せかいがはめつする。
……いや、ま、怒らせなければ問題はない。『当たらなければ、どうということはない』というのと同じだ。
しかし、恭子がいないと、やはり問題がある。
私とカオルだけだと、どんどんダークサイドに向かってしまうのだ……。
なので、今はカオルがやることにあまり口出ししたりしないようにしている。下手にオーバーブーストがかかると大変なことになるかもしれないから……。
それに、私はまだこの世界に関しては素人だ。しばらくは、カオルのアシストに努めよう。
早く恭子が来てくれれば、というのは、思ってはいても、願っちゃいけない。
それは即ち、『恭子が地球で死ぬ』ということなのだから……。
まぁ、私と同じく、既に充分生きて、人生の『元は取った』だろうけど。
作成チートがあるカオルと違って、魔法チートの私は『相手が、見たことを他者に伝えることができなくなる場合』を除いて、あまり人前で能力を使うわけにはいかない。
まぁ、こっそりと水魔法や火魔法を生活や製品製作のために使うのは構わないだろうけどね。
とにかく、今はカオルと一緒に、地歩固めと子供達の育成だ。
子供や孫、ひ孫達の相手をしていた頃を思い出す。
子供の世話や相手は、慣れたもんだ。また何人か育てることくらい、どうということはない。
カオルも、以前孤児達の世話をしていたらしいから、そのあたりは慣れているのだろう。ならば、余裕で……。
「……なのに、どうしてそんなにだらしない生活してるのよ……」
「いや、以前も、炊事や掃除洗濯は、全部子供達が……。それに、ミーネとアラルに自活能力を身に付けさせるために、敢えて……」
「黙りなさい!」
いかん。育てる子供は、ふたりではなく3人だった……。
* *
「一応の地歩固めはできたし、子供達だけで町に行っても、そこそこの安全は確保できると思う。もう『孤児』ではなく、事業主に雇われた店員だからね。官吏や警備兵に護られる対象だし、手出しをしたなら、普通の暴行傷害か営利誘拐、重罪だからね」
「うん、それに、カオルが持たせた防犯器具があるし……」
「あはは……」
カオルが言う通り、ミーネとアラルのことを、後ろ盾も護ってくれる者もいないただの孤児だと思う者は、もうこの街には殆どいないだろう。そしてまだそれを知らない者や、他所からやってきたばかりの者がちょっかいを出そうとしても、周りの者が止めてくれるだろう。
そもそも、既にふたりは孤児に見えるような恰好はしていない。誰が見ても、普通の家庭の子供か、商店の使い走りの小者(下級の奉公人)だ。チンピラが手出ししても咎められない、『人間の範疇にカウントされない者』じゃない。
これで、ふたりだけで街に商品を運んだり、使いに出すことができる。
……それは即ち、私とカオルのふたりで色々なことをする時間が取れるということだ。
「……第二段階開始、かな?」
「うん、第二段階、開始だねぇ」
私の『振り』に、にっこりと微笑んで、そう答えるカオル。
ここはひとつ、アドバイスをしておこう。
「子供の前でその表情を見せちゃ駄目よ。絶対、泣き出すから……」
「う、うるさいわ!!」
うん、こういう忠告をした時のカオルの返事は、いつも同じ。
変わらないなぁ。ずっと昔から……。




