192 ねらわれた孤児院 2
「勝手に孤児院跡に住み着いている孤児達というのは、お前達か! 儂がここに住めるよう口を利いてやるから、儂の言うことを聞け!」
来たああぁ~!
街でチンピラに絡まれてから数日後、今度はうちに変なのが来た。
まぁ、見た目は別におかしくはない。あまり裕福そうには見えない、商人っぽい男がひとりだけ。
どうやら、荒事というわけではないらしい。
でも、応対に出た私に掛けられた最初の言葉がソレって、『変なの』としか言いようがないよ……。
「あの~、どちら様で……」
「儂は、ゴノシェル商会の番頭、ダルリッシュだ」
あ~、情報に疎い、中小商家の人かな……。
「この件は、あなた個人の行いですか? それとも、商会長さんの御指示で?」
「商会長は、このような些事には関わられることはない。お前達の面倒をみてやるのは、私だ」
はいはい、番頭の小遣い稼ぎか、ある程度金儲けの目途が立ってから報告して手柄にするつもりか、そんなトコか……。
商会長や大番頭はうちのことを知っているのかな? それとも、コイツだけが何も知らずに勝手にやっているのかな?
ま、どっちにしても、大差ないか。
「お断りします」
「ふん……」
ダルリッシュとかいう番頭は、私の言葉に、別に驚いたり怒ったりするような様子もなく、こっちを馬鹿にしたような眼で見ている。
……まぁ、あんな言い方をして、黙って従うと思う方がどうかしてるか。多分、会話の主導権を取るためにフカしただけなんだろう。……あるいは、余程こちらを甘く見ていたか。
商会主や大番頭ではなく、何人かいる番頭のうちのひとりに過ぎないのだろうから、おそらくそんなに権限や情報を持っているわけじゃないのだろう。そうでないなら、ここは私達が正式に購入したことや、領主様と話がついていること等を知っているはずだ。
つまり……。
雑魚、ってことだ。
「お前達が売っている干物や燻製の作り方を教えろ。そうすれば、うちで働かせてやる」
既に自分達で稼いでいるのに、何が悲しゅーてこいつに中抜きされなきゃならないんだよ……。しかも、多分給金なんか貰えずに朝夕の二食を食べさせてもらえるだけの、丁稚奉公扱いがいいところだろう。
いや、丁稚奉公は、仕事を覚え、そのうち手代や番頭を経て独立できるという夢がある。そりゃ、狭き門ではあるけれど……。
でも、仕事に関する技術や知識はこっちの方が上で、既に独立して稼いでいるというのに、どうして今から丁稚奉公、それもおそらく製法を完全に盗まれた途端に放り出されて、『うちの製法を真似て作ったら警備所に突き出すぞ!』とか言われるのがほぼ確実なところで働かなきゃならないんだよ……。
完全に、成り上がりルート逆行じゃん。
「製法を教えてもらいたければ、契約金として金貨500枚。それと、売上金の1割を戴きます。勿論、商業ギルドに保証人として仲介してもらっての正式な契約を結んでいただいて、ということで……」
金貨500枚といっても、大金のように思えても日本円ではたかが5000万円相当だ。
この技術で、王都を始め各地の大きな街で、そして他国の主要都市でも支店を出して大きく商売すれば、干物や燻製の市場占有率がかなり大きくなるだろう。そして有名な目玉商品があれば、他の商品の販売においても有利になる。そう考えれば、そう高い金額でもないだろう。
何せ、原料の魚は漁港で仕入れれば、そう大した原価率にはならないからね。それに、仕入れるのは別にこの街だけではなく、他の港町や、小さな漁村とかで安く買い入れられるし。
そして、それらの仕入れ場所の近くに、加工場所を作ればいい。
……でも、この男にとっては、ただの孤児だと思っている私達にそんなお金を払うつもりなんか欠片もないよねぇ。
「はっ、何を世迷い言を……。おとなしく言うことを聞かないというなら、ここから追い出して、人買いにでも売り飛ばしてやるぞ!」
……うん、知ってた。
「私達は、不当な要求に従うつもりはありません。……ということは、自動的に、あなたは私達を『人買いに売り飛ばす』と宣言されたことになります。なので、正当防衛として……」
ぱちん、と私が指を鳴らすと、レイコ、ミーネ、アラルの3人が現れた。それぞれ、私が作った木剣を手にして……。
「え……」
そして、番頭とやらをボコボコにしてふん縛った。
いや、腹の出た素手のおっさんひとりと、肉体年齢15歳の女の子ふたりプラス容赦を知らない子供ふたりじゃ、さすがに勝負にならないよ。しかも、こっちは全員が木剣装備。……私の分も、レイコが手渡してくれたので。
「じゃ、レイコは見張りをお願い。ミーネとアラルは、警備所に行って、『言うことを聞かないと、人買いに売り飛ばす』と言って脅迫する男が来た、って届けて。うちの名を出して、士官の人に聞いて貰うのよ。
私は商業ギルドに行って同じことを届けた後、ゴノシェル商会とやらに行って、これが商会としての指示によるものなのかどうかを確認してくるから」
「うん、了解!」
「分かった! じゃ、行ってくるね!」
「え……。ま、待て! やめろ、行くな! 待てええぇ~~!!」
しかし、既にミーネとアラルは飛び出していった後。
「ふ、ふん! 孤児の言うことなど、誰が信じるものか! お前達に襲われて、金品を要求されたが拒否したところ、私を嵌めようとしてありもしないことを、と言えば済むことだ。そうすれば、逆にお前達の方が犯罪者として捕らえられて……」
うん、お馴染みのパターンだ。でも……。
「いや、だから、私達はここを不法占拠している孤児じゃなくて、ちゃんと大金を払ってここを買い取り、領主様に届けを出して営業している、普通の事業主ですよ。商業ギルドにもちゃんと加盟していますし……。そして私とこの子、レイコは15歳で、成人です。
つまりあなたは、正式な商店に押し掛けて非常識で一方的な要求をし、それを拒否されて怒り、腹いせに成人女性ふたりと子供ふたりに対して『人身売買のために捕らえる』と宣言された凶悪犯、ということになります。
そして、それがゴノシェル商会としての行動であり、商会主の命令によるものかどうかを、警備所の人達にじっくりと調べていただくことになります」
「え……」
さっきから、『え……』ばかりだな、この男の台詞……。
「や……やめろ、やめてくれ! そ、そんなことをされたら、大旦那様に……」
知らんがな~。
何だか、真っ青な顔をしているけれど、別に思わぬトラブルが発生したというわけじゃないだろうに……。
そう、自分の判断で、自分が行動した結果に過ぎない。だから、動転することも、後悔することもないはずだよね。
もし私達が、本当に孤児の集まりだったなら、力尽くで食い物にするつもりだったんでしょ。アテが外れたからって、泣き言を言っても仕方ないじゃん。自分の知識不足、能力不足で勝負に負けただけなんだから、負けが決まった後で、『今の、なし!』とか言って喚いても、誰も相手にしないよ。
こういう世界は情報の伝達や拡散が遅いし、途中で内容がとんでもなく変化したりするから、そういうのも含めて、うまく立ち回らなきゃならない。ろくに情報も集めずに、自分の勝手な思い込みで馬鹿をやると、こういうことになる。
別に、みんなが何でも知ってなきゃ駄目、ってことじゃない。情報に疎くても、誰に文句を言われることもなく真面目にやっていれば、何の問題もなく堅実に稼げる。
つまり、堅実にやるのではなく勝負に出るなら、情報と分析力が必須、というわけだ。碌な能力もないのに欲をかくと、こういうことになる。
「じゃ、行ってくるね!」
喚き続ける商人を残し、商業ギルドとゴノシェル商会へ。
そして、その双方の窓口と売り場で、大きな声で叫んでみた。
「すみませ~ん! 『リトルシルバー』の者なんですけど、ゴノシェル商会の番頭がうちに来て、無理難題を強要して、言うことを聞かないと人買いに売り飛ばす、と言って脅迫してきたんですけど、それってこの街の商業ギルド加盟店としては普通のことなんですかねぇ! 一応、警備隊に遣いを出して助けを求めてるんですけど!」
うん、どちらでも、大騒ぎになった。
で、捕まって色々と問い質されると面倒だから、さっさと引き揚げた。警備隊の人の相手をレイコだけに押し付けるのは悪いから、早く帰らなくちゃね。
その後、商家から1回、地回りのチンピラが1回と、計2回ほど似たようなのが来たけれど、さすがにその後は来なくなった。
商家の方は、何らかのネットワークで情報が流されたんだと思う。もしかすると、商業ギルドが少し働いたのかもしれない。街の商店会程度の組織ではあっても、さすがにアレは看過できなかっただろうからねぇ……。
そして、チンピラ達の間にもちゃんと情報が伝わるらしいのには感心した。
ま、チンピラや犯罪者達の中にも、孤児だった者や、ここが孤児院だった頃に世話になった者もいるだろう。だから、孤児のためにやっている事業に手出しすることを良しとしない者たちもいるはずだ。
とにかく、アレだ。
『リトルシルバー』は、この街での地歩を固めた。他の商店、一般の人達、そしてチンピラ業界に対して。
もう、余程の馬鹿か自信家以外は、うちに手を出そうとはしないだろう。……表立っては。
今はまだ、うちには危険を冒してまで手に入れたいような魅力はない。
今はまだ、ね。




