191 ねらわれた孤児院 1
以前、この街はまともな街だと言った。
確かに、それは嘘じゃない。
まともな国王、まともな領主、まともなギルド、そしてまともな街の住民達。
……うん、概ねは。
そう、勿論、善人ばかりの国なんか存在しない。もしあったとしても、周辺諸国に食い物にされてすぐに滅ぶだろう。
そして勿論、善人ばかりの街も存在しない。なので当然、この街にも悪い奴、馬鹿な奴、そして人間のクズが存在した。
「よぅ、おめぇら、孤児のくせに結構稼いでるらしいじゃねぇか。子供だけじゃ、色々と物騒だからな。これからは俺達が面倒見てやるぜ。色々と、そう、色々とな……」
あああ、来た来た、あまりにも分かりやすい連中が……。
今日は、契約している飲み屋や飯屋に加工魚介類……干物や燻製、海藻類とか。発酵製品や節類とかにはまだ手を出していない……を納入するのに、ミーネとアラルを連れてきている。今後、納入は二人に任せる時があるから、店への顔見せだ。レイコも一緒。
一回あたりの納入分はたいした金額じゃないから、滅多に絡まれるようなことはないだろうし、もし商品や代金を奪われても、たいしたことじゃない。……どうせ後で何倍にもして取り返すし。
そう思っていたのに。早速のお出ましかぁ。しかも、こんな街中で……。多分、子供だと思って舐めてるんだろうなぁ。
ミーネとアラルはともかく、私も12歳くらいにしか見られないし、そんな私が主導権を持っているという様子から考えて、レイコも少し発育がいいだけで私と同年代だと思われていてもおかしくはない。つまり、世間知らずの子供の集団だ。ちょっと脅せば簡単に言いなりになるとでも思っているのかな。
ま、今回のみの商品や売り上げ代金の巻き上げ、というわけではなく、定常的にお金を吸い取るため、つまりうちを自分達の金蔓にしようとしての手出しなんだろうけど。
こういうのは、派手に見せしめにするべきだよねぇ、私達の特異性はバレないようにして。
そういうことが何度かあれば、ミーネとアラルだけで行動していても、ふたりに手出ししようとする者はいなくなるだろう。
あとは、このチンピラ3人組が、自分達だけでこれを考えたのか、誰かの手先かということを確認しなきゃ……。
「間に合ってます」
「クズ共の手を借りなきゃならないほど落ちぶれちゃいないわよ」
うん、誰に対しても比較的穏便な言葉使いをする私と違って、敵認定をした相手に対するレイコの言動は厳しいんだ。
……本当に、全然変わってないなぁ……。この調子で、ちゃんと波風が立たないように日本での人生を送れたんだろうか……。
まぁ、日本には、ここまで即座にレイコが敵認定をする者がそう多かったとは思えないから、それなりに上っ面だけは普通にしていたのかな。
敵ではあっても、相手がそれを表に出さなければ、レイコも攻撃的な言葉を露骨に出すことはなかったからね。……水面下では、かなりえげつない攻撃や反撃を繰り広げていようとも……。
とにかく、言えることはただひとつ。『久遠礼子は敵に回すな』、これだけだ。
「な、何を、このクソガキが! ふざけたことを言ってやがると、ボコボコにして売り飛ばしてやんぞ、ゴラァ!」
そう言って、レイコの腕を掴んだチンピラ。
よし、戴き!
「助けてください! 強盗誘拐犯です!! 暴行と、誘拐して売り飛ばすと宣言されて、無理矢理引きずられています、警備兵を呼んでください!!」
「「「……え?」」」
私の大きな叫び声に、呆気にとられた様子のチンピラ達。
いや、どうして驚くのかな? 白昼堂々と暴力と誘拐、違法奴隷として売り飛ばすと宣言されれば、助けを求めるのは普通でしょ?
そりゃまぁ、物事がよく分かっていない幼い子供とか、身寄りも後ろ盾もない孤児とかであれば、助けを求めてもみんなに無視されるということはあるかもしれない。多くの人は、関わっても何の得もなく、逆に自分も巻き込まれて酷い目に遭いそうなことには関わりたくないだろうからね。
それに、そもそも孤児達は一般市民に助けを求めたりはしない。
彼らは、一般市民には何も期待していないから。
……うん、残念なことではあるけれど、そういうものなんだ。
でも私達は普通の事業主とその従業員だし、身なりもちゃんとしているし、ごく普通の一般市民、しかも4人中3人が若い女性で、残りひとりも幼い子供だ。その助けを求める叫びが無視されることはないし、誰が見ても『普通の家庭の子供を誘拐しようとしている、チンピラ3人組』なのだから、警備兵を呼びに走る者だけでなく、腕に覚えのある者、非力ながらも義侠心のある者達が一瞬の内に周りを取り囲んだ。
「え? え……、えええ?」
チンピラ達が狼狽えているが、もう遅い。
「あれ、『リトルシルバー』のカオルちゃんじゃねぇか! どうした!!」
「あ、店長さん! いえ、突然この連中が、うちの経営権を寄越せ、って……。そして、逆らうとボコボコにして売り飛ばす、とか……」
取引先のひとつである居酒屋の店長さんに声を掛けられたので、再び簡潔に事情説明を……。
「え? カオルちゃんのとこ、領主様から許可を得てる特別な事業所扱いなんだろ、孤児のための支援事業だってことで、目を掛けて貰っている……。そんなとこに手出しすれば、とんでもないことになるんじゃねぇのかい?
しかも、子供を違法奴隷に、たぁ、とんでもねぇ重罪じゃねぇか……」
はい、説明台詞、ありがとうございます!
「うん、多分。この人達の単独行為なのか、誰かに命令されたのかを確認して、あとは警備兵の皆さんにお任せしようかと……」
「「「えええええええ!!」」」
愕然とした様子の、チンピラ達。
まぁ、ボコボコに、というのはともかく、売り飛ばしてやる、というのは、ただの脅しだったのだろう。子供を脅す定型句だからね、殴るぞ、というのと、人買いに売り飛ばすぞ、というのは。
でも、成人女性に対して『殴る』、『売り飛ばす』と言って、腕を掴んで連れ去ろうとしたんだ、冗談でした、じゃ済まないよ。
「強盗誘拐犯はお前達か!」
「え……、ち、違う、俺達はただ……」
「あ、警備兵さん、コイツらです!」
街の中心部近くなんだから、警備兵の詰所は近い。誰かが知らせに走ってくれたので、警備兵はすぐにやってきた。
総勢6人。……ちょっと多すぎないか?
「カオルちゃんじゃないか! コイツら、カオルちゃんに手ぇ出しやがったのか!
……縛り首だな」
「「「えええええええ!!」」」
初っ端からそんな台詞を吐いて飛ばしまくっている指揮官は、私の顔見知りだ。
うん、縛り首というのは脅しに過ぎないだろうけど、ま、ただでは済まないよねぇ。
何せ私は、私財を投じて元孤児院の建物を買い取り、実際には営利事業ではあるけれど、一応は慈善事業だと思われるような活動をしている、どこかのお嬢様だ。しかも、領主様からの覚えもめでたい。
そして勿論、警備隊本部と警備兵の詰所には付け届けをして、色々とお願いをしてある。子供達が困っている時はよろしくお力添えを、とか、色々と。だから、警備兵のうち何人かは私と面識があるわけだ。
また、私とレイコは幼く見えても既に15歳、成人であることも伝えてある。
なので、この件は『領主様が目を掛けている慈善事業家の成人女性が、強盗誘拐犯に襲われた』ということに……。
うん、大事件だ。とても、チンピラ達が考えているような、『孤児に少しちょっかいをかけて小銭を巻き上げようとしただけ』とかいう、少し説教されたり、悪くても数日間牢に入れられるだけ、なんてことで済むわけがない。
「コイツらに指示を出した黒幕がいるかどうか、徹底的に調べてくださいね」
「任せとけ!」
うん、こういう世界で『徹底的に調べる』というのは、まぁ、厳しい訊問のことだよね、常識的に考えて……。
「あと、取り調べの結果は教えてくださいね」
「ああ、勿論だ。敵の存在は把握しとかなきゃならないからな。ま、カオルちゃんが対処するまでもなく、当然俺達が処分するけどね」
「ふふ、よろしくお願いします」
「おぅ!」
斯くして、呆然自失のチンピラ3人は警備兵達に引っ張られていき、街は平穏を取り戻した。
そして、街のチンピラや犯罪者達の間には、この件はすぐに広まるだろう。情報に疎い犯罪者は長生きできないからね。
よし、これでミーネとアラルの安全性がかなり向上したな。
あと1~2回馬鹿が現れれば、単純な粗暴犯については殆ど心配せずに済むようになるかな。
でも、世の中、悪い奴らは大勢いるからなぁ……。




