189 事業開始 2
「……それをうちで売ってくれ、ってかい?」
「はい。うちで面倒をみている子供達が作ったものなんです。買っていただいてもいいですし、店に置いていただいて、売れた場合だけ手数料を引いた代金を戴く、という形でも結構です」
「う~ん……」
今日は、営業活動だ。
私とレイコ、そしてミーネとアラルにも手伝わせて作った、民芸品。
鮭を咥えた木彫りの熊、魔除けのシーサー、独楽、羽子板、手まり、その他諸々……。
独楽や羽子板、手まり等は、遊び用としての実用品の他に、美麗な装飾用のものも用意した。
勿論、独楽や羽子板に絵を描いたのはレイコ。私や子供達には、そんな才能はなかったよ……。
これらの品々は、別に製造に高度な技術が必要なわけじゃないし、似たようなものがとっくに、それこそ何百年も前から作られているかもしれないくらいだ。何せ、古代ローマでは既に中に羽毛を詰めたボールや空気で膨らませたボールが普通に使われていたらしいし、人間の『遊び』に対する欲求は凄いからねぇ。
でも、あらゆる遊びが全ての地域に広まっているわけじゃないし、ただ遊ぶだけではなく『道具に凝る』、『綺麗な装飾品として飾る』という方面にも配慮した、異国情緒のある品々。……いけると思うんだよね……。
けん玉とかおはじき、お手玉、ビー玉、メンコ、ぬいぐるみ、ビスクドール、カルタ、ヨーヨー、フラフープその他は、また、次の機会に。
いや、人気が出た商品はどうせすぐにパクられるだろうし、一度にそんなには手が回らない。
それに、中にはすぐに製造するのは難しいものもある。竹か籐を確保しないと難しそうなフラフープ、ガラスを安価で手に入れる必要があるおはじきやビー玉、紙が必要なメンコ……泥メンコや鉛メンコは別だけど……、高品質な糸と針が必要なぬいぐるみ、……そしてビスクドール、てめーは難易度が高すぎる!!
いや、そりゃポーション容器として出せば済むけれど、自分達用のちょっとした贅沢に使うならばともかく、他者に販売するもの、うちの『表の顔』での生活費稼ぎにおける主力商品群にそれを使うことはできない。
「うむむむむ……」
まだ悩み続けている、小間物屋のおじさん。
そして……。
「よし、駄目で元々、おじさんも孤児達のためにちょっぴり協力してやるよ!」
「ありがとうございます!」
よし、販路開拓に成功した!
くくく、また一歩、野望に近付いた……。
こうやって、少しずつ販路を開拓しているのである。
勿論、遊具だけでなく、加工食品の方にも手を出している。
自分達で獲ると時間が掛かるし獲物が揃わないから、今は魚介類は市場で買っているけどね。
……だって、大きさも種類も全然違う魚が5~6匹獲れたところで、加工のしようがない。
そういうのは、同じ種類の、サイズが揃ったやつでないと同時に加工できやしない。サイズがバラバラだと、干したり燻したりする時間が統一できないから、どうしようもなかったよ。
うん、考えが甘かった……。
そういうわけで、燻製や天日干し、一夜干し等は、市場で同じサイズのを買ってきて加工し、店に卸してる。
店といっても、卸す相手は魚屋じゃない。そんなところに売れば、買い叩かれるわけじゃなくても、大した価格にはならない。当たり前だ。それに、魚屋も干物くらい作っている。うちのよりは品質が落ちるけれど……。
かといって、一般家庭用に小売りするのは大変すぎる。手間とか、拘束時間とかいう意味で。それに、街から少し離れたうちまで買いに来るのも面倒だろうし、街の中心部近くに店を構えるつもりもない。
だから、直接売るのである。……飲み屋や飯屋に。
人気が出れば、ひとつの店につき毎日10匹分以上売れる。そして、一般家庭に売るより高い価格設定でも大丈夫だ。それに、そもそも今のうちの陣容だと毎日そんなにたくさんの干物や燻製を作れるわけじゃない。お得意さんの店を数軒確保できれば充分だ。
そして、注文生産ではなく、その日にできた分だけを適当に売る、ということに。
毎日ノルマがあって仕事に追われるというのは、気が休まらないから嫌だ。子供達にも、そんな、締め切りに追われる漫画家のような生活はさせたくない。そんな生活、心が荒んじゃうよ、うん。
というわけで、その日にできた分だけを、適当に持ち込んで売る。
勿論、そんな殿様商売が許されるのは、商品が好評であった場合だけだ。
ま、干物は『天気が悪かったから』、『いい魚が手に入らなかったから』、『子供が熱を出して、それどころじゃなかったから』等、いくらでも『本日は入荷なし』の理由は付けられるし、それで文句を言うような者もいないだろう。
……本当は、余裕がある時にたくさん作っておいて、アイテムボックスに保管しておけばいいんだけどね。
あ、レイコの魔法で乾燥させて干物の瞬間作製を、という計画は失敗に終わった。
うん、やっぱり、熟成というか化学変化というか、そういう『旨味が増すための段階』というものが必要らしく、乾けばいい、というものじゃなかった。
……うん、知ってた。
焼き魚も、魔法とは相性が悪かった。外側は黒こげ、中は生。
煮物は、もっと相性が悪かった。ずっと弱火の火魔法で加熱をし続けるって、面倒過ぎ。私はべつに構わないけれど、レイコが音を上げた。
……うん、知ってた。
そもそも、製造工程に魔法の使用が前提となっていては、子供達に手に職を、という目的から逸脱する。更に、普通に天日で干したり薪で煮炊きした方が楽ちんで美味しいとなれば、もう、魔法を使うことには何の意味もない。……せいぜい、薪代の節約か、レイコに対する何らかの懲罰的な意味合いしか……。
干物・燻製関連で魔法が役立つのは、製塩だけだ。
塩水は、すぐ側、崖の下に無限にある。そこにある塩水から魔法で分離・抽出するか、火力で水分を蒸発させるか、まぁ、色々とやり方はある。
……勿論、レイコの魔法より私の能力で出した方が簡単だけど、世の中、あまり手抜きをするのは良くないだろう。それに、レイコにも活躍の場がないと……。
塩だけなら、『他国から安く取り寄せている』ということにしておけば、余所者である上に裕福な家の者だと思われている私達ならば何らかのコネや伝手があるだろうと思われるだろうから説明はつくし、子供達が将来自分達だけでやろうとする時には、どこかのルートで仕入れれば済むことである。そのうち、小規模な製塩方法について教えてやってもいい。
いや、塩を普通に買おうとすれば、かなり高くつくんだよ。だから、『あまり不審に思われず、その気になれば普通のルートで仕入れられる(高いけど)』という塩は、ズルすることにしたのだ。
これくらいは許容範囲内だ、うん。
そういうわけで、ごく普通の作り方をしている海産物加工品も、いくつかの飲み屋や飯屋(とても、レストランとか食堂などという呼び方ができるような図々しさや恥知らずさは、私にはない)に卸している。あと2~3軒増やしたいところだけど、それは今卸している店での評判を確かめてから、と考えているのだ。生産能力にも、限界というものがあるし。
「……何か、思ったほど楽ちんで優雅な生活じゃないわねぇ……」
「当たり前でしょ! 貴族のお嬢様じゃあるまいし、こういう世界で大商人の娘というわけでもない平民の小娘が、そんな楽ちんな生活してたらおかしいでしょうが……」
レイコが急にそんなことを言い出したから、たしなめたところ……。
「でも、私達って、お金持ちの娘が道楽で、採算度外視で何やらやっている、って想定……というか、そう思われているんじゃないの?」
うっ……。
「ま、まぁ、それは商売人や上の人達にそう勘違いさせておくと色々と都合がいい、ってだけで、本当はそんな後ろ盾はないし、私が貯めていた昔の財産は以後は封印、何か特別な事態にでもならない限り使わない、って決めたじゃないの。
これからは、私達は普通に、家を持っている以外はごく普通の平民として手持ち財産ゼロという状況からスタートするのよ。
ま、それで少しお金が貯まれば、そこそこの『ささやかな、庶民の贅沢』くらいはするけれど。
それと、地下司令部では、ポーション作製能力で出した贅沢品を飲食したり使ったりするのも無制限だし……」
そう、地上部分では、万一に備えるという意味もあるけれど、一応、ちゃんと『この世界の住人』として暮らそうと思っているのだ。
今はミーネとアラルがいるから勿論だけど、元々、最初からそういうつもりだった。レイコとも、それで合意していたし。
……でないと、ミーネ達を引き取るという話をあんなに簡単に決めたりしない。私達ふたりだけで暮らすのと、この世界の者であり私達の秘密を教えることのできないミーネ達が一緒に暮らすのとでは、難易度というか気を遣わねばならない部分というか、生活状況が根本から変わってしまう。
……そう、『縛りプレイにも程がある』、ってやつだ。
でも、ま、それもまたいいだろう。
異世界とくれば、魔王討伐かスローライフ。
勿論、私達は後者を選ぶ。
せっかくだから、私達はこの赤いスローライフを選ぶぜ、ってやつだ。
うむうむ!




