188 事業開始 1
「『リトルシルバー』、事業開始だよ!」
「「「おお~っ!!」」」
レイコ、ミーネ、アラルから元気な返事が返ってきた。
……そう、パワフル事業開始、だ。事業は戦闘だよ!
この街では、製造・販売業は商工ギルド……と呼ぶにはあまりにも恥ずかしい、まぁ、田舎町にある小さな商工会のようなもの……に加入して、そこを通じて領主様に税を納めなければならないらしい。
まぁ、当たり前だよねぇ。
職人や商人から税を取らない領主様はいないよねぇ……。
しかし!
何と、ここが孤児院だった時には、『運営が苦しい孤児院が、必死に頑張っているのだから』、『儲けることが目的ではなく、孤児達にひもじい思いをさせないようにとの活動であるから』という理由で、課税対象外だったらしいのだ、孤児や院長さん達が働いて得た収入や、家庭菜園で採れた作物とかに関しては……。
まぁ、金額にすればほんの僅かなものだし、孤児院から税金を取るというのも、確かに外聞のいいものじゃない。本来は税金を取るどころか、逆に、集めた税金から支援してやる方だろう。
で、何を言いたいかというとだ。
……うちの事業、免税にできないかな、ということだ。
幸い、と言うのは少々語弊があるけれど、うちには孤児がふたりいる。
いや、『両親がいなくても、うちに就職して働いているならば、それは「両親が早くに亡くなった者」というだけであって、今はもう立派な社会人である。そして、私達が保護者となり、後見人となるから、もう孤立していないし、孤独でもない。そう、言葉の定義はどうあれ、もう、この子達は「孤児」ではない!』と先日レイコと子供達に一席ぶったばかりだけど、早速の手の平返しだ。
そう、領主様に『孤児の自立のために支援事業を始めたい』と届け出たわけだ。その届けを読んだ人が、『ああ、孤児院を始めるのだな』と受け取るように、言語能力の限りを尽くして書いた文面で……。
詐欺じゃない。嘘は書いていないからね、一片たりとも。
そして、貴族としては、……あくまでも、貴族としては……、割といい人であるらしい領主様は、勿論うちを免税対象にしてくれた。ちゃんとその旨のお願いを書いておいたので、うっかりその点に触れるのを忘れた返事が、とかいう心配はなかった。
ま、以前がそうだったらしいし、わざわざ自費でここを買い取って孤児院を開く(と勘違いしている)ならば、同じようにしてくれるのは全然不思議じゃない。
私は、別にお金にがめついというわけじゃなく……もないけど……、もし税を払うとなると色々と会計計算やら書類作成やらが面倒くさいし、うちのお金の流れが領主様側の関係者達に完全に把握されちゃうし、意図していなくてもついうっかりと脱税してしまったりすると、大変なことになりかねない。
そして、そのあたりをきちんとせずに、なぁなぁで始めた場合……、儲かっているらしいと知った途端に、『税を払え』とか言われるかもしれないし……。
また、たとえ領主様はそう考えなかったとしても、配下の者やら、そいつらと繋がった商人とか、小銭を欲しがるチンピラとかから余計なちょっかいを掛けられたりする可能性もある。
孤児院が金蔓となるネタを持っているとなれば、それを簡単に奪える、と考える者は多いだろうからね。……うちは孤児院じゃないけど。
とにかく、情報が漏れそうなところや、付け入る隙は少ない方がいい、ってことだ。
『リトルシルバー』というのは、勿論、うちの組織名だ。
そう、店名でも屋号でも会社名でも事業者名でもなく、組織名。
表向きの組織としては、孤児達を住み込みで雇用する営利団体。
……そう、『営利団体』だ。決して、慈善団体だとか非営利団体だとかじゃない。
もし名前の由来を尋ねられれば、こう答える。
子供達は皆、小さな銀の鉱石である。
決して金ではないかもしれないが、それでも皆、ちゃんとした価値のある『銀』である。決して粗末に扱って良いものではない。
将来大きな銀塊になったり、燻し銀のような渋さを備えたり、そして中には銀のメッキを振るい落として、金の地金や宝石が姿を現すことも……。
それら、『小さな銀塊』を守り、育てる場所であるから『リトルシルバー』、と……。
……本当の由来?
うちの商品の多くは、日本円で数百円相当、つまり小銀貨数枚で売るつもりだからだよ。
そんなに荒稼ぎしたいわけじゃない。
……というか、大きく稼ぐのは、こっそりと、バレないように裏側でやる。表側では、一見あまり利益を重視していないように見える、『なんちゃって誠実商売』を行うのである。
そして、孤児を支援する『リトルシルバー』は、うちの組織の顔のうちのひとつに過ぎない。
うちは、その他にも色々な顔を持つ予定だ。
新製品の開発・製造部門。
新しいものを発明したり作ったりすることより、『その製品を作ったり売ったりしても問題がないかどうかを見極める』ということを主な業務とする予定。
製造は、一応、ポーション容器作製能力や魔法にはあまり頼らないようにしたい。でないと、あまりにもズルが過ぎるし、この世界の正しい経済活動を歪めてしまうからね。
……勿論、子供達に『手に職を付ける』という意味もある。
そして、私達は場違いな工芸品を作りまくるつもりはない。
別に、未来の考古学者を困らせたいわけじゃないのだ。なので、作るのは、ここの技術でも問題なく作れるような小物や、ちょっとしたアイディア商品の類いだ。
いや、勿論、自分達用とか、ある程度は仕方ないけどね。……うん、それは仕方ないのだ!
商売部門。
子供達が細々と売るのとは別ルートで、大量販売を行うルートの開拓。
……いや、非合法なことはやらない。子供達を中心とした小売り事業や小規模な依託販売とは別に、卸しの商売を行うというだけのことだ。
領主様から『それは免税の対象外だ!』と文句が来そうな気もするけれど、ま、何とかなるなる!
領主様も、未成年の小娘がここを買い取るだけの財力を持っているというのはおかしいと考えて、当然、私達の後ろにはそれなりのものがあるはず、と思ってくれているだろう。
……具体的に言うと、放蕩娘に大金を自由にさせている金持ちの両親とか、それくらいのお金は子供の小遣い銭くらいにしか思わない権力者とか……。
だから、『商売の方は、ここを買い取るために使ったお金を親に返さなければならないから、そのためにやっています。言わば、孤児院の土地と建物のための借金返済のためであり、現在、儲けどころか借金で大赤字です』と言えば、納得してくれるだろう。
だって、それは事実なんだからね。自費でここを買い取って孤児のために事業を始めようとしている少女ふたりを悪人扱いすることはないだろう。不正に金儲けを企むならば、こんな馬鹿げたことをやる者はいやしないだろうからね。
お金にはあんまり困っていないくせに、どうしてそんなに手を広げて危険を冒すのか?
いや、これもまた、安全措置のひとつだ。
表の、ささやかな稼ぎでは説明が付かないような高額のものを入手する必要が生じた時。
ささやかな稼ぎからでもお金を巻き上げようだとか、この土地と建物を奪おうとか、……そして子供達、ミーネとアラルを商品として手に入れようとか考える奴が現れた時。
そういう事態に備えて、『それなりの後ろ盾』を用意しておいた方がいいのではないかと考えたのだ。
少し大きな商売をしていれば、それなりに味方をしてくれる商人が現れるだろう。
新しい商品を売り出せば、悪い意味ではなく『金になる』と考えて助けてくれる人もいるかもしれない。
うん、『お金の匂い』は、敵も引き寄せるけれど、味方もまた引き寄せてくれる。
なので、そっちは『表』ではなく、『裏』というか『水面下』というか、ま、一般の人々にはあまり目立たないように、ということで……。
とにかく、『何の後ろ盾もない、未成年の子供(に見える者)達だけでやっている金儲け』は、たとえそれがどんなに少額、小規模であっても、それなりに屑が寄ってくる、ってことだ。少額ならチンピラとかが、高額なら暴力団や悪徳商人、悪徳貴族とかの類いが……。
そしてそれらを避けるための『お守り』には、既に他の組織や商人が唾を付けている、というのが有効だ。だから、先に『比較的、まともなところ』と繋ぎをつけておいた方がいい。あまり大儲けはできなくても、そこそこの金蔓にはなる相手、と思わせて。
それに、孤児院モドキと取引しているという事実は、『良き商人』として対外的な評価を高めるだろうから、Win-Winの関係だ。
「カオル、あなた、ミーネとアラルがまた商品として狙われたら、なんて言ってるけど、世間から見れば、あなたも私も充分『良い値で売り飛ばせる商品』だからね? それと、ハングとバッドも、馬としてはかなりの高級馬なんでしょ? 多分、私達より高い値が付きそうな……。
そして、私達に金持ちの親がいると思われたら、身代金目当てとか、そういう方面の連中にも目を付けられる可能性があるわよ」
「あ……」
よし、防犯設備を追加しよう。ミーネとアラルにも、何か持たせなきゃ。
主に、『攻撃は最大の防御なり』という方向で……。




