187 やっぱり……。うん、知ってた。〇| ̄|_ 2
翌朝、子供達の世話をレイコに任せて、不動産屋へと出掛けた。
状況も分からないのに子供達を連れていくわけにはいかないし、勿論子供達だけを残していくわけにもいかない。そして私よりレイコの方が子供の扱いが上手いし、私は怖がられやすいから、その威圧力は子供達より不動産屋に対して使った方が効率がいい。
……適材適所だよ、クソ!
そういうわけで、朝イチでやってきた。うちの物件を扱った不動産屋へ。
「すみませ~ん!」
うん、事情も確認せずに、いきなり喧嘩腰になったりはしない。
でも、事故物件を黙って売りつけたと分かれば、容赦しない。
さて、結果はどう出るか……。
* *
「なる程、じゃあ、以前の経営者に会っても無駄、と……」
「はい、おそらくは……」
うちの物件を担当したのは、従業員ではなく店長(雇われではなく、この不動産屋のオーナー)だった。どうやら、売れずに困っていた物件を現金で買おうとしている余所者の未成年者、という『地雷かもしれない案件』を従業員に任せるのは危険だとでも考えて、直接自分が担当することにしたのだろう。
その店長に、詳細を確認したところ……。
あの孤児院は、信仰心篤いとある個人によって昔から運営されており、建物もきちんと修繕したり建て替えたりして、領主からの支援と領民からの寄付金、そして孤児達による簡単な労働や家庭菜園等で、貧乏ながらも大きな問題なく存続していたらしいのであるが……。
その運営者が高齢のため引退、孤児院の運営を引き継いだ男が、やらかしたらしいのだ。
いや、『やらかした』というより、最初からそれを狙って引き継ぎを申し出た、という方が正しいのだろう。
領主からの僅かな支援金と、寄付。そして孤児達による労働。
到底、暴利を貪れるようなお金が動くはずもない。
ならば、どうして悪党が孤児院の運営などに手を出したのか。
……うん、高値で売れる商品があり、そして売れればその商品がまた簡単に補充できるからだ。
その商品の名は、『子供』。
勿論、名目上は『養子』として引き取られる。そしてその実、無給で扱き使われる奴隷扱い。
領内であれば色々と問題になるが、遠い他領の商家とかに引き取られれば情報も流れてこないし、他領のことには領主様も口出しできない。
そう、昨夜、ミーネット、いや、ミーネが言っていたことと合致する。
……そして何らかの切っ掛けでそれが露見し、孤児院が閉鎖された、と。
そうか、女神の鉄槌を喰らわせるまでもなく、既に悪事は露見していたわけか。
「悪党は領主様によって法の裁きが与えられました。
しかし孤児院の予算は全て使い込まれており、そんな状況で、しかも人身売買に等しいことをやらかしたという悪評が付いた孤児院を引き受ける者も現れず、いくら領主様が良いお方だとはいえ無限に金銭的支援をしていただけるわけでもなく、孤児院の継続は絶望的となりまして……。
元の運営者は驚き悲しみ、責任を感じて残っていた孤児達の引取先を必死で探し、最後の4人は、年長の男の子ふたりは領主様が兵士見習いとして兵舎住まいにしてくださり、残りは他の街の孤児院に入れていただけることになって、ここは閉鎖されたのです。
ここの売却金は、一部は元の運営者の老後の生活費、残りは無理を聞いてくれた引取先や、最後のふたりを引き受けてくれた他の街の孤児院に謝礼金として渡すことになっています」
あ~……。
引き継いだ悪党以外は、誰も悪くないか。
そして、今更前の運営者にあの子達を押し付けるのも無理があるか……。
そもそも、男の子の方、アラルはここの出身じゃないし。ただ、ミーネが売られた商家に他所から買われてきただけだ。
「すみません、そういうわけで、今更御老人に心労をおかけするに忍びなく、その件は何卒……」
分かってるよ、クソッ!
「分かりました。前の運営者さんには何の責任もなく、不動産屋さんにも何の落ち度もなかった。あとは、こっちで対処します」
「誠に申し訳なく……。それで、もしできましたら、下働きとして雇ってやっていただければと……」
私達が、お金には困っていないと思いやがって……。
元孤児院を買うのに有り金叩いた、という振りをしたのに、商売人にはバレバレだったのかな、私達がまだまだお金を持っているということは……。
まぁ、全財産を叩いて家を買う者はいないよねぇ、普通。その後の生活費とかはちゃんと残しているに決まってるか。
でも、ま、それは確かにその通りだし、自分には何の関係もない孤児のために、大事な顧客を怒らせる危険を冒してまでそんなことを口にするということは、……いい人なんだろうなぁ、多分。
分かったよ、もう!
* *
「……というわけで、ふたりは、どうしたい?」
ここの現状、院長先生や仲間達の行き先等について詳しく説明した後、ミーネとアラルに意思を確認した。
この年齢であれば、もう自分の人生は自分で決められるだろう。
……少なくともそれは、見ず知らずであり、昨夜が初対面である私達が勝手に決めることじゃない。他人の人生を決めるなんて、そんな重責を背負わされるのは、真っ平だ。
そして……。
「ここに置いてください!」
「僕も!」
即答。
まぁ、アラルの方は、ミーネの判断に追従しただけなんだろうけどね。
……当たり前か。9歳の少女と6歳の男の子が普通に生きていけるほど、この世界は優しくない。
いくらこの街の領主様が貴族としては善人であり、街の人達も比較的まともな人が多いとはいっても……。
ここはあくまでも、地球に比べて文明レベルがずっと低く、弱肉強食、弱者は強者の餌になるしかない世界なのだから。
その『強者』というのが、腕力、知力、経済力、軍事力、政治力、その他どのような方面の『力』によるものなのかは、色々だけど……。
「ここを、また孤児院にでもするつもり?」
そう聞いてきたレイコに、私は首を横に振った。
「ううん。別に、『孤児の世話をするための事業』をやるつもりなんか全くないよ。ただ……」
「ただ?」
「今から始めることに、孤児を住み込みで雇うだけだよ」
「……あんまり変わらないような……」
いや、全然違う。
ここでは、私達が孤児の面倒をみるのではなく、私達が孤児に面倒をみてもらうのである。
そう、『女神の眼』のみんなに炊事洗濯、その他全ての家事をしてもらっていた時のように。
面倒なことは全て孤児に任せて、私はのんびりと暮らすのだ。家賃と食費分、そして更に給金も払うのだから、問題はない。これは、正規の雇用関係なのだから。
そして、私は『孤児を救済するための事業をしている、心優しき女性』として男性達から好印象を抱かれ、婚活が順調に進むのである!
ふは。
ふはははははは!
「あ~……」
そして、全てを悟って、呆れたような声を漏らすレイコ。
そう、レイコは私のことをよく理解してくれているのである。
「カオルの企みが分かってしまう私が、情けない……」
うるさいわっ!
「というわけで、生活費を稼ぐために仕事をします」
みんなに向かってそう説明する、私。
私とレイコは、別に身の回りの世話をしてもらう必要はないし、洗濯を9歳児や6歳児に押し付けるつもりもない。……今は、まだ。
特製の液体洗剤を使った洗濯を任せるのは、さすがに問題があるし……。
料理は、しばらく教えて、その後は任せてもいいかな。
いや、この子達の将来のためだよ。生活力を身に付けさせるためだ、他意は……あるけど。
まぁ、今は、幼い労働力は別の方面へ投入するのだけどね。
……そう、かねてからの懸案事項である、『細々と生活費を稼いでいる、と見えるような収益事業』の開始である。
「まず、以前孤児院でやっていた、家庭菜園の復活。私達で食べきれず余った分は、売りに出す。
次に、釣りによる漁労。うちで消費する分以外は、売り物にするよ。生のままじゃなくて、加工して商品価値を上げるの」
そう、干物や燻製、漬け込み、煮物焼き物、その他様々な加工や調理をすることによって、商品価値を上げるのである。生のままなら、子供が海岸で釣った程度のものが港町で大した商品価値を持つはずがない。
でも、加工製品や調理済みの料理ならば。それも、食べ物には拘る日本の加工食品や調理方法を知っている私達が仕上げたものならば、高級品として酒場や高級宿屋、料理店などに高値で売れる可能性もある。魚の腹子や白子とか、食べる習慣はあっても、日本のような洗練された調理法とかではあるまい。
勿論、しっかりとレイコがそのあたりの知識も仕入れてきている。異世界転生することが分かっていて、70年もの準備期間があった人は、さすが、違うねぇ! ……くそっ!
それに、子供達が必死で頑張っている姿を見せれば、お人好しが多いらしいこの街なら、必ず買ってもらえるはずである。
子供と動物によるお涙頂戴モノは、必ず売れるのである! 日本の映画界のように……。
また、アイテムボックスに入れておけば傷むことはないので、売れ残って廃棄、とかいうロスを出すこともない。一度に大量に作って、保存しておけば省力化が図れるだろう。干物や燻製とかは、ずっと付きっきりで作業しなきゃならないわけじゃないし、火加減の見張りとかは従業員任せ。
うん、私とレイコはあまり時間を取られず、そこそこお金を稼げそうだ。
家は持ち家、水はただ。そして野菜と魚介類は自前。
勿論、ポーションによる野菜の成長促進や、日本の最新式の釣り具を真似たものによる、ささやかなチートを行使する。釣りは従業員の娯楽や休憩、気分転換も兼ねたもので、そんなに必死でやろうとは思っていないけどね。
「あと、私達の故郷の方では使われているけどこのあたりでは普及していないものを作って、販売するよ」
そう、あまり文明の差には関係のないもの、つまりおはじき、ビー玉、メンコ、コマ、ぬいぐるみ、ビスクドール、けん玉、カルタ、ヨーヨー、フラフープ、そういう類いのものを順番に少しずつ製作してみようかと思っているのだ。
勿論、順調に売れたらすぐにパクられるだろうけど、こっちは価格をかなり安くできるし、最初に考案者がうちだということをはっきりと示しておけば、孤児、いや、『元孤児』が頑張るのを邪魔するような商人はあまりいないだろう。
そのあたりは、この街の民度に期待しよう。
まぁ、駄目なら、その時に次の手を考えればいいや……。
年末年始休暇が終わり、更新再開です。
本年も、よろしくお願い致します。(^^)/




