185 港町ターヴォラス 2
業者を入れて、修繕だけでなく、あちこちに手を入れてもらった。
その中でも特筆すべきなのは、私とレイコの自室にする部屋と、その他数カ所の床下に、1メートル四方くらいの収納庫を作ってもらったことだ。
部屋がたくさんあるのに、どうしてたった1メートル四方の収納庫のために工事を、と不思議がられたけれど、『温度変化が少ない場所に、調味料や保存食を保管する』と説明して、納得してもらった。
勿論、本当に欲しかったのは収納スペースなどではなく、『秘密の出入り口』だ。後で、この下に地下室を作るから、その隠し出入り口にする予定なのだ。
閉めるとただの床にしか見えない出入り口なんて、ポーション容器としてイメージできないし、レイコの土魔法でもできそうにない。だから、そこは専門家に任せたわけだ。
窓は、元々が木製だったから、ガラス窓に換えたいと思いながらも、我慢。
最初からあまり金持ちっぽくすると、悪い連中に眼を付けられる。ガラス窓なんか、盗人ホイホイだ。
……まぁ、こんな建物(土地付き)を現金で買った時点でアレだけど、余所者の小娘ふたりが保証人もなしでこんな買い物をするのに、現金以外で売ってくれるはずがないから、仕方ない。
だからせめて、ここを買うのに有り金叩いてしまい、今は文無し、というポーズを取るのだ。なので、早急に仕事も始めなきゃならない。
よし、とりあえず、必要な家具を揃えよう。
前の持ち主が使っていたものはそのまま残してあるけれど、お店の居抜き……飲食店や店舗等で、設備や内装、什器、備品が付帯した状態での売買……ならばともかく、生活用品の居抜きというのは、ちょっと勘弁してもらいたい。……それも、孤児院のは……。
そういうわけで、スペースは充分あるから家具や備品を処分するのは後回しにして、とりあえず自分達が使うものを買い込もう。
* *
「……やるよ?」
「了解!」
草木も眠る、丑三つ時。
外部から見られても私達が何をしているかは分からないだろうけれど、念の為、周囲に誰もいないことを確認して、作業開始。
「収納!」
建物の地下の土や岩を収納し、地下室を作る。
勿論、上の建物の重量で崩落したりしないよう、あまり広くはせず、丸々空間にするのではなく支柱部分や壁となる部分を残して支えとし、そこにレイコが土魔法で補強のための強化魔法を掛ける。土を石のように硬化させる魔法らしい。
そして横方向にいくつかの部屋を追加。
……これが、第一段階。
そして、その地下室から再びアイテムボックスに土を収納することにより斜め下方に通路を掘り、建物の直下範囲から外れ、岩盤に到達。更に岩盤の中まで通路を進め、そこに本格的な地下室を作る。巨大なひとつの空間ではなく、部屋分けして、強度を保つように。……勿論、念の為にレイコの強化魔法も掛けるけれど。
そう、最初の地下室は、ダミーだ。
家捜しして地下室を見つけたら、『やった、隠し部屋を見つけた!』と喜んで、そこに隠してある幾ばくかの金貨を手に入れて満足し、まさかそこから更に先があるなどとは思わない。人間というのは、そういうものだ。
まぁ、実際に物置とか倉庫代わりに使うし、ちょっとした隠し部屋としても利用するつもりだから、別に無駄に遊ばせておくわけじゃない。
今まで掘り進んだのは、勿論、海の反対側へ。海の方だと、崖の途中に出てしまう。
そして今から掘るのは、その、海側へ。
ここから海側へと斜め下に掘り進め、海面近くまで行く。
そしてそこから更に海の下へと掘り進み、地下で海底と繋げるわけである。
そう、そうすれば、外に出なくても地下部分で釣りが……、ではなく、勿論、秘密の脱出口である。そこに、小型潜水艇を用意しておけば、もし敵に包囲されても安全に逃げられる。
まさか敵も、そんなことまで予測して海側も船で包囲、などということはしないだろうし、もし船で包囲されていたとしても、潜水艇ならば問題ない。
もし恭子がいたならば、『あんた達、いったい何と戦ってるのよ!』という突っ込みが入るだろうけど、残念ながら、レイコは私と同類だ。
……そう、『石橋を、叩いて壊す』、『こんなこともあろうかと』、という手合いだ。理系だからね、ふたりとも……。
そして、潮の満ち引きのことも考えて海と繋がった水路を作り、いったん引き揚げ。
帰りには、掘った通路を微調整的なアイテムボックスへの収納で階段状にしたり、レイコの土魔法で成形したりして、安全かつ歩きやすくした。
でないと、その内に間違いなくコケて、一番下まで滑り落ちてしまうだろう。
いや、そりゃ、階段でもコケるかもしれないけど……。
今日は、通路や部屋の空間造りで終了。
大規模な工事だけ終わらせておけば、あとは、家具なんかを設置する時にちょこちょこと手直しすればいい。
* *
というわけで、数日後には、概ね完成。
床下直下の地下室は、不要品……前の住人達が残した家具とか色々……を置く倉庫やら、保存の利く食料とか消耗品の備蓄庫やら、『好ましからざる客』が来た時のための居留守用の部屋やら、色々と準備した。
物資は全てアイテムボックスに入れておけるけど、やはり、万一に備えてそういう体裁だけは整えておくべきだろう。毎日街に買い出しに行くわけじゃないから、そういう備蓄があることにしておかないと不自然だからね。
岩盤内にある本拠地と、さらにその下層の、海への脱出用の場所には、色々なものを設置した。
……そう、色々な『ポーションの容器』を……。
レイコが呆れていたのは秘密だ。『これに較べれば、私の魔法なんか大したチートじゃないわよ!』とか言っていたけど、知らんがな……。
地上部分は、『絶対に、誰も入れない』ということは難しいだろうから、人目に触れてもあまり違和感のないようにしてある。悪目立ちしそうなものは、地下室に。
ま、いくら文明の利器による快適さを享受させて貰うとはいっても、エアコンやテレビをどどんと設置するわけじゃない。あくまでも、この世界らしい暮らしにプラスアルファするだけで、地球での暮らしを再現しようと思っているわけじゃないんだから。
今の私達は、日本人長瀬香と久遠礼子ではなく、この世界の人間、カオルとレイコなんだからね。
だから、ベッドも街で買ったし、その他の日用品も、全て普通に購入した。
経済は回さなきゃならないから、金貨をアイテムボックスに貯め込むばかりじゃ駄目だしね。なるべく、普通にやれる部分は普通にやるべきだ。
……でも、勿論、譲れないところはある。
なので、調理器具と椅子は、ポーション容器製だ。
いちいちかまどに薪を入れて火を付けて、なんて、やってられるか!
そして、安定しない火力で、まともに料理が作れるもんか!!
いや、この世界の料理人や家庭の主婦の皆さんはそれでやっているんだろうけど、私達にはハードルが高すぎる。
……そして、椅子は大事!
重要なことなので、もう一度言っておこう。
椅子は大事!!
いや、腰を痛めても、ポーションを飲めば治るだろうけど……。
そして、洗濯。
勿論、全自動洗濯機とか乾燥機とかは使わない。あまりにも場違いな工芸品過ぎる……。
しかし、タライと洗濯板で普通にゴシゴシ、というのも勘弁して貰いたい。重労働だし、そもそも生地が傷む。
……いや、便利な方法はあるよ? アイテムボックスに収納する時に、『服を収納。但し、汚れ成分は除外』ってやれば済む。
でも、それは違う。何か、違う。
なので、洗濯物はタライに入れて、足で踏むことにした。
勿論、『汚れを一発で落とすポーション』を入れているから、数回踏むだけで終わる。
い~んだよ、人に見られても大丈夫なように、体裁さえ整っていれば!
水は元々、近くを流れる小川から溝を掘って引いてあった。
そりゃま、こんな崖っぷちで少し掘ったくらいで地下から水が出るわけがない。
岩山のてっぺんに建つ古い館の地下には、轟々と流れる地下水の川が……、って、大正時代のサスペンス小説じゃないんだからさ……。岩山のてっぺんで、その水、どこから来てどこへ流れているんだよ、って。
どうやらその溝は、前の住人達が掘ったらしい。剥き出しで流れているから、木の葉だとかゴミだとかが混入し放題。洗濯や風呂に使うならともかく、飲用にするにはちょっと、いや、かなりの勇気が必要なため、ちゃんと濾過と殺菌処理をするための装置を付けてある。
勿論、排水は、地下に造った浄化施設を経由して海へ。
これで、完璧!
『潰れた孤児院の土地と建物を買い取った少女達』の話は、既にある程度広まっているだろう。
買い取りと修繕工事でお金を使い果たし、これからの生活費を稼がなきゃならない、ってことは、代金を値切る時に不動産屋と修繕業者にたっぷりと吹き込んでおいた。
謎の少女達に興味津々であろう、娯楽や話題に飢えた街の人達が不動産屋と修繕業者に根掘り葉掘り聞かないはずがないし、業者達は、見知らぬ少女達のプライバシーなんかよりも、近所付き合いの方を優先してペラペラ喋るに決まってる。
あとは、1~2週間くらいゆっくりと様子を見てから、ぼちぼち考えればいい。
おかしなのに眼を付けられず、そこそこの買い物をしても怪しまれない程度の稼ぎになる、楽ちんで時間に縛られない仕事を……。
そんなふうに考えていた時期が、私にもありました……。




