183 東方へ 2
「では、3日後に。延長する場合は、連絡を入れますので……」
「分かりました。では、良き御滞在を……」
馬屋に馬車とハング達を預け、追加料金を払って世話や食事のグレードアップを依頼。
風呂に入れるわけでもない馬達にとっちゃあ、食事は数少ない楽しみのひとつだからね。それをケチったりはしないよ。
あ、お店でハング達用の食べ物を補充しておかなくちゃ……。
さすがに、私も馬の餌を常時何カ月分も持ち歩いていたわけじゃない。そろそろ減ってきている。
今回は、少し多めに用意しておくか。
そして、宿代や色々なものの購入費用も必要だから、次に行くのは……。
「え……」
両替商で、昔の金貨を今の金貨……か、『カオルン金貨』……に両替してもらおうと思ったら、ちょっと驚かれた。
「こんなに大量に、ですか……」
銀行や両替商が、少しくらいのお金に驚くんじゃないよ! そこは、平然と処理するのが『お金を扱うプロ』ってもんだろうが……。
そして、そこそこの額を両替してもらい、宿の確保へと向かった。
本当はもっとたくさん両替したかったけど、あまり一度に大量に両替すると目を付けられそうだし、小娘が昔の金貨をこんなに大量に持っているとか、怪しさ大爆発だ。
後をつけさせるための者を手配されないうちに、さっさと退散。
別にここで全てを両替する必要はない。とりあえずある程度を両替できれば、あとはあちこちで少しずつ両替すれば済むことだ。
とりあえずは、宿の確保、と……。
そこそこの街だから宿屋は何軒かあるけれど、一応、ある程度高級そうなところにしよう。
実際のところはともかくとして、一応、見た目は『か弱い少女のふたり連れ』なんだからね。
おかしなのにちょっかいを掛けられたんじゃあ、堪らない。
お金は、使うべき時に使うために稼ぎ、貯めておくものだ。快適な旅をするために使わなくて、いつ使うというのだ。
そういうわけで、他の生活費は切り詰めても、宿代と食費はケチらないのだ。
「二人部屋、空いてますか?」
「はい、空いております。何泊の御予定でしょうか」
「とりあえず、3泊で。延長する場合は、前日にお知らせします」
高級宿……じゃないな、『やや高級宿』だけあって、子供の二人連れであっても、きちんと応対してくれた。ま、この世界としては割といい服を着てるからね、私達ふたりとも。
お風呂はないらしい。お風呂があるのは、『かなり高級宿』あたりからだからねぇ。
宿屋の人との会話は、レイコにお任せ。
私の方がこの世界の宿屋事情には詳しいけれど、アレだ……。
そう、私はこの世界では12~13歳くらい、下手すると11歳とかに見られ、そしてレイコは14~15歳くらいに見られる。だから、宿屋の人は私ではなくレイコの方を向いて話すから、自然とそうなってしまうのだ。
それは、買い物をする時の店員も、皆同じ。
身長はあまり変わらないのに、この差はどうして……。
私が童顔だからか?
……いや、ちゃんと分かってるよ、言うな!
この世界では、女性の年齢は胸の大きさで判別するのかよ、クソがっっ!!
そして、鍵を渡されて、2階の部屋へ。
「とりあえず、清浄魔法を掛けようか?」
「お願い!」
そう、お風呂がなくても、レイコがこういう魔法を使えるから、問題ない。
昔は、自分で『お湯のようなポーション(洗浄・殺菌効果付き)がはいった金だらい、出ろ!』ってやってたから、やっぱり問題なかったけどね。
でも、やはり日本人として、どうしても湯船に入ってお湯に浸かりたい、という時がある。
以前、それで衝動的に温泉探しの旅に出て、事件に巻き込まれたりもしたなぁ……。
ま、それは置いといて。
「明日と明後日は、観光。三日後に出発。それでいい?」
「OK!」
そして三日後、東へ向けて旅立った。
……いや、何もなかったよ!
こういう世界だから、珍しい建物も、面白い遊技場も、整備された観光施設も、何も……。
うん、知ってた。
自然の美しい景色、とかいっても、この世界の大半は『自然』だし、少し移動したくらいじゃあ、そんなに珍しい風景があるわけじゃない。
……そりゃ、山岳部とか秘境みたいなところへ行けば、滝とか湖とか、綺麗なところや雄大な景色のところもあるだろうけど、今はそんな遠回りをする予定はない。そういうのは、いったん落ち着いて、暇になってから旅行すればいい。
そういうわけで、観光にはあまり期待せず、ハングとバッドの休憩、という意味合いでの2~3日の休養を挟んで、ひたすら東進を続ける私達であった……。
* *
「海だ……」
「海だねぇ……」
『こ、これが……』
『伝説の、海……』
いや、伝説という程のものじゃないだろ……。
とにかく、一応の目的地である、大陸の東側の海岸に到達した私達。
道中、大したことがなかったから省略したけど、バルモア王国を出発してからかなりの日数が経っている。ここなら、73年前のことも『遠国での出来事が、すごく尾ひれがついて、とんでもない法螺話になって伝わってきた』という程度であり、登場人物の固有名詞や容貌なんかまともに伝わってはいないだろう。
それも、73年も経っているのだから、普通の人達はそんな話は全く知らないという可能性もある。
……そう、そんな話は全然気にしなくていい、ってことだ。
「じゃあ、計画通り……」
「うん、程々の大きさの港町に、拠点を作ろう!」
そう、拠点だ。
この世界の人間として生きていくのだけど、わざわざ余計な苦労をしたり、不便な生活をしたいとは思わない。
かといって、あまり世間の常識から外れた生活環境だと、他者の眼に触れた場合、色々と差し障りがあるだろう。
なので、宿屋暮らしではなく、家を確保する。中を勝手に弄っても大丈夫なように、賃貸ではなく、買い取りで。
賃貸だと、『レイエットのアトリエ』の時みたいに、おかしな手出しをされないとも限らないからねぇ。
そりゃ、相手をプチッと潰すのは簡単だけど、面倒なのは嫌だし、相手や騒ぎの成り行きによってはその街から、もしくはその国から姿を消す必要があるかもしれないし……。
ま、お金のロスを気にするよりも、揉め事を回避できる可能性を選ぶってことだ。
お金にはあまり拘っていないし。
金貨はたくさんあるけれど、普通の生活ができれば充分だし、働かずにゴロゴロして暮らすつもりもない。そんな生活をしていたら、つまらないし、婚活に支障が出る。うん。
いや、ネットとかがあればゴロゴロしていても暇が潰せるだろうけど、ここにはないからなぁ、ネットもテレビも本も漫画も……。
そりゃ、退屈だ。
金貨は、道中にかなり両替してある。
少し知恵を働かせて、街に着いてすぐにではなく、出発直前に両替することにして、両替商がある街では両替しまくった。
ポーションの販売益とか、アビリ商会と共同で企画した新製品とかで、私はかなりの財産家だったのだ。そしてその財産の大半は、金貨としてアイテムボックスに入っていた。それ以外の財産は、『女神の眼』の子供達に譲った家くらいだ。
そして、街々で大量に両替しては、そのまま真っ直ぐ次の街へ。
後をつけようにも、小型で軽いペネロープ号をシルバー種のトップクラスである名馬2頭が、しかもポーションでのドーピング付きで牽くのだから、徒歩や馬車では追いつけようはずもない。
騎馬を用意して慌てて追っても、追いつく頃には華奢で小さなペネロープ号からゴツいパンツァーに乗り換えているし、御者台に座っているのは、ふたりの少女ではなく男性だ。
そのため、今までに数回、街を出てしばらく後に風体の悪い男達が飛ばす数騎の騎馬に追い抜かれたことがあったが、一度も面倒に巻き込まれたことはなかった。
勿論、街へと戻る、機嫌の悪い騎馬の男達とすれ違うまでは、御者台はダミー人形のままであり、街に立ち寄ったりもしなかった。そのあたりは、ちゃんと注意を払っていたのである。
両替した金貨は、ドリスザートあたりまではカオルン金貨だったけれど、その後はそれぞれの国の金貨になった。
それは仕方ないし、別に構わない。どうせ落ち着く場所が決まったら、そこの金貨に再度両替するのだから。
落ち着く先で、小娘が大量の古い金貨を両替したりすれば、『どこかの洞窟か何かで、子供が隠し財宝を見つけたのではないか』とか勘繰られて、騒動になるに決まってる。だから、とりあえず現在流通している金貨に替えただけだ。
二度手間になるし、手数料で数パーセントの損失が出るけれど、それくらいは仕方ない。安全と、面倒事を回避するための守り札を買ったと思えば、安いものだ。
「とりあえず、この街を第一候補にして、しばらく宿屋暮らしで様子を見ようか?」
「うん。主要街道を通ってきて行き着いた港町なんだから、この辺りでは大きな街だろうからね。ここをスルーして、わざわざ他の街へ行く理由はないよね」
私の提案に、レイコも賛成。
よし、ここが私達ふたりの新天地、『はじまりの街』となるかどうか、お試し期間の開始だ!




