182 東方へ 1
「……で、目標は?」
「敵、超巨大戦艦!」
「……」
「「…………」」
いかん、スベった……。
「東方へ。私と直接会ったことがある人達は殆ど生きてはいないだろうけど、このあたりの国は色々と昔のしがらみとかもあるし、昔のことはそのままそっとしておいて、レイコとふたりで新しい生活基盤を作るなら、この半島部じゃなくて、ずっと離れた場所がいいかな、って……。
それなら、私達にとって全くの新天地だから、ふたりでイチからスタートできるし、昔の私のことも、殆ど伝わっていないか、伝わっていたとしても原形を留めないほど変容したデマ同然のような話になってるだろうから、私のことがバレる心配もないし。
適当な場所を見つけたら、そこに腰を落ち着けて、しばらく住んでみようよ。気に入らなきゃ、また旅に出ればいいんだし。
ま、時間はたっぷりあるんだからね」
「そうねぇ。恭子も、あまり長そうにはなかったしねぇ……」
え?
「恭子は……」
「ああ、最後に会ったのは、2年くらい前かなぁ。その後、どっちも出歩けるような状態じゃなくなったから……。
私は病院で点滴やら酸素チューブやらをくっつけられてたし、恭子はそういうのはくっつけていなかったらしいけど、自力で外出できるような状態じゃなかったみたいだし……」
「どんだけ長生きしたんだよっ!」
くそ、思い切り増殖しやがったな、コイツら……。
馬車、いやいや、『パンツァー』の中で、これからの予定について、打合せ。
そして、半島部を抜け、大陸本体部分を突っ切って、反対側の海辺へと向かうことにした。やっぱり、日本人は海の側でないとねぇ……。
いや、日本にいれば、どこであっても比較的海の側だし、新鮮な海産物もいくらでも手に入るから問題ないんだけど、ここじゃ少し内陸部になると海産物は干したものしか手に入らない。それじゃあ、日本人にはちょっと辛い。だから、住むならやっぱり、海の側だ。
自分達で釣りとか潮干狩りとか、そして海水浴とかも楽しめるからね。
そもそも、どこに住もうが自由なのに、わざわざ海から離れたところに住まなきゃならない理由がない。
そういうわけで、まずはブランコット王国を抜けて、ドリスザートへ。
前回はドリスザートへ入ってすぐにやらかして、大急ぎで他国へ移動するために、国境線が近い南方へと進路を変えてユスラル王国へと向かったけれど、今回はそんな必要はないから、そのまま東進する予定だ。
誘拐騒動を除けば、ほんの一瞬、通過する間だけの滞在だったドリスザートは勿論、ブランコット王国でも、私に気付く者なんかいやしないだろう。事実、アイテムボックスから救出された後、バルモア王国へと向かう際にも、全くのノーマークだったし……。
いくら信仰的には名前や容姿の記録が残っていても、時の流れによる記憶や情報の風化は大きいし、写真もなく、画家にモデルとなって肖像画を描かせたわけでもない。遠目に何度かチラリと見ただけの記憶で描いた絵なんか、大して似てないし。
なので、何も気にせず、ひたすら東進。
それでも、念の為、バルモア王国とブランコット王国を抜けるまでは余計なことはせず、ちゃんと走行時にはふたり並んで御者台に座っていることにした。
両国を抜けたあとは、『自動運転試験実施中』とか、『本車、原子力にて航行中』とかいう貼り紙をしておけばいいや……。
とか思っていたら、御者台が無人で進む馬車を見た旅人達が『御者が発作で倒れて馬車から落ち、そのまま無人で進む馬車』だとか、『駐めてあった馬車が、御者がいない間に勝手に歩き出した』だとか思って、拿捕して我が物に、と群がってくるという事件が頻発。
駄目だ、こりゃ……。
でも、ずっと御者台に座っているというのも面倒だし、子供ふたりが御者台に座っているというのも、それはそれで、『悪い奴ホイホイ』に……。
そしてふたりプラス2頭で知恵を絞った末に考え出したのが……。
「うん、良く出来てる!」
「どう見ても、普通の御者と護衛だよね」
そう、御者台に人形を座らせておくことにしたのである!
御者っぽいのと、その隣には護衛っぽいの。
これで、車体内には他にも護衛が乗っていると思ってくれるだろう。
うむ、完璧!
何事もなくブランコット王国を抜け、無人馬車問題も、2体のダミー人形(『俊介』、『オスカー』と命名)を御者台に乗せることで解決し、一路、東へ。
しばらくは海には近付かないけど、海産物はアイテムボックスにたくさん入っているから、問題ない。……73年物だけど、まぁ、熟成が進んでいたり腐っていたりするわけじゃないからね。
でも、何か心理的にアレだから、孤児院かどこかに寄付して、新しいのに入れ替えよう。
海辺まで行ってしまうと海産物の有難味が減るから、少しずつ放出しながら進んで、海辺に到着した頃になくなるように、うまく調整しなきゃ……。
そういうわけで、バルモア王国とブランコット王国を寄り道なしの急ぎ旅でさっさと抜けたあとは、のんびりと、宿屋3、野営1、くらいの比率で主要街道を進む旅を続けた。
別に野営が大好きというわけじゃないし、野営だとやることがなくて暇すぎる。野営はそう安全というわけでもないし、ちゃんとした料理も食べたいし、風呂にも入りたい。
そう、たまたま次の街まで遠かったりして野営するのはともかく、常に野営しなきゃならない理由なんか欠片もない。
それに、寄り道もせずにひたすら突っ切る、というのも風情がない。たまには数日間滞在して、旅を楽しまなくちゃ、意味がない。幸い、ふたりとも時間は充分にありそうだからね。
なので……。
「よし、次の街で、数日間滞在しよう!」
「賛成!」
レイコも賛成してくれたので、決定。
急ぎ旅の必要もなくなったから、あとは、のんびりと旅を楽しみながら行こう。
街への滞在中、馬車とハング、バッドは、馬屋に預けよう。宿屋の厩は狭いし、一応の世話はしてくれるけど、あくまでも『それなり』だ。馬にとって居心地がいいのは、やはり専門業者の方らしい。以前、エドがそう言ってた。
まぁ、餌と水を与えるくらいしかしてくれないよね、宿屋の厩番は。
それに対して、専門業者の方は、ちゃんと身体を洗って拭いたり、ブラシをかけ、併せて馬の体調や脚などに異常がないかどうかを確認したりしてくれる。敷き藁も、ちゃんと新しいのに換えてくれるし……。
長期間預ける場合は、預け主が馬車を使う予定を確認して、空いている日には郊外にある牧場で運動させてくれたりもする。勿論、その分の料金は別途かかるけれど。
今回はほんの数日のつもりだし、滞在中に馬車を使う予定もないから、預けている間の使用予定は無し、ということで、出発日までの世話は全て馬屋にお任せ、ということにしよう。
裏技として、馬車も馬も全てアイテムボックスに、という方法もないわけじゃないけど、それはちょっとハングとバッドに申し訳ないから、ボツで。
馬車だけをアイテムボックスに入れるというのも、私達ふたりが鞍も着けていない裸馬に乗って旅をしているというのは不自然だし、馬車を預けるくらい、別に大した料金がかかるわけでもない。
……私は、結構お金持ちだしね。
そして、人目のないところで馬車をパンツァーからペネロープ号に乗り換えて、ダミー人形2体はアイテムボックスに収納し、私達ふたりが御者台へ。
裕福な商家の娘ふたりの、物見遊山ののんびり旅、というシチュエーションの完成だ。
これで街へ入るのは、既に何度もやっている。今までと違うのは、このまま真っ直ぐ宿屋に向かうのではなく、まずは馬屋へ行って馬車とハング達を預ける、ということだけだ。
そしてその後、お風呂がある、ちょっと高級な宿屋に泊まる。少女ふたりなんだから、安全第一だ。
では、アイテムボックスからの脱出後初の休養、のんびり行こう!




