181 新たなる旅立ち 5
フランセット、レイエットちゃん、そしてエミール達『女神の眼』の連中と、一通り話をした。
うん、まぁ、みんなもう子供じゃないし、長い時間が経っているから、愁嘆場というほどのことはなかった。みんな、いい歳だし、悲しむ時間はとっくに過ぎて、風化しちゃったんだろうな……。
それに、今更会ったところで、今度は私が、孤児ではなく老人となったみんなの世話をする、というわけにもいかないだろう。それは、それぞれの孫やひ孫達にお願いしたい。たくさんの子孫を作ったんだろうが! ケッ!
今はただ、昔を懐かしみ、互いの壮健を喜ぶだけだ。
喋り、喋り、喋り尽くして……、静かになった『音声共振水晶セット』の片割れを、そっとアイテムボックスに戻す。
そして、自分に背を向けて草むらに横たわった私に何も言うことなく、レイコもまた、草むらに横になったらしき音がした。多分、私に背を向けているのだろう。
……うん、レイコは、そういうヤツだ。
私の、たったふたりしかいなかった親友のうちのひとり、久遠礼子。
そして今は、ただのレイコ。
……私の、親友だ……。
* *
「復活ぅ!」
翌朝、元気に目覚めた私。
レイコが呆れたような顔で見ているが、気にしない。私の図太さと立ち直りの早さを知らないような仲じゃなし。
動物は朝が早いから、ハングとバッドも既に起きている。朝食と水を出してやるか。
起きてすぐに出発、というのも何か身体に悪そうな気がするから、作り置きのご飯をアイテムボックスから出すんじゃなくて、ちゃんとお湯を沸かすとこから始めるか……。
出そうと思えば直接お湯を出すこともできるけど、それじゃあ、あまりにも風情がない。
まぁ、そうは言っても、薪集めから始めるわけじゃなくて、キャンプ用のマイクロカセットガスコンロだから、簡単だけど。
一応、アルコールや灯油、ガソリン等を燃料とするキャンプ用ストーブ各種とか、ウッドストーブとかも『容器』として出してアイテムボックスに入れてあるけど、今はガスのでいいや。一番簡単で手軽だから。
……どうしてそんなに色々な種類のキャンプ用ストーブ(コンロ兼用)を出したか?
キャンプ用品に憧れてたんだよ! 1回も行ったことないけど、そういう道具の本は何冊か買って読み込んでいたんだよ、悪いか!
……水も鍋も、アイテムボックスから。『水がはいった鍋』とかをいちいちその場で創るのは面倒だし、そんなことをすると、どんどん鍋が溜まっていく……。
いくら容量無限とは言っても、中に安物の鍋がぎっしり詰まっているアイテムボックスとか、何か、ヤダ。
そして、私がちゃちゃっと作った朝食を摂りながら……。
「昨日は、ゴメン。昔の仲間と喋ってばかりで……」
レイコには、ちゃんと謝っておかなくちゃ。
そんなことを気にするようなレイコじゃないのは分かっているけど、だからこそ。
そう、謝らなくても問題がない相手だからこそ……。
「ううん。カオルにとっては、大事な人達との別れだからね。私は、これからずっと一緒にいられるから、昨日の時間をあの人達に充てるのは当たり前でしょ」
そう、レイコがそう言ってくれるのは分かってた。
私が死んで、地球の神様にお願いして夢の中でお別れした時、ほんの少ししか時間がなかったからね。お別れの時間、というものについては、よく分かってくれているはずだ。
……でも、言っておくのと言わないのとでは、大違いだ。何も言わなくても分かってくれる親友だからこそ、きちんと言葉にしておきたい時もある。
あ、そうだ……。
「ねぇ、レイコが貰った魔法の力って、食べ物とかキャンプ用品とか銃とか戦車とか、出せるの?」
うん、それを聞いておかなくちゃね。
魔法って言ったって、おそらく人間が想像するところの、本当の『魔法』じゃないだろうから。
多分、私の場合と同じく、セレスの下請けか孫請けの『セレスより下位の生命体』か、高性能な自律型機械が担当して、その度に何やらチョチョイと科学的に操作してくれるんじゃないかと思うんだよねぇ……。
今まで、レイコの魔法って、出会った時の水魔法……燃えてる私の火を消すためのやつ……以外は、見ていない。
燃えろ、いい女……、って、うるさいわ!!
「出せないわよ! それって、普通の魔法じゃないでしょ! あまりにもメチャクチャで、魔法の域を超えた『何でもアリ』じゃないの。
魔法が何でも使える、って言ったって、普通に、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、とかよ。空間転移とか時間移動、死者蘇生とかの『調子に乗りすぎたヤツ』は、さすがに駄目だって……」
「あ、やっぱり……。セレスも、そこまでアレじゃなかったか。ま、時間や空間なんて、『歪み』の発生原因になりそうなものの筆頭だから、当たり前か……」
一応、セレスのことを悪い言葉で形容する場合は、ボカすようにしている。また木桶を落とされちゃ、堪らないからね。……かなり痛いんだよ、アレは……。
そして、やっぱり予想通りか。
だって、『魔法で、無制限に何でもできる』とかだと、『創造魔法だ』とか、『異世界ネットスーパーだ』とか、『次元転移だ』とか言えば、何でも作れるし、地球のものを取り寄せたり、そして地球と行き来できたりしてしまう。
さすがに、それは無茶だろう。セレスがそんな条件を呑むとは思えない。
ま、普通に『俺TUEEE』ができる程度の能力、ってことか。
いや、それでも、水と火を出せる時点で野外活動は何とでもなるだろうし、強力な攻撃魔法が使える時点で、盗賊に襲われても安心か。言語理解とアイテムボックスは、私と同じらしいし……。
チートやんか!!
ま、私にだけは言われたくないだろうけど……。
私は、多分出せる。戦車型容器とか、銃器型容器とか……。
出しても、使い方が分かんないけど。
セレスも、私の件で懲りたのか、知恵を付けて、あまり酷いチートは与えないように……、って、アイテムボックスだけでも充分酷いチートか。物流業界とかに致命的な……、って、ま、私達がそういうのを利用した商売とかを始めなきゃ問題ないか。
魔法が『研究室での小規模実験』程度しか観測されていないこの世界じゃ、レイコが使える魔法だけでも、充分チートだ。そして……。
「レイコの魔法って、この世界じゃ『魔女』だとか、『悪魔の仕業』だとか思われて、迫害されたり狩られたりしない?」
「あ……」
魔法が無きに等しい世界での、火魔法やら水魔法やらの行使。しかも、主に破壊や攻撃の方向で。
そしてこの世界には、女神が実在する。そのため、それに対応する存在として、実在しないし誰も見たことがないにも拘らず、悪魔の存在もまた、実在するものと考えられている。
「「……」」
ヤバい。
「「…………」」
ヤバ過ぎた……。
私が、色々と面倒に巻き込まれながらも、多くの人々に助けられて結構ヌルい生活をしてこられたのは、私がセレスの御使いだと思われていたからだ。それが今度は、その真逆、セレスの敵対者である悪魔の手下だと思われたら?
うん、楽しい魔女狩りパーティーの始まりだ。料理は、火炙りとか……。
「絶対安全な立場を手に入れるか、目撃者は全員確実に皆殺しにできる場合を除いて、人目に付く場所では魔法を絶対に使わないように! ……但し、緊急時を除く」
こくこく
うん、レイコにも危機感を持って貰えたようで、何よりだ。
でも、そうすると、私達は『護衛なしで未成年の少女ふたりが馬車で旅をしている』という、盗賊どころか、普段は普通に働いている商人や旅人、田舎の村人達でさえ思わず良からぬことを考えそうな、絶好の獲物に……。
何せ、馬車の車体と馬2頭、ってだけでも結構な金額だ。それを小娘ふたりが、ってことは、当然、危険というものに無頓着な金持ちの馬鹿娘ってことになる。即ち、現金や宝石を持っていたり、身代金がたっぷり取れたり、人買いに売り飛ばしたり……。
……イカン、獲物として、あまりにも美味しすぎるぞ。
いや、それは、元々そうか。
レイコの魔法で追い払えるかどうかなんて、襲われた後にならないと相手には分からない。
そう、元々、私達は絶好の獲物だったのだ。
な~んだ、あっはっは!
……じゃね~よ!!
イカン、何とかせねば。『襲われにくくすること』と、『襲われても、自分達が困ったことにならないように敵を排除する』ということの、両面で。
「よし、武装を強化しよう!」
そう、それしかなかった。
しかし、小娘ふたりしか乗っていないのに襲撃を躊躇うような外見で、そのまま街に入っても悪目立ちしないような馬車。
ハードル、高~い……。
う~ん、どうすれば……。
ハングとバッドを仲間外れにしないようにと、馬語で、レイコとふたりで色々と討議していると、後ろからハングが声を掛けてきた。
『あの~、それって、無理に一台に纏めようとしなくても、街道を走る時と街に入る時とで、乗り換えては駄目なのでしょうか?』
「「あ……」」
まさか、馬に知恵で負けるとは……。
斯くして、3台の馬車を使い分けることとなった。
街道を進むための戦闘装甲車、『パンツァー』。内装はメルカバとほぼ同じで、軍用の装甲馬車みたいな外見で、外部に槍や剣がこれ見よがしに積んである。
そう、もし何かあれば、中から兵士が飛び出してきてそれを使って戦うぞ、というハッタリである。車内に長い槍や剣を出し入れするのは面倒だから、車体外部に括り付けてある、ということで……。
そして、各方向に対して銃眼が空けられている。
勿論、そこからは銃弾ではなく、レイコの火魔法や水魔法が放たれる。
魔法攻撃には別に銃眼は必要ないが、これは、『この穴から霧状にした油を噴出させて火を付けた』とか、『ポンプで水を勢いよく噴き出させた』とか言って誤魔化すための、欺瞞用である。詳細は機密事項だと言って、説明拒否。
メルカバは、そこまで危険ではない時や、他の馬車と同行する時とかに使おう。あまり他の馬車と較べて浮かないように……。
そして街中で使うための、中堅商家一家が使うような、小型で少しお洒落な感じの小型馬車、ペネロープ号。その名に反して、車輪数は6輪ではなく、4輪である。
よし、準備完了!
東方へ向かって、しゅっぱぁ~つ!!




