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180 新たなる旅立ち 4

 そして、ようやく出発。

 しばらく客室内でレイコと話していたけど、先に馬車のことを把握しておいた方がいいかと考えて、ふたりで御者台へ上がった。御者役として、普通に馬車を操作している振りをする必要もあるから、その練習もしておかなくちゃ……。

『おお、カオル様、御者がお出来になるので?』

『カオル様、そんなのやらなくても、ちゃんと歩くぜ……』

 ハングとバッドがそんなことを言ってきたけど、何か、ムズムズする感じが……。

 ……あ、そうか、エドは……。


「ねぇ、私のことを『カオル様』って呼ぶの、やめてくれない?」

『え? では、女神様、とお呼びすれば?』

「いやいや、普通に、『カオル』とか、『じょ』……」

『『じょ?』』


 ……エドは、私のことを『嬢ちゃん』って呼んでた。

 でも、自分で『嬢ちゃん』って呼べ、ってのも、言いづらい……。

「いや、何でもないよ。好きに呼んで……」

『分かりました、カオル様』

『分かったぜ、嬢ちゃん!』

「え……」


 ハングは、今まで通り『カオル様』と。でも、バッドは……。

 最初から、ハングは少し堅い喋り方、そしてバッドは軽いというか、ざっくばらんな喋り方だった。そう、エドのように……。


『ばっ! お前、そんな不敬な!』

 ハングがそう言ってバッドを叱りつけたけど……。

「ううん、それでいいよ。いつもかしこまった喋り方だと、肩がっちゃうからね」

『おうよ!』

『…………』

 ハングは少し複雑そうな顔をしているけれど、別に、両方が同じ呼び方をする必要はない。それぞれ好きな呼び方をしてくれればいい。

 それじゃ、とりあえず、東へ向けて……。

「しゅっぱぁ~つ!」




「……で、名前は何にするの」

「え? 名前って?」

 レイコが、急に何やら聞いてきた。

「だってあなた、昔から自転車だろうがスノボだろうが蹴りながら帰った小石だろうが、何にでも名前を付けてたじゃない。どうせこの馬車にも名前を付けるんでしょ? ただの『馬車』じゃあ、私達の愛車として可哀想だしね」

「うっ……」


 そう、昔から私は、愛着のあるものには何でも名前を付けていた。

 エドの馬車は、このあたりでは同じ名で呼ばれるものがない『チャリオット』という呼び方があったから、改めて名前を付ける必要がなかった。けど、今回は普通の馬車っぽい外見だから、この、私達の馬車だけを指す名前を付けてあげなくちゃ、とは思っていたんだ。

 うむむ……。

 よし!

神の戦車(メルカバ)にしよう!」

「外国の戦車の名前?」

「いや、元ネタが同じなだけで、そっちも元々『神の戦車』って意味だよ」

 うん、あまり長い名前も面倒だし、ここの言葉で『女神のなんちゃら』なんて名前を付けると、人様に聞かれたら大変だ。……主に、羞恥的な意味で……。


 そしてしばらく走ると、陽が落ち始めた。

「今日は野営でいい? 次の宿場町までは少し距離があるし……。牧場での買い取り手続きで、かなり時間を喰ったからなぁ……」

「うん。テントでもいいけど、馬車での寝心地を確認しておきたいからね。未使用のものは、余裕がある時に試しておくのが鉄則だからね」

 さすが、石橋を叩いて壊す女、レイコ。


 そして、適当なところで街道を外れ、街道からは見えない、雑木林の少し奥へ……。

 街道から丸見えのところで若い女性ふたりが野営とか、犯罪者ホイホイにも程がある。ちゃんと、野営しているのが見えないようにするのは、鉄則だ。

 今夜はレイコの提案で、テントは張らずに馬車で寝る。なので、時間があるから料理はアイテムボックスの完成品ストックではなく、ちゃんと作ることにした。

 椅子とテーブル、調理台、簡易かまどに水タンク、調理器具と材料を出して、手際よく調理。


 ハングとバッドは、ハーネスを外して自由にしてやり、混合飼料とニンジン、トウモロコシ、リンゴ、角砂糖、そしてお馴染み、ポーションを与えた。

『おおお、これがかの有名な、伝説の……』

『うむ、これで我らも、エド様と同じ立場に……』

 喜んでくれているようで、何よりだ。

 そして、レイコと一緒に食事を摂り、食後のコーヒーの準備をしようと、アイテムボックスを開くと……。


 ぴよぴよぴよぴよぴよ! ぴよぴよぴよぴよぴよ! ぴよぴよぴよぴよぴよ!


「ありゃ?」

「何?」

「子供達……、今はもう、みんな年寄りだけど……、『女神の眼』のみんなからの連絡、なんだけど……」

 湧き上がる、嫌な予感。

 私の嫌な予感、悪い予感は、当たるんだよねぇ……。

 というか、今回のこれは、既に『予感』じゃない。確定した事実に過ぎないよ。

 でも、出ないわけにはいかないよねぇ……。

 そして私は、渋々、アイテムボックスから『音声共振水晶セット』の片割れを取り出した。

 そう、最初にバルモア王国を出奔する時に、『女神の眼』のみんなについになったもう片方を渡しておいた、連絡用の『ポーション容器』である。

「はい、こちらカオル……」

 恐る恐る、『音声共振水晶セット』の通話部分に向かって話し掛けると……。


『ふざけないでくださいよおおおおおぉ~~!!』


 いきなりの大音量に、耳が、キィ~ン、と……。

『どうしてエミールにだけ会って立ち去るのですか! いったい、何考えているのですかっっ!!』

 あ~、この声、フランセットかぁ……。

 エミールの奴、怒られるのは1回で済ませようとか考えて、夕食にフランセットを呼んだな……。そして、食後に私のことをみんなに公表、と……。

「あの~、エミールは……」

『私の後ろで、ベルやレイエット達にボコボコにされてますよっ!』

 あ、やっぱり……。

 みんな、もういい年なんだから、あまり無茶は……。

「カオル、多分今考えているであろうこと、声に出して言ってあげなさいよ……」

 さすがレイコ、私と恭子限定の読心術は健在か……。

 そして、レイコにとってのエミールは、1回会っただけの、ただの老人だ。酷い目に遭っているのを気の毒に思うのは当たり前か。

 うん、レイコはフランセットやベル、レイエットちゃん達を知らないからなぁ……。


『さっさと戻ってきてくださいよっ!』

 とても女神様に対するものとは思えない態度の、フランセット。余程怒り狂ってるんだろうなぁ……。

 でも……。

「……ごめん」


 そして、しばらく無言の刻が流れ……。

『すみません、無理を言いました……』

「え? フランセットじゃなかったの?」

『誰が偽物ですかっ! 私も、もういい歳ですよ、昔とは違いますよっっ!!』

「あ~、ごめん。私にとっては、つい数日前のことだから……」

 そう、私にとってフランセットは、すぐにムキになったり逆上したりする、割と沸点の低い女性だ。


 そしてまた、無言の刻が……。

 こういう時の時間って、無茶苦茶長く感じるからね!


『色々と、ありがとうございました。そして、幸せな人生を授けていた、いた、戴き……』

 嗚咽おえつで喋れなくなった、フランセット。

 あ、駄目だ。

 こういうの、弱いんだよ……。

 なんか、こう……。

『いつまでひとりで独占してるのですか! さっさと交代してくださいよっ!』

 ……ん? 誰だ? 聞き慣れない声だけど……。

『カオルおねーちゃん!!』

 レ、レイエットちゃんかあああぁ~~っっ!

 幼児の時の声と喋り方しか知らないから、そりゃ、分からんわ……。

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― 新着の感想 ―
最後からここら辺までの話が1番好きで何回も読んで、その都度大泣きしてます。 できればカオルが居なくなってからの、フランやエミール達の主観の話を書いて欲しいです。
涙の再会(でんわ?だけど)でした、でも本当ほどほどにしてあげて!もういい歳なんだから、
[一言] カオル「ハングとバッドの馬車だから…」 レイコ「ハングバッド?」 カオル「そのままかっ!!いや、少しは捻るよ」 レイコ「ハンドバッグ?」 カオル「そうそう、肩にかけて…重たいわっ!! カオ…
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