178 新たなる旅立ち 2
『カオル様だと! じゃあ、アレか? 「シルバー種の栄光の日々」が、再びやってくるのか?
それも、俺達の世代に、我らアイズ一族の元に……。
黄金の日々が……。おお! おお! おお!』
何か、勝手に話が進んでいるぞ……。
「いや、懐かしかったから、ちょっと寄っただけだよ。エドの子孫が繁栄してるのは嬉しいな。
……ちょっと、繁栄し過ぎなような気もするけど……」
地球では、現時点において生存しているサラブレッドは全て、父系を遡ると3頭の馬のどれかに行きつくらしい。エドも、『シルバー種』とやらの、全ての馬の先祖となったのか。
……何て羨ましい奴……。
くそっ!!
「じゃ、さよなら。みんな、元気でね!」
そう言って、立ち去ろうとすると……。
『待て! 待って下さい!』
『逃がさん! 逃がさんぞオオオオォ~~! 出合え! 者共、出合えええええぇ~~!!』
突然2頭が大声で叫んだかと思うと、放牧されていた馬達が一斉に、こちらに向かって全速で走ってきた。
……怖いわ!!
そして、あっという間に馬達に取り囲まれた、私達。
『お供させていただきます!』
え?
『初代様の遺言です! もし再び、女神カオル様が御降臨されたならば……』
ええっ! エドの奴、そんな遺言を……。
もし私が再びこの世界にやってきた時には、自分の代わりに、自分の子孫を私に仕えさせようと考えて……。
やっぱり、エドの奴、私のことを……。
『「いい目を見せてもらえるから、食らい付いて、絶対に逃がすなよ!!」と……』
……うん、そんなことだろうと思った……。
『そういうわけで、お供させていただきます!』
『勿論、俺もだ! この牧場にいるアイズ一族の中で、「吊り目」と並んで、「悪い目付き」の名を受け継いだ俺を連れていかないとは言わせねぇ! そっちもふたりだから、文句はあるめぇ!』
えええ~……。
『もし、連れていかないなどと言われるのであれば……』
「言われるのであれば?」
『『この場で、死んでやるううううぅ~~!!』』
あ~……。
でも、まぁ、気持ちは分からないでもないか。
初代様から言い伝えられている私が現れたというのに、相手にされずに置き去りにされたとか、そりゃ末代までの恥だわなぁ……。
レイコの方を見てみると……。
こくり。
頷かれた。
レイコも私と同じく、『あらゆる言語の会話と読み書き』の能力を貰っているから、話の内容は理解している。
「当然、それくらいの準備はしてるわよ。乗馬クラブに通ったし、鞍を着けていない裸馬にも乗ったし、ロデオの荒馬に乗る競技もやったわよ」
あ~。
それに、確かに歩きでの長旅は辛いよなぁ……。
どうせ馬を買うなら、知らない馬より、エドの子孫の方がいいか。
でも、コイツら、この牧場で一番上位の馬じゃない? 吹っ掛けられそうな気がするなぁ……。
ま、いいか。前世……じゃないな、前回……でもないか、第一シーズン……から持ち越した、アイテムボックスの中の金貨は半端ない枚数だし、私にとっては大した金額じゃない。
よし!
「あなた達、馬車を牽く、ってことに抵抗はない?」
『おおお! 戦車ですね! エド様の言い伝えにあった、神馬のみが牽けるという、あの伝説の、女神の戦車! おおおおお、何たる光栄!!』
『牽く! 牽くぞオォ! 牽くなと言われても、牽きまくるぞオオオオォッッ!!』
決定か……。
「じゃ、ちょっと交渉してくるから、待っててね」
『『お供いたします!』』
交渉は人間の言葉だから、聞いていても理解できないだろ、キミタチ……。
ま、いいけどね。
「というわけで、この2頭を売っていただきたいのですが……」
「何が、『というわけで』だよ! しかも、うちの2大看板じゃねぇか!」
そう、考えたら、馬を売ってくれ、と言っても、どの馬か分からなければ交渉もできないから、2頭が私達のうしろをポクポクとついてくるのをそのままにして、管理棟までやってきたのだ。
そして、私達がドアを開けて建物の中に入ると、一緒に入ってきたのである。馬にとっては小さな入り口から、無理矢理……。
そりゃ、管理人が大慌てで飛んでくるわな……。
そして、今に至る、ってわけだ。
「駄目駄目! たとえ子供の戯れ言じゃなくても、うんとは言えねぇよ。
この2頭は現在最も始祖の血が強く現れてる、貴重な馬なんだよ。繁殖馬として、これからたくさんの雌をはらませ……子作りに励んでもらわなきゃならないんだ、いくら金貨を積まれようが、駄目なものは駄目だよ!」
子供にあまり生々しい言葉を聞かせるのはどうか、と思ったのか、途中で言い直した管理人。
そして、一応、子供の悪戯として頭ごなしに怒鳴りつけることなく、ちゃんと相手をして説明してくれた。おそらく、優しい人なのだろう。
……でも、とりつく島がない、という点では、大して変わらない。
『売らない、って……』
だんっ!
だんっ!!
「うわあああっ!」
机の上に、ハングとバッドの右足が思い切り振り下ろされて、管理人のおじさんが椅子ごと後ろにひっくり返った。
「馬と会話……? ま、まさか、レイフェル女伯爵……、いや、眼付きが悪いとは聞いているが、確か凄い高齢で、『妖怪』とか呼ばれていたはず……」
……え? いや、高齢はともかく、眼付きが悪い?
いや、そう言えば、確かに時々悪党顔をしていたような気が……、って、そうだ!
「あら、偉大なお祖母様を御存じなの?」
「ひっ……」
お、効いてる効いてる!
『カオル様、「シルバー種、三つの誓い」って言ってやんな! 確か、初代様と当時のここの責任者、そして「眼付きと根性の悪い女貴族」の三者で取り交わされた約束がある、って言い伝えが残ってる。俺達の間に口伝が伝わっているんだから、そいつの方にも伝わってるんじゃねぇか?』
バッドが、何やら不思議な呪文を教えてくれた。
これは、使うしかあるまい!
「シルバー種、三つの誓い!!」
「え……」
愕然とした顔の、管理人。
「ま、まさか……。そ、それは、ただのお伽噺の……」
* *
『『『『『『ぶひひ~~ん! ぶひひ~~ん!』』』』』』
歓呼の声に送られて、ハングとバッドに乗って牧場を去る私達。
勿論、見送ってくれているのは、たくさんの馬達。
……まぁ、管理棟の人達も見送ってはくれているけれど、みんな、呆然としているか、がっくりと肩を落としているかで、元気がなく声も出していない。
……いや、ごめん。




