177 新たなる旅立ち 1
ずるずると長引いたけれど、ようやく出発!
最後に、素顔が見たいというエミールの望みを叶えるために、髪や眼の色を元に戻して、目尻の透明テープを剥がした。
もう、あれから70年以上経っているんだ、私の顔を覚えている者なんて、身内以外には殆どいないだろう。……『覚えているかどうか』以前に、『生きているかどうか』という問題で。
そりゃ、絵とかは残っているかもしれないけれど、別に画家に肖像画を描かせたわけじゃない。記憶を頼りに、かなり美化やデフォルメして書かれた絵になっているだろうし。……そう、あの、硬貨に彫られた美化バージョンのように……。
そもそも、身内以外は私のことを『セレスに気に入られただけの、ただの人間』と思っているから、今現在、昔のままの姿で生きているなんて考えもしないだろう。……あの時に、天に召されてセレスの許へ、と思われているだろうし……。
だから、もう変装の必要はないだろう。
一応、身内が生きている場合に備えて変装したけれど、身内には一発で見破られるなら、変装する意味はない。……目尻を下げるテープは、顔が突っ張って、ちょっと鬱陶しいし。
そして、エミールが満足するまで眺めさせてやってから、今度こそ、本当に出発。
薬種屋を出て、『総本山』の前を通りながら……。
えいっ!
うん、あいつらが、私が作った床下の隠し物入れを潰したりしているはずがない。
だから、使用期限無制限の特製ポーションは、今でもあそこに隠してあるのだろう。
なので、その場所に、ポーションを追加しておいた。
みんな、さすがにそろそろ身体にガタが来始めるだろうからね。
結石とかの痛みを我慢せず、ちゃんとポーションを飲んでくれるように。
若返りのポーションを創ることもできる。
それを、エミール達に与えたら?
……それは違う。
それは、『やるべきではないこと』だ。
私にとっても、……そしてエミール達にとっても。
それに、それを知った権力者達が、黙っているはずがない。必ず、全力で襲いかかってくるだろう。
……不老不死、なんて、どんな災いホイホイかよ、ってことだ。
エミールがみんなに私のことを白状するのは夕食後、とのことなので、それまでにこの街を脱出する時間は充分にある。朝イチで店に来たから、まだまだ大丈夫だ。
なので、中央広場を通って、大神殿の前を経由して郊外へと向かうことにした。そしてそのまま、東方へ。
西へ向かうと、山脈、アリゴ帝国、海。
北へ向かうと、海。
南へ向かうと、アシード王国、海。
うん、東へ行く以外の選択肢がない。
そりゃまぁ、海運大国になったらしいアリゴ帝国の船で海の旅、という方法もないわけじゃないけれど、何だか大変そうだし、一足飛びに遠くの国へ、というのも、風情がなくて、今ひとつだ。
それに、昔通ったルートを辿り、もう一度この目で今の姿を見ておきたいという気もある。
ここはやはり、ゆっくりと……。
時間はある。
時間だけは、充分にあるのだから。私も、レイコも。
うん、ゆっくりしていってね、ってやつだ……。
身軽な……アイテムボックスがあるし、ポーションを出せるから水は要らないし……、ふたり旅。
歩きでもいいけれど、私達だと、普通の旅人の7割くらいの速度しか出せないよねぇ。疲れそうだし……。
いくらポーションで治せるとはいっても、好き好んで足にマメを作りたいわけじゃない。
かといって、乗合馬車だと運行日程に合わせなきゃならないし、他の乗客達の前で私達が話すのは、色々と問題がある。
他の乗客達の前で、ここの言葉でヤバい話をするのもマズいが、怪しげな異国語で話すのは、論外だ。怪しまれるし、ここの言葉が話せるのにふたりだけにしか分からない言葉で話すのは、内緒話をしているみたいだし、マナー的にも、どうかと思う。
それに、そもそも、他人と一緒に行動していたら、アイテムボックスの中の食材で料理を作ることもできないし、洗浄ポーションが入ったタンク付きのシャワールームを使うこともできない。それで長旅を、というのは、安穏な生活に慣れた文明人には、ちと厳しい。
なので……。
とか、考え事をしながら歩いていたら、レイコが急に立ち止まったので、私も同じく立ち止まった。
……。
…………。
………………。
「カオル、これって……」
言うな。
「もしかして……」
言うな……。
そう、昔見たままの、大神殿の入り口近くにある巨大なセレス像。
その横に建てられた、凜々しい女性騎士の像。
……うん、言わずと知れた、救国の、いや、大陸の守護神たる、大英雄サマの像だ。
そして、その反対側に建てられた、眼付きの悪い少女像。
「カオルの……」
「言うなああああぁ~~!!」
像の構図的に、どうやら私よりフランの方が扱いが上らしい。
まぁ、ただの『女神に少し気に入られただけの、無駄死にした平民の小娘』と、『大陸全土を救った、救世主にして守護神。上級貴族であり王兄殿下の妻、絶対英雄である勇者サマ』とじゃ、待遇が違うのも当たり前か。
いや、皆の視線がセレスとフランの像に集中して、私の像の印象が薄れるのはありがたいから、文句なんか更々ないよ。
……そして、無言のまま先へと進む、私達。
しばらく歩くと……。
「あ、ここって……」
「どうかした?」
「あ、うん、エド達……私の相棒であり戦友の馬とその妻子を預けていた、馬屋の牧場だよ。
あれから随分経っているのに、全然変わってないなぁ……」
70年以上経っていても、私にとっては、つい先日のことだ。だから、記憶はしっかりしている。
こんなに長い間、殆ど見た感じが変わっていないというのもすごい……、って、あ、管理棟とかはさすがに建て替えられているか……。
そして、……あれ? あれは生きてる馬じゃなくて、銅像か何かかな?
「ちょっと寄っていっていい?」
「時間はあるし、別に構わないわよ?」
レイコの了承を得て、その銅像か青銅像らしきものの側へ近付いていくと……。
「……エド? と、その家族……?」
そう、そこに立って、いや、建っているのは、エドとその妻子の実物大の像だった。
フランセットとロランドの馬の像がないのは、あの2頭はこの牧場とは関係ないからだろうな。エド一家は、この牧場出身だと言い張れなくはないから、宣伝に利用されているのか……。
馬の顔なんて全部同じに見えるし、エドは白馬で身体に大きな特徴があるわけじゃないから、本人……、本馬……、実物ならばともかく、絵や像で見分けるのは難しい。
でも、そんなの、関係ない。
これは、エドだ。
エドの像に違いない。
間違わないよ。
……だって、エドだもの……。
私が、立ち尽くして感慨に耽っていると、何やら、エドに少し似た感じの白馬が近寄ってきた。そして……。
『まさか……、女神、カオル様……?』
「え、私のこと、知ってるの?」
ビックリだ。絶対に初対面のはずの馬が、どうして私を知っている?
「あなたは?」
『おお! 言葉が通じる! おお! おお! おお!
やはり、やはり、あなた様は、我が祖先、シルバー種初代、エド・シルバーの恩人、女神カオル様!!』
感激のあまりか、興奮して身体を震わせている、謎の……ということもないか。どうやらエドの子孫らしい馬。
しかし、代々私のことを語り継ぐとか、馬にそんな知能や文化があったのか……。
『私は、12代目エド・シルバーを拝命しております、「吊り目」、通称ハングと申します』
「エド・シルバーって、称号なんだ……。そして、何となく私に対する悪意を感じる名前だな……」
『ええっ! とんでもない、「吊り目」というのは、もうひとつの名と共に、初代様がカオル様を偲んで子供にお付けになった、由緒ある名です!!』
あ~。まぁ、エドが私を表現するのに、他の形容が思い浮かばなかったのだろうな。
所詮、馬の語彙力だからなぁ。……クソ!
ま、平均6歳で仔を産むとすれば、12世代で、72年。うん、計算は合うか……。
『おい、ハング、何してるんだ?』
ありゃ、何か、別の馬が近付いてきた……。
『おお! カオル様、この者が、もうひとつの由緒ある名の後継者、「悪い目付き」です。私と共に、将来、我ら「アイズ一族」を背負って立つ者です!』
「そんな名前だろうとは思っていたよっ!!」
くそっ!
『他に、シルバー種の中には、名門チェスト一族の「平ら胸」、「胸無し」、そしてブレスト一族の……』
「うるさいわっっ!!」
くそ、エドの奴! 絶対に、置き去りにされたと思って、怒って嫌がらせをしやがったな!!
まぁ、馬の言葉での話なので、人間達からそういう意味の名前で呼ばれているわけじゃないのだけは、救いか……。




