175 長いお別れ(ロング・グッドバイ)4
「それじゃあ、レイエットちゃんも一緒に?」
「ああ。7人で、あの家を拠点にして商売を始めた。働きに出るより、あの家で商売をした方が、みんながずっと一緒にいられて安全だし、家や『アレ』を守るのに都合が良かったからね。
持ち家があるわけだから、住居の家賃も貸し店舗の賃料も要らないし、7人分の無償の労働力があるわけだから、食っていくのに必要なお金くらいは簡単に稼げたよ。
それに、そもそも『カオル様が暮らしていた家と、カオル様が面倒をみていた子供達』だよ、客が来ないわけがないよ」
「反則だっ!」
そりゃ、ちゃんと稼げるわけだ。
……あれ? 7人? レイエットちゃんを加えると、8人では……、って、あ、ロロットがアシルのところへ行ったのかな。
「そして最初に選んだ取り扱い商品は、勿論、薬種関係。『御使い様』縁の店だからね。
カオルのポーションみたいな効果を期待されると困るから、薬そのものは扱わず、あくまでも原材料である『薬種』を売ったんだ。そもそも、調合できるような知識も技術も資格もなかったから、薬を売ることはできなかったしね。
あ、今は資格持ちを抱えているから、調合もできるよ。俺自身も資格持ちだし」
エミールは、熱心に剣の鍛錬をやっていたけれど、あれは私を護るためだ。
護るべき私がいなくなり、年を取って思うように動けなくなってからは、私が戻ってきた場合の護衛には他の者を充てるつもりで、子孫のうち希望者には武芸の道へと進ませていたらしい。
そして自分は、デスクワークへと。
元々、エミールは人を傷付けたり乱暴なことをしたりするのは好きではなかった。
なので、剣の鍛錬をしていた時は、私を護るため、ということで決して嫌ではなかったのだろうけど、エミールが本当に進みたい道じゃなかったのだろう。
それが、私の消滅と老齢により、ようやく呪縛から解き放たれたのか……。
もし私がいなければ、最初から、好きな道へ……、進めたはずがないな、うん。
まともな職に就けることなく、孤児として、その辺のドブに顔を突っ込んで死んでいた確率が高い。
この歳まで生きられただけで上等、重畳である、ってことだ。だから、私が責任を感じる必要はない。これっぽっちも。
……でもなぁ……。
やっぱ、そう簡単に割り切れるもんでもないよねぇ……。
「ロロットは、フラン姉ちゃんが自分の養女にしてくれて、侯爵家令嬢としてアシル兄ちゃんに嫁いで正妻になったよ。ロランド兄ちゃんと結婚する前だから、フラン姉ちゃんがまだ侯爵様の時にね。
アシル兄ちゃんは男爵様になったけど、養女とはいえ侯爵家令嬢、それもあの『救国の大英雄にして大陸の守護神、絶対英雄、勇者フラン。……しかも、間もなく王兄殿下であらせられる公爵様の正妻』の娘だよ、王家にでも嫁入りできるよ……」
あ~、確かに……。
「……って、侯爵? フラン、ふたつも陞爵したの?」
「あのねぇ、『救国の大英雄』、つまり、国を救って、平民から子爵様になったんだよ? 『大陸の守護神』、つまり大陸全土、全ての国々と、そこに住む生きとし生けるもの全てを救った貴族が、たったふたつしか陞爵していない方が驚きだよ! ……まぁ、さすがに、公爵にはしづらかったんだろうけどね」
うん、公爵なんて、王族くらいしかならないはずだ。
それに、どうせすぐに公爵夫人になるから、それくらいどうでも良かったんだろうな。フランセット自身は、そういうのはあまり好きじゃないだろうし。
「フラン姉ちゃん、その時に、レイエットもついでに養女になるか、って言ってくれたんだけど、レイエットの奴、『私が名乗る姓は、「ナガセ」だけです!』って断りやがったよ。
……まぁ、ロロットの奴も、ロロット・ナガセ・フォン・リオタール、とか名乗ってやがるし、しょっちゅうここに来やがるからなぁ……。新婚の頃に、アシル兄ちゃんが、よく愚痴ってたよ」
そりゃ、愚痴るわなぁ……。
「今は、暇なもんだから、週に1回の寄合には皆勤だよ」
「ん? アシルは?」
「……生きてたら、何歳だと思ってるんだよ……。そして、この国の男の平均寿命とか、知ってる?」
「…………」
……そうか。
アシルは、私の本気ポーションを飲んだことはない。そして、この子達に託したポーションは、『女神の眼』のメンバー以外の者に使うことも、その存在を明かすことも禁止していた。この子達が、その類いの私の指示を守らないということは、あり得ない。たとえ、自分の命が脅かされようとも。
「あと、勿論、フラン姉ちゃんは健在。フラン姉ちゃんがいる限り、どこの国もこの国にはたてつけないからねぇ。クソ真面目だから煙たがる人もいるけれど、まぁ、『救国の大英雄にして大陸の守護神、絶対英雄、勇者フラン』だからねぇ……」
「あ~、逆らえんわなぁ……」
王族の方々、ご愁傷様です……。
フランが大陸を救った、っていうのは、別に大活躍をして魔王を倒した、とかいうわけじゃないんだけれど、フランが勇気を振り絞ってセレスに諫言しなければ、本当にこの大陸が海に沈んでいたらしいから、事実であることは間違いない。
フランは、正真正銘、魔王の魔の手から大陸を救った、守護神にして英雄、真の勇者なのだ。
「エド達は、どうなった?」
「ああ、当時の俺達には持ち馬を維持できるだけの財力はなかったから、フラン姉ちゃんが3頭共引き取ってくれた。
フラン姉ちゃんとロランド兄ちゃんの馬と一緒に飼ってくれてたんだけど、5頭全てが異常なまでに体力があったから、『御使い様にお仕えしていた、神馬』として丁重に扱われて、繁殖馬として長生きしたよ。
今じゃ、あの5頭の子孫が凄い数に増えて、『シルバー種』としてブランドみたいになってるよ」
あ~……。
うん、分かってはいた。いくらしょっちゅうポーションを飲ませていたとはいえ、馬の寿命で、70年以上は長すぎる……。
でも、長生きして、たくさんの子孫を残せたなら、動物としては本望……、って、馬に先越されてどうするよ!
それに、繁殖馬って、つまり種馬だよね?
浮気か? 奥さんや娘さんは……、って、馬に人間の倫理感を言っても仕方ないか。
人間でも、昔は一夫多妻制は珍しくなかったし、国によっては現代地球でもそういうところはある。雌が100頭の仔を産むのは至難の業だけど、牡が100頭の仔を産ませるのは、不可能じゃない。
事実、100人の男子を産ませた、城戸光政という男が……、って、あれは漫画だから『事実』じゃないか。
しかし……。
「エド達は、私が戻らなかった理由を知らないままだったんだよね……。多分、私が死んだと思ってたんだろうなぁ……」
「あ、いや、エド達は事情を全部知ってたよ?」
「え?」
「あの後、2カ月くらい経ってから、遠くの国から女性貴族がやってきてね。事情を全て確認してから、エド達に説明してくれたんだよ。
岩を退けてもカオルの遺体らしきものは発見されなかったから、カオルは損傷したこの世界用の身体を消去して、自分の世界に戻ったのだろう、って」
「え? それって……」
私以外で、馬であるエドと話ができる女性貴族、って……。
「うん、現在の女神カオル真教ベリスカス支部総括、レイフェル女伯爵。当時はまだ子爵だったけどね。
自分でないとエドに状況を説明できないだろうからと、止める貴族や王族を振り切って、あのカルロスと一緒に来てくれたんだ。……エド殿には大恩があるから、と言って……」
そうか……。
マリアルが、エドのために来てくれたのか……。
マリアルに動物の言葉が分かるようになるポーションを与えたのは、無駄じゃなかったか……。
よし、聞きたいことは、全て聞いた。
みんな、それなりに豊かで幸せな人生を歩んでくれたようだ。
もう、私の出番はない。
じゃあ、私達はこのまま旅に出るか。
レイコと一緒に、ふたり旅。
学生時代は、いつも恭子と3人だったから、レイコとふたり、というのも、割と新鮮だ。
それじゃあ……。
「待たせちゃってごめんね、レイコ。じゃ、行こうか!」
「うん」
「……待て! 待て待て待て待て待てえぇぇっ!
このまま帰したら、殺されるわっ! 主に、ベルとレイエットにっっ!!」
知らんがな……。
『ポーション』5巻、昨日発売!
よろしくお願い致します。(^^)/




