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173 長いお別れ(ロング・グッドバイ)2

「でも、唯一神教に喧嘩を売るような新興宗教を立ち上げて、よく潰されずに今まで残ってるわねぇ。こういう世界って、教会の力は絶大なんじゃあ……」

「神殿、ね。教会じゃなくて……。

 で、確かに、普通であればそうかもしれないんだけど……」


 信者名代(みょうだい):フランセット・バルモア

 信者筆頭:ロランド・バルモア

 主な信者:女神の眼一同

        アダン伯爵家

 他国支部:ベリスカス……レイフェル伯爵家、ドリヴェル子爵家を中心として活動

      アリゴ帝国……主に海軍関係者を中心として活動


「そりゃ、潰せないわね……」

「潰せないよね……」


 何しろ、『大陸の守護神にして絶対英雄、勇者フランセット』と、その夫である王兄殿下が信者の纏め役なのである。そして、友好国の軍部に浸透。下手に迫害などすれば……、いや、それ以前の問題として、女神セレスティーヌを怒らせかねない。


「そういえば、マリアルの家、陞爵しょうしゃくしたんだ……。それと、あの男の子のところも、確か男爵家だったはず……」

 そう、子爵家から伯爵家へと、男爵家から子爵家へと、それぞれ陞爵したようであった。

 その理由は、書物には書かれていなかった。

「ま、他国の貴族のことなんて、わざわざ書かないか」

 カオルは、そう言って軽く流した。

 まさか、『とても書物に書き残せないような理由』かも、とかは考えもせず……。


「ま、そういうわけで、本で調べた限りでは、子供達はおかしな宗教を立ち上げた以外は、別に記録に残るような揉め事に巻き込まれたりすることなく、普通に暮らせたみたい。まぁ、孤児が人並みの幸せを掴めたなら、こういう世界としては上出来かもねぇ……」

「……それ、『もっと幸せにできていたら』とかは考えないの?」

「え?」

 レイコの言葉に、きょとんとした顔で首を捻るカオル。

 レイコが言っていることの意味がよく分からなかったのである。

 今更そんなことを考えても、それは後ろ向きな考えになるだけであり、考えても無駄である。

 しかし……。


「もし、時間を遡行そこうできたら?」

「え……」

 レイコの言葉に、固まるカオル。

 カオルも、読書好きであった。なので、タイムスリップ物、タイムマシン物とかの小説はたくさん読んでいた。……勿論、その手の漫画や、映画とかも。

「……できるの?」

「確認していないけど、多分無理、だと思う。女神様のお仕事である、『次元世界の崩壊阻止』というのに真っ向から喧嘩を売りそうじゃない、『時間遡行による次元世界の分岐』とか……」

「あ~、確かに……」

 どうやら、レイコはただ単にカオルの気持ちを聞いてみただけ……、いや、おそらく、カオルが心中に抱え込んでいるかもしれない、『もし、私がもっとうまく立ち回って、ずっと子供達の面倒をみてあげていれば、みんな、もっと幸せになっていたかも……』とかいう、今更もうどうしようもないことで悩み苦しむことがないよう、そんなことを聞いてカオルに吐き出させてやろうとでもしたのであろう。


「……でも、もしそれができたとしても、……いいや。

 もし時間をさかのぼってやり直したとすれば、この世界のみんなの、この70年以上にわたる出来事……、努力やその成果、叶えられた夢や叶えられなかった夢、生まれた人達、それら全てが一瞬で消えて、『なかったこと』になるなんて、そんなの、神様にだって許されないよ。

 それに、もし過去に戻ってやり直したとしても、それはただその時点から新たな分岐世界が生まれるだけであって、今現在のこの世界は、『カオルとレイコのふたりが突然消失し、そのまま続く』という確率が高いからね。それだと、この世界のみんなの境遇は変わらないし、何の意味もないよ。

 そして、分岐し新たに発生した次元世界の生命の存在とその不幸や悲劇に対して、その全ての責任を私が負うの?

 ないわ~! そんなの、神様の仕事だよ! 私が背負うには、重すぎるよ!」


 カオルは、そんな重荷を背負う気は、更々(さらさら)なかった。

 人生は、一発勝負。そこには、やり直し(リプレイ)や、リセットマラソン(リセマラ)は存在しない。

 配られたカードで勝負するしかない。たとえそれが、役札であろうが、カス札であろうが……。

 そう考えたカオルであったが……。

「あ、私、リセット人生やってる最中だった……」

「私は、リプレイかな?」

 そう言って、たはは、と苦笑にがわらいするカオルとレイコ。


「ま、多分カオルはそう言うだろうと思ってはいたけどね。そもそも、時間遡行なんてできるかどうかも分からないし……」

「うん。それは、人間が手を出しちゃいけない世界だよね……」

 やはり、レイコはカオルがそんな気は全くないのを承知でそう聞いてきたようであった。カオルが、ただ頭の中で考えるだけでなく、はっきりとそれを口にして、気持ちにケリを付けさせるために。そして勿論、それが分かっているカオル。

「……やっぱり、レイコはレイコだなぁ……」

「何よ、それ……」


     *     *


 そして、翌朝。

 いよいよ、カオルの知り合い達の状況を確認する日である。

 そうは言っても、平均寿命が短いこの世界では、まだ生きている者の数は、そう多くはないであろう。

 当時、カオルが15歳の肉体で転生し、それから5年弱。消えた時点で20歳の少し手前だったわけであるから、それより年上だった者は、既に90歳以上。……まず、望み薄であった。

 孤児達ですら、その時でエミールが16歳、ベルが12歳で、レイエットちゃんが6歳。

 ……みんな、80歳前後か、それ以上である。かなり厳しい。

 しかし、彼らの子や孫、そして彼らが残した軌跡くらいは確認できるであろう。宗教団体とお店という、分かりやすいものを残してくれているのだから。

「髪と眼の色変更、よし! 目尻を下げるメイク、良し! お金、レイコから借りた、よし!

 出発!」


 最初に行くのは、お店である。

 客が店に入る。何のおかしなところもない、一番自然な行動である。そして、遠方から来た旅人として、店員に色々と尋ねても、全く不審なところはない。情報収集の方法として、完璧であった。

 そして……。


「入るわよ!」

「え、ええ……」

 しばらく店の前で躊躇った後、ようやく意を決したらしいカオルの言葉に、レイコが頷いた。

 そして、入り口の扉を開けて、店内に入るふたり。

 選んだのは、土産物店ではなく、薬種屋の方である。その方が客が少なく、ゆっくりと店員と話せると考えたからであった。

 店内に入ったふたりに、会計台カウンターの向こうから、いらっしゃいませ、という声が掛けられた。

 店番は、60歳前後の、この世界としてはそこそこのお年寄り。まぁ、土産物店ならばともかく、こういう渋い系の店に、あまり若い店員は似合わない。薬種屋の主人は年寄り、と相場が決まっている。


(さて、話の切っ掛けとしては、私達が冷やかしではなくちゃんとした客であると思わせ、かつ、ただの商品の売買では終わらせない話題が必要、と……。そう、マニアックで高価、かつこの店には無さそうな品のことを聞いて、そこから話を膨らませればいいってわけだ……。ならば!)

「ヘモルトの種、モルトグルの実と、クルコルの葉っぱ、ありますか?」

 そう、長命丹ちょうめいたんの材料の、超高価な稀少素材である。

 この3つを買うということは、長命丹のこととその素材を知っているということであり、それ即ち、普通の平民ではない、ということである。なので、カオル達が只者ではないということの証明となり、そして店には置いてない高価な素材の入手について話し込むことにより、色々な話に繋げることが……。


「ありますよ。長命丹ひと瓶作るのに必要な分量で、全部で金貨35枚です。うちで調合もできますよ?」

「あるんかいっっ!!」

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― 新着の感想 ―
てっきり、その日に戻るのかと。 流石FUNAさま。サスフナ!!
[一言] >あるんかい! 70年も経過してりゃ技術革新もすすんだのかなあ
[一言] 七十年の年月を実感する品揃え(笑)
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