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171 帰 還 4

「で、王都に着いたわけだけど……」

 バルモア王国の王都、グルアに到着。

 勿論、カオルはポーションで髪と眼の色を変え、服装も、目立たないものに変えていた。

 カオルも、トレードマークのようになっていたお気に入りの服装だけでなく、一般的な普通の服くらい持っているし、それらはアイテムボックスに入れてあるので、劣化もしていない。

 ……デザインがほんの少し、70年ばかり古いが、大した問題ではない。……多分。

 そして、カオルに会ったことのある者は、もう殆ど残ってはいまい。かなりのお年寄りにだけ気を付けていればいいし、それも、70年以上前に何度か会ったことがある、という程度であれば、もうカオルの顔を覚えてなどいないだろう。

 おまけに、カオルは一般的には『女神』ではなく『女神の御寵愛を受けし人間』としての、御使い様扱いであった。そう、御使いといっても、天使や精霊のような女神の眷属とは違い、ただの人間だと思われていたのである。

 そのため、カオルがいつまでも昔のままの容姿であると思っている者は、フランセットや『女神の眼』の子供達のような、カオルのことを女神様だと信じている者達だけである。なので、バレる可能性は、殆どないはずであった。


「これから先、私のことは『カオル』って呼んでね。『長瀬香』でも、『香』でもない、この世界の住人のひとり、『カオル』って。日本人、長瀬香は、もういないんだ。

 ……それに、ここじゃ、名字があると貴族だと思われるからね」

「……分かった。それじゃ、私も、『レイコ』だね。この、新しい名前と命で、新しい世界に生きてゆく!」

 さすが礼子……、いや、レイコ。話が早い。

 カオルという名は、カオルがアイテムボックスに入った頃には、既にかなり広まっていた。

 そう、女神の御寵愛を受けし少女の名にあやかり、カオルという名を生まれた娘に付けるのが流行はやっていたのである。なので、現在は既にカオルという名の女性は、生まれたばかりの子供から70代半ばあたりまで広まっているはずであり、カオルがその名を名乗っても、誰も何とも思わないはずである。どこにでもいる、超ありふれた名前なので。

 ……つまり、偽名を名乗る必要は全くない、ということであった。


「まずは、宿を取ろう。移動中ならばともかく、王都内でテントを出して夜営をするわけにはいかないからね。出遅れて、いい宿が取れなかったら大変だから」

 カオルの言葉に納得し、とりあえず宿を探すふたり。

 お金は、レイコがちゃんとセレスティーヌからせしめていた。セレスティーヌが作った贋金にせがねではなく、ちゃんと人間によって作られた本物であり、セレスティーヌ曰く、『完全に人間の所有権から離脱したもの』らしい。

 ……多分、海に沈んだ船に積まれていたとか、そういう類いのものなのであろう。

 贋金を作るのは簡単であったと思われるが、おそらく、そういうのはセレスティーヌの矜持に反するのであろう……。


 勿論、カオルのアイテムボックスには、昔稼いだかなりのお金が入っている。

 しかし、何と、この70年の間に貨幣のデザインが変わってしまったらしいのである。おまけに、数カ国で完全に互換性があるという……。

 大陸全土で、というわけではなく、この辺りの数カ国、具体的に言うと、バルモア王国、ブランコット王国、アシード王国、アリゴ帝国の、半島部の4カ国で完全互換、更にブランコット王国に大陸側で隣接するドリスザートとユスラル王国でも、ほぼ現地の貨幣と同じ価値で使用することができるらしかった。

 貨幣の鋳造は、当然ながらそれぞれの国で行われるが、その組成、つまり金や銀の含有量や重さが厳密に決められ、統一されているため、同じ価値の貨幣として完全に互換性を有しているということである。


 普通であれば、通貨というものの価値は、それを発行している国の信用度によって変化するものであり、ただ単に金や銀の含有量が、というものでもないはずであるが、まだそういう『国の信用』という段階に達していないのか、それともこの4カ国はひとつの商圏として安定しているからか、そういう離れ業を実現させることに成功したらしい。




「……で、これが今の貨幣なんだけどね……」

 宿を取った後、部屋でレイコがそう言って巾着袋から取り出したのは、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨の、一般的に使われる硬貨、5種類。他にもあるが、それらは商人の大きな取引だとか、国家間の貿易に使われたりするもので、一般庶民が目にするようなものではない。

 そして、レイコが出した硬貨をじっくりと眺めるカオル。

 どうやら、どの硬貨も全て、表側は同じ人物の顔がデザインされているらしかった。

 それでも、顔の向きや表情が変えてあるし、材質や大きさが全然違うから、間違えるようなことはないのであろう。


「……あれ? この顔って……」

 なんだか、嫌な予感がするカオル。

「……今は、金貨何枚と銀貨何枚、とかいう言い方じゃなくて、お金の単位で表現するらしいよ。円やドルみたいにね。まぁ、昔ながらの言い方をする人も多いらしいけど。

 で、その『お金の単位』なんだけどね……、『カオルン』って言うんだって。昔の聖人、『御使い様』の名前にちなんで……」

「ぎゃあああああ! やっぱりいいいいぃ~~!!」

 そう、その硬貨に刻まれている人物の顔は、目付きがかなり悪かった。

 おそらく、これでも、かなり気遣って修正されたものだとは思われるのであるが……。


「ま、まぁ、昔の貨幣も使えないわけじゃないらしいから……。古銭扱いじゃなくて、ちゃんと店頭で通用するらしいよ。信用通貨じゃなくて、地金の価値での通貨で良かったね。

 まぁ、3パーセントほど安くなるから店頭での計算が面倒で嫌がられるし、目立っちゃうけどね。早めに両替商かどこかで換金しといた方がいいかも……」

 レイコがそう言って慰めるが、勿論、カオルがショックを受けているのはそんなことではないということくらいは分かっている。ただ、ピント外れを承知でこうでも言わないと、他に慰めようがなかったのである……。




 宿を取ったのは、まだ早い時間である。なので、ようやく王都に到着したというのに本日はこれでおしまい、などということが我慢できるカオルではなかった。

 早速、レイコと一緒に出掛けるカオル。行き先は、勿論カオルが買い取り、『女神の眼』の孤児達に与えた、あの家である。

 大事なことを後回しにして、『もう少し早く来ていれば……』などというお約束をするには、カオルは様々な物語を読みすぎていた。

 70年以上も経っているのだから、あの家がまだあるとは思っていない。

 しかし、とにかくまず最初に、その場所が現在どうなっているかを確認し、その後、明日から孤児達の消息を確認するつもりであった。

 ……のであるが……。


「どうして、そのまま残ってるのよ……。しかも、現役で……」

 そう、煉瓦造りとかであればともかく、木造の、それもごく普通の中古の家だったのである。最初は賃貸で借りて、後に買い取ったのであるが、その時点で既にかなりの年季物であった。あれから70年も使い続けられるようなものではなかったはずである。良い建材を使ってしっかりと造られた古民家とかではないのだから……。


 そして、あの家は以前のまま……勿論、かなり老朽化してはいるが、ちゃんと補修され手入れされている……であるが、その周囲は大きく様変わりしていた。

 左右は大きな商店になっており、裏の方は集合住宅のようなものがいくつか建っている。それも、独身の従業員のための寮のようなものから、家族用らしきものまで、各種……。


「周りが発展して土地が買収されても、ここは売らずに守り続けたのか……。

 さっさと売り払って、そのお金をみんなで分けて巣立て、って言っておいたのに……。あの、馬鹿共が……」

 あの子供達も、結婚し、子や孫を成したことだろう。そのうちの誰かを住まわせて、ずっとここの維持管理を続けてきたのか。

 いつかカオルが、再び降臨するかもしれないと思って。

 その、殆どゼロにも等しい可能性に備えて。

 そう考えると、両頬を伝う熱い涙をこらえることができないカオルであった……。




「ん? 何々……」

 しばらく経って、ようやく落ち着いたカオルがふと気が付くと、玄関の横に、何やら立て札が立ててあった。近付いてそれを読んでみると……。


『女神カオル真教総本山』


「何じゃ、そりゃああああああぁ~~!!」

 思わず叫んだカオルの口を、慌てて手で塞ぐレイコ。

 そして、カオルが黙ったのを確認したレイコは、左右の店の看板を指差した。


『薬種屋 女神の眼』


『土産物店 女神の眼』

『カオル様煎餅(せんべい)あり(ます)


「全部、あいつらの店かいっ! そして、どうして饅頭じゃなくて煎餅なんだよ!

 当て付けか、ええっ!!」

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― 新着の感想 ―
ああー、なるよね、教団に。 そして、お土産は平らかな煎餅。
子供達は最初の家を守って保存しているようですね、思わず涙ぐむカオルちゃんですがお土産の煎餅に激怒、そう言えば他の二方も同じ悩みを抱えていたような〜
[一言] まあ実際に大多数の人々を救った上に女神の友人だから貨幣になるのも不思議じゃないねw
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