169 帰 還 2
翌日、宿を引き払ったふたりは、王都を後にした。
行き先は、勿論バルモア王国の王都、グルアである。
カオルには、そこで確認しなければならないことがたくさんある。
そう、自分が大事にしたかった者、守りたかった者がどうなったのか。カオルが突然いなくなった後、その者達がどうなったのか。それを確かめずにはいられなかったのである。
あの後、事件がどうなったのかも、気にはなる。
しかしそれは70年近くも昔の話であり、事件としてはとっくに終わったことである。関係者の大半も、もう生きてはいまい。処刑によって。あるいは寿命によって。
なので、そんなものは後でゆっくり確認すればいい。
この世界では、平均寿命はとても短い。
乳幼児の死亡率や出産時の母親の死亡率だけでなく、成人男性の死亡率も、普通に高い。たとえ戦争による大量の死者が出なかったとしても。
なので、カオルの知り合いが現在も生きている確率は、そう高くはないであろう。おそらく、1割も生きていれば上等、といった程度であろうか……。
しかし、確かめずにはいられない。
カオルが消えた後の、彼ら、彼女達が辿った人生を。その軌跡を……。
自分が守るつもりであり、そして守れなかった、子供達。
受けた恩を返すつもりで、返せなかった人々。
その人達の、人生を……。
* *
「そろそろ、夜営にしようか」
「うん。じゃあ、道を外れて、街道から見えないところへ行こうか」
カオルは礼子にそう答え、街道から見えないところ、つまり怪しい連中に狙われないところへと移動して……。
ぽんっ!
アイテムボックスからテントを出したカオル。
「あ~、私はまだ、何にも入れてないからなぁ。早めに水と食料、その他の必需品を入れとかなくちゃ……」
「え?」
カオルがアイテムボックスからテントを出すのを見て口にした礼子の言葉に、カオルが驚いたような顔をした。
「……あるの? アイテムボックス……」
「うん。あ、水は出せるけど、やっぱりいちいち魔法で出すのは面倒だからね。適当な容器に入れたのをアイテムボックスから出す方が使い勝手がいいから……」
「うん、それは分かる……、って、ポーション作製能力も? パクリだあぁっ!」
あれだけ知恵を絞って考えたのに、と膨れっ面のカオル。
それに、それだとキャラが丸かぶりである。
いや、別に困るわけではない。困るわけではないが……。
「いえ、貰ったのは違う能力よ。『無制限でどんな魔法でも使える』ってやつ……」
「チートだああああぁっっ!!」
「香には言われたくないわよっっ!!」
そしてカオルは、礼子から、あの後の地球のことを聞いた。
……但し、自分の家族のことについては話さないよう、礼子に釘を刺してから。
もう、二度と会えないのである。苦境に立っていると知っても、何もしてあげられない。不幸な目に遭っていたとしても、今更、どうしようもない。今の自分なら、怪我も病気も簡単に治してあげられるというのに、何も……。
それならば、いっその事、何も知らずに、みんなは幸せに生きたのだろうと思っていた方が余程いい。それに、もしかすると地球の神様が、お詫びとして、家族の本当の窮地にはほんの少し手助けしてくれたという可能性もある。だから、知らないままが一番だ。
自分は、あの世界の者にとっては、もうとっくに死んだ人間である。別れは、あの時に済ませた。だから、自分が頭に思い浮かべる家族の姿は、あの時の姿でいい……。
カオルがそう考えるのは、決しておかしくはなかった。
「なのに、どうして追いかけてくるかなぁ……」
「何よ、それ!」
カオルが思わず溢した独り言に、礼子が噛みついた。
「どうして、って聞かれても、そんなの、決まってるじゃない。それは……」
「それは?」
「私が、久遠礼子。長瀬香の親友だからよ!」
「……馬鹿……」
そして、互いに情報交換を。
「えええええ! 恭ちゃんも来るってええぇ!!」
「うん。そりゃ、私達は3人揃ってこそ、だからね!」
いかにも今風の普通の女の子、という感じの、恭子。本当は結構頭が回って気遣いができるのに、目付きのせいで強面扱いの香。そして、おとなしく気弱な文学少女の仮面を被った、シビアで辛辣な礼子。
ちょっかいを掛けてくる男共も、詐欺師もセクハラ教師も後輩苛めの先輩達も、3人揃えば無敵!
クラスメイトや後輩の女子達に頼られ、全ての悪を打ち砕く!
「「我ら、学園の守護者、『KKR』!!」」
ちなみに、『KKR』とは、香、恭子、礼子の頭文字を並べたものである。決して、『国家公務員共済組合連合会』とかではない。
「「ぎゃああああああぁ~~!!」」
そして、カオルにとっては数年振り、礼子にとっては数十年振りに思わずやってしまった暗黒歴史の象徴、『KKRの名乗り』に、頭を抱えて転げ回る、カオルと礼子であった……。
「……はぁはぁはぁ、かなりのダメージだったわね……」
「死ぬかと思った……」
そして、ようやく強烈なダメージから何とか立ち直った、カオルと礼子。
「……でも、礼子、おばあさんになったんでしょ? なのに、どうして昔のままなのよ?」
カオルからの当然の疑問に、礼子は軽く答えた。
「ああ、それ? 私も、気になって地球の神様に聞いたのよ。そうしたら、『意識体の疲弊は、本人の精神的な摩耗による劣化と、肉体の老化によりもたらされる』とか言ってたわね。つまり、心が磨り減ってしまうか、身体や脳の劣化に引きずられる、ってことらしいわよ。
そして、死ぬと肉体のくびきから脱して、魂は活性を取り戻し、意識体は霧散するらしいんだけど……」
「私達は、その前にサルベージされた、と?」
「うん、そう。そして意識体にエネルギーみたいなものを補充してくれて、ピンピンよ!
言うならば、古いガタガタのPCからCPUを外して、クリーンアップして新しいPCに付け替えた、って感じかな。
……あ、香はその必要がなかったとかで、そのまま転生したらしいけどね。
まぁ、そういうわけで、今の私は『若い頃のままのテンションで、数十年分の知識と記憶がある』というような感じかな。こっちの世界に来ることが分かっていたから、それ用に色々な勉強もしたしね。化学、物理学、機械工学、政治経済、その他諸々……。だから、今の私は……」
「……ロリババア?」
「オマエモナー……」
「「ぐぬぬぬぬぬぬ……」」
「あは」
「ふは」
「「あはははははは!!」」
何年経とうが、礼子は礼子であった。カオルの、ふたりしかいなかった親友のうちの、ひとり……。
「あ、眼鏡、そのままなの?」
「うん。視力は、勿論治してもらってるよ。だから、伊達眼鏡なんだけどね。度は入ってないよ」
「え? じゃあ、どうして掛けてるのよ?」
「その方が……」
「その方が?」
「カッコいいからよ!!」
「…………」
しかし、カオルには察しがついていた。
多分、これは自分のためなのだろうな、と。
中学校からの10年以上の付き合いは、ずっとこの状態であった。
眼鏡を掛けた礼子と、目付きが悪い香。
だから、再会の時も、眼鏡を掛けたままで。
……きっと香も、目付きが悪いままなのだろうから……。
「うるさいわっっ!!」
急に、勝手に叫んだカオルに、にっこりと微笑む礼子。
カオルが何を考えたかくらい、当然察している。
何せ、長い付き合いの、親友なのだから……。
来週、再来週の2週間、夏期休暇として、なろう更新をお休みさせて戴きます。
……いや、『休暇』とは言っても、実際には、『のうきん』12巻書籍化作業、『ろうきん』、『ポーション』書籍化作業、コミックス書き下ろし小説、ブルーレイディスク特典小説、休暇明け用のなろう原稿、その他色々を……。
って、どこが『休暇』やねん!(^^)/
まぁ、そういうわけで……。
せめて、2~3日くらいは、本当に休みたい……。〇| ̄|_




