168 帰 還 1
「か、かかか、カオルちゃんんんんん~~!!」
「必ず来てくれると思っていたよ、セレス! そう信じていたから、他の対処を何も考える暇がなかったあの瞬間、コンマ数秒の時間で、迷わず、全く躊躇うことなくアイテムボックスに退避することを選択できたんだからね。時間が停止していて、自分では二度と出ることが叶わない、アイテムボックスの中へ……」
そう、カオルのアイテムボックスには生物も収納できるということは、アリゴ帝国の侵略時に、井戸に飛び込んだベルを収納したことで、実証済みであった。
そして、それを聞いて、カオルに抱きついて歓喜の叫びを上げていたセレスティーヌの頬に、たらりとひと筋の汗が流れた。
……汗をかくような身体構造ではないであろうが、おそらく、感情表現のためにそういう機能が備わっているのであろう……。
「も、ももも、勿論ですよっ! わ、わわわ、私がカオルちゃんのことをそう簡単に諦めて、ほ、ほほほ、放置するなどということは……」
引き攣った笑顔を浮かべたセレスティーヌの眼には、はっきりと映っていた。
カオルの後方に立つ少女が、ゆっくりと動かした口の動きが……。
『コ・ノ・カ・シ・ハ・オ・オ・キ・イ・デ・ス・ヨ……』
(ぎゃあああああ~~!!)
あのような常識外れの特典をずけずけと要求した、この図々しい少女に、とんでもない借りを作ってしまった……。
しかし、カオルに『実は、自分は簡単に諦めて放置していた。本当ならば、カオルは永久にアイテムボックスの中に居続けるはずだった』などということを知られるわけにはいかなかった。決して!!
なので、この『借り』がとても高いものにつきそうな気はしたものの、この場を誤魔化してくれるつもりらしい少女の厚意に縋るしかない、セレスティーヌであった。
「とりあえず、この、焼けてボロボロ、かつびしょ濡れの服を何とかしなきゃ……」
穴に落ちた時の打撲と、炎に包まれたことによる火傷は、既にポーションで治してある。勿論、かなり燃えたり焦げたりしていた髪も修復済みである。
本当であれば、もっと酷い火傷を負い、それだけで死にかけていてもおかしくはなかったのであるが、どうやらセレスティーヌがかけてくれていた自動防御措置のおかげで、ちょっとした火傷程度で済んでいたらしい。
そしてここで、ようやくカオルはもうひとりの存在に気が付いた。
「……あれ……」
見覚えのある少女。
地球を去ってから5年弱であるが、もっと前、少なくとも10年以上は昔に思える、この『久々感』。
しかし、何年経っていようとも、忘れるはずがない。
たったふたりしかいなかった、自分の親友。
その姿を、見間違えるはずがなかった。
「……礼……、子……、の、高校生バージョン……」
そう、それは、自分と同じく、15歳の時の身体となった久遠礼子。自分の、ふたりしかいなかった親友の、ひとりであった。
礼子は、カオルに較べて発育がいい。……特に、身体の特定部分の。
なので、カオルは礼子を『高校生バージョン』であると思ったが、実際には、カオルと同じく15歳になった時点での身体なので、中学生バージョンなのであるが……。
「……へへ、来ちゃった……」
「礼子おおおおぉ~~!!」
カオルと会えるということを信じていた、いや、会えると分かっていた礼子と違い、カオルにとっては突然のことである。絶叫して抱きついても、仕方ない。
そして、びしょ濡れのカオルに抱きつかれたため、同じくびしょ濡れになってしまった礼子。
「ふたりとも、積もる話はあるでしょうが、とりあえず場所を変えましょう。大勢の人間がやってきます」
「「あ……」」
さすがに、異状に気付いた衛兵達が駆け付けるであろう。何しろ、大量の水がこの建物からあふれ出たのであるから……。
「修復、洗浄、乾燥!」
セレスティーヌが、水流により破損した部分を修復し、汚れを落とし、乾燥させて、先程の痕跡を完全に消し去った。そのついでに、カオルの衣服もその恩恵に与り、修復と洗浄、そして乾燥をしてもらった。
しかし、先程建物から流れ出た大量の水を処理するには手遅れであり、そちらはそのまま放置されたのであった。
「転移します!」
そして、そこには誰もいなくなった。
現場に駆け付けた衛兵達は、何も変わった様子のない聖地、そして大量の水が流れたその周囲を見て困惑するばかりであったが、後に聖職者達から『きっと、あの出来事以来お姿を現しにならないセレスティーヌ様が、カオル様を悼んで流された涙だったのであろう』との意見が出されたことにより、皆が納得したのであった。
* *
「では、私は早速、『あの人』に報告に行きますので!」
カオルと礼子をいったん街の外に転移させた後、礼子の頼みで宿屋に再度転移し、すぐにそんなことを言って姿を消した、セレスティーヌ。
カオルにとってはあの時からの経過時間はゼロであるし、セレスティーヌにとっても、カオルがいない間のことは、話題にするようなことではない。なので、今のセレスティーヌにとって最も重要なことは、このことを伝えて、『あの人』のところへの訪問を再開することなのであった。
そして、ふたりきりになった、カオルと礼子。
これに備えて二人部屋を取っておいたので、このまま朝まで話していても問題ない。
「で、礼子、いったいどうしてここへ……。それに、その姿は……」
そう尋ねるカオルに、さらりと答える礼子。
「あなたと同じよ。死んで、あの地球の管理者である神様モドキに転生させてもらったの」
「え……」
カオルは、礼子の若い時の姿を見た時から、そうではないかと思ってはいた。それ以外に、この状況の説明がつかないので。
しかし、それはあまりにも……。
「あの野郎、失敗は数千年に1回、とか言っていたくせに、こんなに短期間で、しかも、選りに選って私の友達を……」
そう言って、ぎりり、と歯を食いしばるカオル。
「あ、違う違う! 神様のミスじゃないわよ。私はちゃんと天寿を全うしたからね!」
「え? でも、こんなに早く死んじゃうなんて……。事故か何かなの?」
「ううん、老衰」
「……え? ええ? えええええ~~っっ!!」
* *
「……それじゃあ、地球ではもう、そんなに時間が経ってるのか……。この世界とは時間の流れが違うのかな……」
「え? いえ、時間経過は同じだって言ってたわよ、地球の神様が」
「え?」
「だから、この世界でも同じだけの時間が過ぎているはずよ、香が転生してから……」
「えええ?」
「セレスティーヌ様も言ってたわよ、香が姿を消してから、もう70年近く経ってる、って……」
「えええええええええ~~っっ!!」
カオル、呆然。
「ど、どどど、どうしてそんなことに……。セレスの奴、すぐにアイテムボックスから助け出してくれたんじゃあ……。
あ。
助け出された時に、礼子がいた。
そして、数十年が経過していた。
……セレス。セレスううううぅ~~!!」
バレた。
全てが露見してしまった。
仕方ない。所詮、隠し通すことなど無理な案件であったのだ……。




