166 最 期 4
「お待ち下さい!」
しかし、セレスティーヌの身体から噴き出す、実体を伴っているかの如き威圧の波動で他の者達が身動きもできない中、無謀にもセレスティーヌを止めようとした者がいた。
「あなたは、確か……」
「はい、カオル様の守護騎士である、フランセットです!」
セレスティーヌは、フランセットをじろりと睨めつけた。
「あの、歪みの時には、色々と偉そうなことをのたまってくれた……」
「うっ!」
どうやら、あの時はカオルの手前素直に聞いていたが、やはり不愉快だったのか、かなり根に持っていたようである。
「で、カオルちゃんを護ることもできなかったくせに、恥ずかしげもなく『守護騎士』を名乗る下衆が、今度はどんな面白い説教を聞かせてくれるのかしら?」
(((((怒ってるううううぅ~~!!)))))
恐怖に震える四壁とフェルナン達であるが、どうせ大陸全滅は決まっているのである。どうなろうが、これ以上事態が悪化することはない。……セレスティーヌが、この大陸だけでなく、全世界を滅ぼす、とか言い出さない限り。
そしてさすがに、女神として、そこまでやるとは思えなかった。いくら怒り狂っていたとしても……。
なので皆、フランセットを止めようとはしなかった。
カオルの信奉者同士、そして怒り狂って我を忘れている者同士で、もしかすると話が通じるかもしれない。その可能性は、ゼロではない。そんな微かな、一縷の望みを抱いて……。
「カオル様は、それをお望みではありません! カオル様は、自分達に敵対して危害を加えようとしている者には容赦がありませんが、たとえ敵国の者であっても、罪のない者達には慈悲を賜れました。そのカオル様が、罪無き者達、そして自分と仲良しだった者達の死を望むとは、到底考えられません! きっと、このことを知られた時、悲しまれます……。
カオル様がここへ来られたのも、少しでも無駄に失われる命を減らそうとお考えになってのこと。それを無にし、それどころか、更に多くの命が失われることになれば、カオル様は……」
「うっ……」
セレスティーヌが、フランセットの言葉に怯んだ。
自分自身は、下等生物のことなど殆ど気にしていない。しかし、カオルに対しては特別な思いがあるし、死した今となっても、自分の友達になってくれ、『あの人』の件では色々と力になってくれたカオルの思いを尊重したいという気持ちは変わらなかったのである。
セレスティーヌは、カオルが死んだ、つまり完全に消滅したことを知っているが、フランセットは、カオルはただこの世界で使っていた仮の姿である肉体を失っただけであり、自分が管理する世界へ戻っただけだと思っている。そのため、一時的な怒りが収まった今は冷静であり、セレスティーヌに対して耐性がある自分が何とか説得せねばという義務感で、必死であった。
何しろ、自分に、この大陸に住む全ての生物達の運命が掛かっているのであるから……。
「ここは、カオル様のお心を尊重して、何卒、御慈悲を……」
そう言って跪くフランセットに、他の者達も慌てて後に続いた。
「……分かりました。ここはカオルちゃんの思いを汲んで、『カオルちゃんが原因で、大勢の人間が死ぬ』という事態になるのは避けましょう……」
セレスティーヌのその言葉を聞いて、フェルナン、四壁、そしてフランセットは喜びに震えた。その感情を顔に表すことはなく、心の中だけであったが。
自分達がここで死ぬことは、とっくに覚悟していた。今はただ、自国の国民や他国の者達に累が及ばないこと、それだけを願っていたのである。この事態の責任を取り死ぬのは、自分達だけにしてもらえれば、と……。
「ありがたき幸せ! では、この場におります我らの命をもって、お怒りをお鎮めいただけますよう……」
そして、跪いた姿勢から、その場へ座り込む形へと体勢を変えたフランセット。他の者達も、それに続いた。おそらく、女神に命を奪われた後におかしな体勢で倒れ込むことを避け、綺麗な姿勢で絶命することを望んでのことであろう。
それに対して、セレスティーヌは……。
「愚か者めが! カオルちゃんの意図に反する、カオルちゃんが悲しむ、などと言っておったその口で、カオルちゃんが最も信頼していたお前達を殺せと言うか。……馬鹿なのか?」
言われてみれば、その通りである。
己の馬鹿さ加減に呆れ果て、がっくりと肩を落とすフランセットであった……。
「もうよい! 元凶共は、お前達が全て処分せよ。取りこぼしは許さぬぞ!」
そう言って、セレスティーヌは姿を消した。
おそらく、セレスティーヌにとって、カオルを失った今はこの世界の個々のことに関しては殆ど興味をなくしたのであろう。
そしてまた、以前のように、人間達とはあまり関わらずに、『歪み』に関する仕事のみを淡々と行うのであろう。カオルがこの世界に来る前のように……。
「「「「「「…………」」」」」」
そして、どんよりとした顔の、フランセット、四壁、そしてフェルナン一行。
元ルエダの神官達は、床に転がったまま呻き、そしてギスランは玉座に座ったまま、助かった、助かったと呟いている。……全然助かってなどいないというのに……。
「……これを、この事実を、ロランド様に、そして陛下や国民達に知らせねばならぬのか。そして、エミールとベル、レイエット達に……。
いくら戦争で大勢の命が失われることを回避できたとはいえ、代償があまりにも大きすぎる……」
四壁も、そしてフェルナンとその一行も、言葉をなくして、ただ項垂れるのみであった……。
* *
「死んだか……」
白い場所。
ここには、昔、一度来たことがある。
「お久し振りです」
そして姿を現した、白い衣服を着た青年。
そう、自称『神様のようなもの』、そしてその正体は、人類がミジンコ以下に思えるくらいの、高次生命体……らしい。
「恭子はどうしています?」
「御健在です。かなりお年を召して、殆ど寝たきりのような状態ではありますが……」
同級生なのだから、年齢のことは分かっている。ここしばらく連絡していなかったのも、互いに殆どベッドから動けなかったからだ。特に自分は、点滴だとか酸素パイプだとかを繋がれていたし……。
そうか、私が先発か……。
「香の方は、どういう状況ですか?」
そう尋ねると、その自称『神様のようなもの』が、突然頭を下げた。
「申し訳ありません! 長瀬香さんは、お亡くなりになりました……」
「え……」
そんな馬鹿な!
「どうして! あの子には、あの世界の女神の加護があるって! 病気も怪我も老衰も、関係ないって! どういうことですか!!」
問い詰め、説明を要求したところ、事情を詳しく説明してくれた。
「じゃあ、再度転生を、ということもできず、香はそのまま完全に消滅、つまり死亡した、と?」
「……はい。誠に申し訳なく……。ですので、礼子さんがあの世界に転生されるための目的は失われました。それで、もしよろしければ、お詫びと補填のために、他のいくつかの世界の中からお好きなものを選んでいただき、そこに転生していただくことも可能ですが……」
「いえ、予定通り、香と同じ世界へ。それ以外の選択肢はありません」
「し、しかし、もう既に香さんは……」
「それでもです!」
私は、引かなかった。
「だって、私は久遠礼子。長瀬香の親友なのだから! たとえ離ればなれになってから何十年経っていようが。そして、香が既に死んでいようが。だから、私が行く世界はただひとつ。香が行った世界である、ヴェルニーのみです!!」
そう言って、私は凄絶な笑みを浮かべた。
私は、全く信じてはいなかった。あの長瀬香が、そう簡単に二度も死ぬなどということは。
そう、それが、たとえ神様からの言葉であったとしても。
* *
「申し訳ありませんでしたああぁっっ!!」
どこで覚えたのか、いきなりジャパニーズ土下座をかましてきた、女神様。
まぁ、理由は分かっている。あの、地球を管理している神様モドキから全て聞いている。
「とりあえず、香が貰ったのと同じ条件の身体と、アイテムボックスと言語理解能力。これは基本装備ですよね? そして特典のチート能力は、『あらゆる魔法が、無制限で使い放題』で!」
「ぎゃあああ! とんでもなく図々しいのが来ましたああぁ!!」




