164 最 期 2
「第二王子、ギスラン殿下……」
「いや、今は国王だ。陛下、もしくはギスラン様と呼んでくれ」
「…………」
気の毒な人相手は、どうもやりにくい。
しかし、予定通り進めるしかないか……。
「父王を殺害し、王位を簒奪せんとして兄をも殺害しようとし、更には簒奪行為から世間の目を逸らすために、条約を破り友好国であるバルモア王国に一方的に攻め入ろうとしたこと、明白です。なぜこのようなことをなさいました?」
私の言葉に、え、という顔をした第二王子、ギスラン。
「何を今更……。兄、フェルナンは御使いカオル殿に無礼な行いをし、敵対した者。ならば廃嫡し、私が王位を継ぐのが当たり前であろう」
ふぅん、父王殺害や兄の殺害未遂については、否定しないんだ……。
そして、フェルナンは私のことを『御使い様』と言っていたけれど、コイツは『御使い殿』か。
いや、脳内翻訳機が、そこまで日本語的に正確なニュアンスを伝えているのかどうかは分からないけれど、あくまでも自分の方が御使いより上位、と考えているのは何となく分かる。
まぁ、そもそも『褒美として、我が妃として迎えよう!』だからねぇ。どれだけ自分に価値があると思っているのか……。そんなの、私にとっては、ただの罰ゲームだよ……。
「でも、第一王子は確かに私を不愉快にさせましたけれど、あなたは私が滞在しているバルモア王国に対して戦争を仕掛けましたよね、一方的に条約を破って。これは私に対する宣戦布告であり、第一王子の不愉快な言動など問題にならないくらいの、女神に対する敵対行為ですよ」
「え……」
きょとんとした顔の、第二王子。……いや、今はもう王子じゃないか。
でも、国王と言うのも業腹だから、ただの『ギスラン』でいいか。
「カオル殿は、バルモア王国を見限り、出奔したのでは……」
あ、やっぱりそう考えていたか。
「いえ、少し旅に出ていただけですが? 私が楽しむための、諸国漫遊の旅、というやつに。
バルモア王国には、今もちゃんと私の持ち家がありますよ。……誰かに騙されたのでは?」
「なっ!」
驚愕に眼を見開き、ばっ、と振り返って後方に控えている神官達の方を向いたギスラン。
「は、話が違うではないか! お、お前達が……」
うん、あいつらが、元凶であるルエダの残党か。
……いや、この部屋へ入った瞬間から分かっていたけど。
しかし、おかしいなぁ。追い詰められたはずなのに、妙に余裕があるな、神官達……。
確かに、ギスランや神官達と私達の間には、大勢の近衛兵達がいる。王族を護るのが任務の近衛兵なのだから、当然、腕利き揃いだ。それに対して、こちらは物理的な戦闘力ほぼゼロの私を入れても、たった6人だ。
でも、知らないとは思えない。
鬼神フランと、神剣を賜りし4人の近衛兵、『四壁』のことを。
そして、私の『物理的ではない戦闘力』についても……。
フランセット達がフォーメーションを変え、私の糾弾用に前を開けていた陣形から、私を取り囲む陣形へと移行した。敵の攻撃から私を護ることが第一優先だから、当たり前か。
それに、わざわざ自分から敵のところへ行かなくても、私の前にいれば向こうから来てくれるから、追い回す必要がなくて効率がいいだろうからね。
亀の頭と手足みたいな配置になって、頭の部分、つまり陣形の先頭は、勿論フランセット。そして私は甲羅の中心に位置している。これで近付く敵を薙ぎ倒し、敵側の兵士を全部片付けてからギスランと神官達を捕まえて縛り上げる、というわけだ。神剣を持ったこの5人なら、それくらいは危なげなく実行できるだろう。
剣を振るうためのスペースが必要なので、みんなの間隔は割と広い。でも、その間を突破して私に危害を及ぼすことを許すような連中じゃないから、心配はない。
そして、私はフランセットの後に続き、一直線に敷かれた絨毯の上を歩き、ギスランに近付き。
がこん!
……落ちた。
「痛ぇ!」
突然床が抜け、4メートルくらい下まで落ちた。
一応は足から落ちたけど、そのまま尻餅をついたから、尾てい骨を強打したよ、くそ!
落とし穴たぁ、古典的だな、オイ!
フランセットが歩いた時には何ともなかったということは、フランセットが通ったあとで安全装置か何か、支え棒的なものを解除したのか……。
でも、この程度の落とし穴じゃ、せいぜい足首を捻挫する程度だ。本気で殺す気であれば、底に毒を塗った杭とかを植えておくものだよね、普通は。
それに、中には水が少し溜まっているのと、葉を付けたままの枯れた木の枝、藁や干し草とかが敷かれていて、それがクッションになったらしい。
怪我をさせないようにとの配慮かな?
……とか考えていたら……。
ぼぅん!
「ぎゃあああああああ! あ、熱、熱いいいいいいぃ!!」
突然、炎に包まれた!
下に溜まってるの、水じゃなくて、油アアアアァ!
木の枝や藁、枯れ草等は、クッションじゃなくて、油を一気に燃え上がらせるための可燃物ウウウウゥ!!
「しょ、消火ざ……」
焦って消火剤を創り出そうとした時、周りに影が差した。
反射的に、上を向くと……。
「あ」
自分に向かって落ちてくる、この穴の大きさにぴったりの、丸くて大きな岩らしきものが見えた。
もし、時間があれば。
ほんの数秒の時間があれば、何かいい案が浮かんだかもしれなかった。
超合金製の、岩を支えられる強固な檻形のポーション容器。
その他、何らかの案が浮かんだ可能性は、ゼロではなかったかもしれない。
しかし、4メートルそこそこの高さを岩が落ちるのには、1秒も要しなかった。
火を消すことに意識が向いていた時の、急な出来事に対して、1秒未満。
何かを考え、ポーションの容器として創造するには、それはあまりにも短すぎる時間であった。
そして……。
「やった! 遂に神敵を潰したぞ! 文字通り、ぐちゃぐちゃの、ペタンコにな!」
「ふはははは! 4年半前に仲間のひとりが襲撃した時には、ナイフの刃が通らず失敗したらしいが、炎で焼かれ、熱風を吸い込んで胸を内側から焼かれ、大岩で潰されたのでは、いくら防刃着を身に着けていようが、どうしようもあるまい! そして炎の中では息をすることもできん! 骨まで燃え尽きて、灰になるがよい!!」
今まで目立たぬようにおとなしくしていた神官達が、浮かれて叫びまくっていた。
「ちゃんと空気穴を開けてあるからな、油が燃え尽きるまで、炎が消えることはない。ま、岩が落ちた時点で、既に死んでいるだろうがな。は~っはっはっは!」
「え……」
愕然とする、フランセットと四壁。
……しかし、どうしようもなかった。
四角い穴にすっぽりと嵌まった丸い岩。四隅に少し隙間があるが、人が入れるようなものではないし、たとえ穴に降りたとしても、巨大な岩を穴から取り出すことなどできるはずもない。しかも、下から炎が吹き上がっているというのに……。
「ははは、穴の壁に目盛りが刻んであるだろう? あの目盛りから計算すると、岩の下の隙間はほんの数センチ、木切れや藁が挟まっている程度の隙間しかありはしないのだ。……つまり、お前達の大切な『御使い様』こと、悪魔の手先は、完全にぺったんこ、というわけだ。
我ら、真の女神のしもべ達に対して、愚かな真似をするから、神罰が下ったのだ。
第一王子を担ぎ出して国の支配権を奪おうとした反逆者共よ、残念だったな! は~っはっは!」
「……」
「「…………」」
「「「「「………………」」」」」
ぎり
ぎりり
ぎりりりりりり……
血が出る程、強く歯を食いしばったフランセットと、4人の男達。
「き、貴様ら……」
眼が、完全に理性を失っていた。
「殺す……。殺す……。死ねええええええぇっっ!!」
ガシャアァン!
フランセットが剣を振りかぶって突入する寸前、神官達は背後の隠し通路に飛び込み、何かを操作したらしくその通路の入り口に上から太い鉄製の格子が落ちてきた。そしてその先端部が床面に噛み込み、カシャン、という、ロックされたかのような音がした。
「鋼の鉄棒じゃ。完全に固定されておるから、抜けやせんぞ。
退路を確保しておくのは、兵法の基本であろう? まぁ、騎士が聖職者に兵法を説かれたくはないかもしれんがな。では、さらばじゃ! は~っはっは、うわぁ~っはっは!!」
この抜け道が、どこに繋がっているのかは分からない。
そして、先程からフードで顔を隠しているこの連中が、どこかで平民の衣服に着替えて逃げれば。
既に財産は持ち出しているだろうから、そのまま悠々と他国へと……。
……だが、それは、ここにいるのが普通の騎士であった場合は、の話であった。
きぃん!
ごとり
鋼の鉄棒は、あっさりと切断された。
当たり前である。フランセットが持っている愛剣が、何だと思っていたのであろうか。
神剣。
それは、決して人心掌握のために流された作り話でも、尾ひれが付いて拡大したデマでもなかった。
神剣は、実在した。
今、ここに……。




