162 開 戦 4
「お待ちしておりました、御使い様!」
「うげっ!」
王都の手前にある街まで来たら、宿屋の前で嫌なのが待ち構えていた。
……そうだよ、アイツだよ!
「増えるなんて王子……」
「フェルナンです!」
まぁ、増えられちゃ堪らないか。増殖するのは、私だけで充分だ。
とにかく……。
「私は、喧嘩を売ってきた奴を潰しに来ただけなんで、余計なことをするつもりはないし、されるつもりもありませんよ!」
そうはっきりと断言したのに、堪えた様子もないフェルナン。
一応は王子殿下だから口頭で呼び捨てにするわけにはいかないけれど、こんな奴、心の中では呼び捨てで充分だ。
両国の軍隊を少し引き離し、フランセットと私、そして後方からロランドが差し向けてきた護衛の騎士4人の、計6騎だけで進んできたら、王都の手前の街で、待ち伏せされていたわけだ。フェルナン、アランさん、そしてお店とバルモア王国の王都グルアで1回ずつ会った、ファー、いや、確かファビオとかいう取り巻き達と、その他大勢に。そして街から少し離れたところに、引き連れた本隊が待機しているらしい。
やはり、電撃作戦で王宮と有力貴族を押さえられ、第一王子が行方不明となった状態では表立って第二王子と対立するわけにはいかず、やむなく従っていただけの者が大半だったのであろう。
そりゃ、国王と第一王子がいなければ、第二王子が正統後継者だ。それに逆らえば、簒奪を狙う反乱分子として国賊扱い、一族郎党皆殺し、とかになりかねない。特に、自分の足元が脆弱であると自覚している、小心で残虐で愚かな者が支配者である場合は。
だから、皆、おとなしく従っていただけなのだろう、『その時』が来るまで。
これが、第一王子が死んだ、ということであれば、話も違っていたかもしれない。全てを諦めて第二王子に従うか、国のために汚名を被るのを承知で反乱を起こすか……。
しかし、第一王子が健在。ならば、刻を待てばよい。
その時には、正義は我にあり。何の心配もなく、簒奪者にして国賊、そしておそらくは父殺しの大罪人と、国に巣くう寄生虫、奸臣共を一掃する。
そして今がその時、というわけだ。
おそらく、本格的な戦い、つまり内乱になることはないだろう。
皆、『逆らえば殺される』ということと、大義名分がないため動けなかっただけだ。
この点は、最初に国王と自分より継承順位が上の者を消し、有力者達が相談して対処する時間を与えることなく分断するという作戦を実行した第二王子の手腕が優れていたわけであるが、おそらくそれは他者の入れ知恵であり、第二王子自身に優れた才覚があるというわけではあるまい。
そして、第一王子を殺すことに失敗し取り逃がした時点で、砂上の楼閣は既に崩壊し始めていたのであろう。
だからこそ、友好国に攻め入るという暴挙で軍部や商人、武闘派の貴族達を取り込もうとしたり、国民の不満を逸らそうとしたのであろう。あるいは、第一王子がバルモア王国に亡命し、バルモア王国軍による王位奪還を企むのではないかと危惧したのかもしれない。
確かに、その可能性はあっただろう。
王位正統後継者である第一王子の要請を受け、簒奪者を誅するため、正義を示し国民を救うため、そして友好国であるブランコット王国のために立ち上がる。
それは他国に攻め入るには充分な大義名分であり、それによって第一王子に、そしてブランコット王国に、どれだけ大きな貸しが作れることか……。
そしてその時、貴族や国軍が、果たして両王子のどちらにつくか。
……それは、危機感に苛まれても仕方ない。
そして事実、それが今、現実となっているのだから……。
「カオル、この街で休んで後続の両国軍が追いつくのを待って、我々が集めた兵力と合流して一気に王都を……」
「落としませんよ?」
「え……」
どうして自分の国の王都に攻撃をしたがるのか! 馬鹿じゃないの!
……って、馬鹿だったか。
それに、この馴れ馴れしい態度から考えて、どうやらこの男は、私を『あの時のカオル』、つまりこの国の王都の食堂で働いていたカオルだと思っているらしい。……バルモア王国の王都で会った『アルファ・カオル・ナガセ』と、この国の食堂で働いていた『ミルファ・カオル・ナガセ』が同一人物だと決めつけているわけだ。ちゃんと、ふたりは別人だということになっているのに。
う~む……。
「ところで、なぜあなたはそんなに馴れ馴れしい態度で私の名を呼び捨てにされるのですか?
確か、王都グルアで一度、ほんの数分間お会いしただけですよね? そしてあなたは他国の女性には全てそのように馴れ馴れしい態度を取られるのですか?
最初は『御使い様』とか言っていたくせに、次の瞬間には、『カオル』と名を呼び捨てですか。
これでは、第二王子があなたを国王として不適格だとお考えになったのも無理ありませんねぇ……」
「なっ! な、何を……」
眼を見開いて、愕然とした顔のフェルナン。周りの者達も、呆然としている。
うん、これくらいのカウンターは喰らわしてもいいだろう。でないと、際限なく調子に乗りそうだからね、この男は。
「不愉快です。あなた方とは一緒に行動したくありませんので、側に近寄らないでください。触れられると妊娠してしまいそうですから」
「な、ななな……」
うん、これで良し!
元々、軍同士を激突させたり、王都を包囲したりするつもりはない。他国人同士であろうが同国人同士であろうが、意味のない戦いで殺し合わせる必要はないだろう。
軍人や貴族としては、華々しく戦って敵を打ち破り、正義の使者として王都を解放、とかをやりたいのかもしれないけれど、それで無駄に死んだ者はどうなる。それも、正義側としてならばまだしも、敵側、悪い方として死んだ兵士やその家族、妻子達の立場と将来は……。
うん、こいつらを『正義の味方』、『女神の軍隊』として王都へ入城させたりするもんか。
そのために、既に手は打ってある。
準備の時間を稼ぐため、私達はわざとゆっくり進んできた。それでも輜重部隊を引き連れた軍隊よりは速く進んだため若干引き離してはいるけれど、連絡のための軽装騎馬兵が後方の部隊と私達の間を行き来するには大した支障があるわけではない。なので、前哨部隊の後方に続く本隊を率いたロランドから4人の護衛騎士……例の、神剣を授けた近衛騎士、『四壁』……が派遣されてきたり、ブランコット王国軍に指示を出したりと、色々なことをやっておいたのである。
そして、私がブランコット王国軍に出した指示。
『騎馬兵の中から、見栄えが良くて口が達者な者達を選び、王都へ先行させよ。そして、貴族、軍人、平民の別を問わず、全ての者達に噂を広めさせよ。女神は親殺しの簒奪者及びその味方をする者は許さない、そのための使者を遣わす、と……』
そう、私に刃向かう者は全て女神の敵であり、神罰を受けるぞ、というわけだ。
4年ちょい前に隣国で起きた事件のことを知らない者などいない。これで、私の入城を阻止しようとする者が、果たして何人いることか……。
もしいたとすれば、それは神をも恐れぬ邪教徒、というわけだ。……つまり、レイエットちゃんを襲わせた連中の一味であり、私の敵だ。とても分かりやすい。
なので、戦って相手を殺し手柄と名声を、なんて考えている兵士は必要ない。そんな連中、勝手に殺し合いを始めそうで、危なくて仕方がないし、私がせっかく話し合いで収めようとしているのに、功名心に逸って台無しにされかねない。
……だから、パス!
第二王子が国王を殺した証拠があるのか?
いや、私は『親殺しの簒奪者及びその味方をする者は許さない』と言っただけで、別に第二王子が親殺しだとか簒奪者だとか言ったわけじゃない。ただ、親殺しをする者も簒奪を行う者も許さない、と言っただけだ。……普通、許されないよね、その両者は。
うん、私は、別におかしなこと、間違ったことは言っていない。うむうむ。
「ここに泊まったら、妊娠させられそうで怖いです。今日はこの街に泊まるのはやめて、もう少し進んで夜営しましょう」
「「「「「は!」」」」」
「な……」
息の合った返事をする、フランセットと四壁のみんな。
そして、さっさと馬を進める私達。
後に残されたフェルナン達は、出迎えに出ていた宿の人達や街の人達に恨めしそうな顔で睨まれていた。
そりゃそうか。後に、『御使い様が王都に入られる前に、最後の休息を取られた宿』とか、『御使い様が反攻の拠点とされた街』とかいう宣伝文句が使えるようになる機会をぶっ潰されたわけだから、そりゃ、恨みがましい眼で見られても仕方ないか。
ま、フェルナンより第二王子の方がマシ、ということになるほどじゃないから、構わないか。
最後にゆっくりお風呂にはいりたかったけど、まぁいいや。夜営でも、ベッドで寝られるから問題ない。
いよいよ明日は、本番だ。
殴られ、怪我をさせられたレイエットちゃんと孤児達の怨み。そして私を殺そうとしてくれた件。全部纏めてお返ししよう。もう二度と、私と、私の関係者に手出ししようなどと考える者が現れないように……。




