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161 開 戦 3

「カオル様、この後は、どのように?」

 自国に戻ってきて、そして私が今は女神として行動しているから、フランセットの私に対する呼び方が、『カオル様』に戻っている。ま、それは仕方ないか。


「さっきのやり方で、障害なしで王都へ行けるでしょ? 当然、バルモア王国軍も、そしてブランコット王国軍もついてくるだろうし……。

 そして、あまり急がず普通に進めば、私達が到着する前に、早馬による知らせが各地に届くよね?

 どこかに逃げ延びて機会を窺っている第一王子とか、やむなく第二王子に従っているだけの第一王子派とか、神殿の、元々のブランコット王国の神官達とかに……。

 つまり、正面から堂々と王都に御入城、ってわけよ。便乗する勢力が集まるための時間的余裕を与えて、ゆっくりとね……」

 私の説明を聞いて、にやりと笑うフランセット。

 しかし、何か、少し心配そうな顔で、こう尋ねてきた。

「あの、カオル様。私が活躍する機会は、ちゃんとあるのでしょうね?」

 ……知らんがな!


     *     *


「何だと、カオルがバルモア王国に戻ってきただと! そして、自らバルモア王国軍と我が国の侵略軍を率いて、神敵ギスランを討つために王都へと向かっているだと!!

 おお、女神の御加護、我らにあり!

 すぐに呼応してくれる貴族や軍の高官に連絡を取れ! 連絡する範囲は、信頼度Aランクのみ。Bランク以下の者達には情報漏洩防止のため、決起の寸前まで知らせるな。

 神殿は、大司教にのみ連絡を。他の神官達に知らせるのは蜂起後、と念を押せ」

「「「「「はっ!」」」」」

 フェルナンの指示で、さっと散ってゆく腹心の部下達。


「そうか、カオルがな。ふふ。ふふふふふ……」

「あまり楽観視しないでくださいよ。……反撃作戦はともかく、その後の、カオルとのことは……」

 にやけた顔で笑う第一王子フェルナンに、ファビオがそう言って釘を刺した。

「そうだぞ。カオルは、バルモア王国や、ブランコット王国の国民達のために動いてくれたのだろう。……決して、そう、決して、フェルナン、お前に対する愛で、とかいうわけじゃないからな。

 そこのところを勘違いして調子に乗ったら、とんでもないことになるぞ。分かってるな?」

「うっ……」

 カオルの捜索に失敗し、それでも自由気ままな旅を満喫してからしゃあしゃあと戻ってきたアランにまでそう言われ、がっくりと肩を落とすフェルナンであった……。


     *     *


「何と! 御使い様が、軍を率いて王都へ!

 おおお、神軍です! 邪教徒に取り入られて破滅へと向かおうとする我がブランコット王国を救うため、セレスティーヌ様がしもべをお遣わしになったのです!!

 分かりました、この情報はしばらく秘して、『その時』には、我ら神職者一同、身命を賭して女神と御使い様、そして人々のために……」


     *     *


「……馬鹿な! 女神セレスティーヌはバルモア王国を見限り、御使い、カオル様はバルモア王国を出奔しゅっぽん、フェルナンと敵対して俺に味方してくれると言ったのは、お前達だろうが! それが、どうして……」

 そう言って神官達を責めるギスランであるが、神官達も寝耳に水であった。

 あの、ブルースとかいう司教からの連絡はそう頻繁ではなかったのか、連絡が途絶えたことはまだ不審には思われておらず、そしてカオルを利用することにも殺害することにも失敗した上、全てを吐かされて処刑されたという情報は、まだ届いてはいないようであった。

 しかし、神官というものは、口八丁で人を言いくるめるのが仕事である。

「何を言われているのやら……。御使い様は、バルモア王国軍を引き連れてギスラン様の許へと馳せ参じておられるのですよ!

 これで、御使い様と共に自国の軍が我が国に寝返ったバルモア王国は丸裸、わざわざ戦いで『これから我が国のものとなる田畑や人民』を荒らしたり消耗させたりする必要はありません。ただ、全面降伏を迫れば良いのですよ」

「え……」

 あまりにも見え透いた嘘であるが、溺れる者は藁をも掴む。恐怖と絶望の中で目の前に示された『もしそうだったらいいな』という理想の回答に飛び付いた、いや、飛び付くしかなかった、第二王子ギスラン。

「そ……、そうか! 何だ、そうだったのか! くそ、伝令兵の奴、ガセネタを掴まされやがって!

 はは、ははは……。

 おい、誰か、先程の伝令兵の首をねろ!」




 もはや、これまで。

 旧ルエダ聖国の神官達に対する財産の没収と犯罪行為の摘発が始まった時、いち早く財産を金貨や宝石に換えて脱出した者達のうち、持ち出した財産でのんびりと余生を送ることにした者達を敗北者とののしって再起を図った者達。

 その内の、旧ルエダ聖国を併合したバルモア王国に隣接するブランコット王国の中枢部に食い込み復権と復讐に懸けた一団。

 彼らはルエダ聖国から脱出した者達だということは伏せ、布教のため遠国から来た神官達だという触れ込みで第二王子に取り入った。ルエダ聖国から持ち出した、潤沢な資金にものを言わせて。


 王位を求める馬鹿な第二王子にとって、第一王子が王位を継ぐのが当然だと認識しているこの国の神官達は敵であった。なので、自分が王にふさわしい、女神と御使い様もそれを望んでおられる、と囁く旅の神官達の言葉は心地よく、王宮と神殿は不干渉、という暗黙の了解を無視して、その者達を側に置いた。そして、その者達が言うことを『神官達がそう言っている』と称して流布。


 国王が急死した時、『たまたま、その場にひとりだけ居合わせた第二王子』が、国王の最後の言葉は『自分に王位を継がせる』というものであったと主張して、直ちに第一王子の身柄を拘束すべく行動。

 しかし、第一王子は代々王太子にしか伝えられない秘密の脱出路を使って腹心の者達と共に姿を消し、脱出に成功。第二王子は、国のことより自分達の利益の方が大切である取り巻き連中と、今は自分に従ってはいるが第一王子が現れればどういう態度を取るか分からない家臣達に、とにかく第一王子を始末して自分が正統な王位後継者であることを確定させるしかなかった。


 そのため、第一王子の捜索と併行して、軍部や商人達を味方にし、そして国民の不満を逸らせ、更にどさくさに紛れて都合の悪い者達を消すという一石三鳥の手段として隣国バルモア王国に対する侵略を開始したわけであるが、勿論、その判断には『自分に適切なアドバイスと女神の御心を伝えてくれる、旅の神官達』からの言葉が大きく影響していた。バルモア王国を併合すべし、という、その言葉が……。


 神官達の望み。

 バルモア王国を、そして今はバルモア王国の一部と成り果てたルエダを占領し、自分達を裏切り追い出した者共に復讐を! そして、再びあの栄光の日々を!!


 ……しかし、それもこれまで。

 予想もしていなかった、御使い様のバルモア王国への帰還と、正面切っての全面反撃。

 女神と御使い様の名を利用して『長年の友好国に攻め込む』ということを正当化して兵士の士気を鼓舞していたというのに、こうなっては、組織的な戦力としては無力化されたも同然。

 ならば、どうするか……。


「脱出だ! 何、一度やったのだ、それをもう一度繰り返すだけのことだ。

 ルエダ聖国から持ち出した財貨の大半は、まだそのまま残っておる。それらを馬車に積んで、東方、大陸の中心方向へと逃げ延び、そこでまたやり直せば済むことだ! ……但し……」

「おう。あの悪魔だけは潰し、復讐せねばな。奴さえいなくなれば、セレスティーヌ様も以前のように人間のことにはあまり口出しされず、ごく稀に危険をお知らせ下さるだけになるであろうからな……」

 元ルエダ聖国の神官、現在は第二王子に取り入っている『自称・旅の高位神官達』は、そのような楽観的なことを考えていた。

 いや、確かに事実としては、女神セレスティーヌはルエダ聖国の者達に直接神罰を与えてはいない。ただ過去の事実を喋り、何もせずに去っただけである。神器を誤った使い方をしてしまった教皇を、少し叱責しただけで……。

 考えようによっては、それは『女神は人間達のことにはいちいち干渉せず、余計な手出しはしない』と取れなくもない。全ては、女神が去った後に自分勝手な解釈をゴリ押しした、あの、女神に気紛れでちょっと恩恵を与えられただけの、小娘のせいである。ルエダ聖国が崩壊したのは、全て、あの小娘の悪意あるデマが原因なのである、と……。


 あの時のルエダ聖国の代表者達は、帰国後も魂が抜けたような状態であり、しばらくはまともな報告ができるような状態ではなかった。そのため、正確な情報が得られたのは数日経った後であり、それも欠落や誇張の多いあやふやなものとなり、後に他の者達によってもたらされた情報との矛盾やら何やらで、神官達の多くは不正確な情報しか得ていなかった。

 だからこそ、その混乱の中で、危機察知能力が高い一部の者達が脱出する余地が生じたわけであるが……。


 女神降臨の場に立ち会っておらず、伝聞により歪んだ不正確な情報しか得ていない者達。そして更にそれを自分達にとって都合の良いように解釈した者達。

 彼らの、最後の陰謀が進められようとしていた……。

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― 新着の感想 ―
まさに一番とんでもない奴らが残った事にしかも自分の都合の良い事しか考えてない人達がこんなのがいるからいつも真っ当な者達が迷惑するんだ!まさにGである、あえて言おうカスであると!
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