160 開 戦 2
「「えええええええ!!」」
お前達は連れていかない、と言われて、驚愕の叫びを上げるエミールとベル。
いや、当たり前だろ!
フランセットとは違って、いくら頑張っているとはいえ、エミールは所詮、一般兵士と熟練兵士の中間くらいの腕前だ。戦場で確実に生き残れるような腕じゃない。ベルに至っては、使用回数一回限りの、使い捨ての盾にもならないだろう。
あ、いや、いくら強くても、戦場で確実に生き残れる、なんて者が存在するわけじゃない。
流れ矢、敵に取り囲まれて袋叩き、その他色々、何があるか分からない。フランセットでさえ、4年半前の対アリゴ帝国戦において致命傷を受けたのだから……。
まぁ、今回はあんな戦いにするつもりはないけどね。
でも、何とか宥めないと、無理矢理ついて来そうだなぁ……。
よし!
「一番頼りになる切り札を、ゴチャゴチャした戦場で無駄に使ってどうするのよ。
あなた達は、ここでみんなを護りつつ、最悪の事態、つまり『王都絶対防衛戦』の時に私を護って一緒に戦うためにここで待機しておくのよ」
「「はいっ!!」」
元気よく返事する、ベルとエミール。
……チョロい。
* *
……そして、ブランコット王国軍の越境予想日の前日、国境線から侵攻軍(輜重部隊付き)の移動速度でおよそ1日くらいの場所にある荒れ地に展開するバルモア王国軍を遠くに望みながら、私達は更にその前方へと進出していた。……王国軍には顔を出さず、こっそりと。
勿論、子供達を連れてきたりはしていないし、国王は王宮でどっしりと構えているものであり前線に出てきたりはしていない。
ロランドは、少し後方で本隊、つまり主力を率いて待ち構えているらしい。
勿論、実際に采配を振るのはベテランの将軍なのだろうけど、神輿としての総大将役なのだろう。
なので、ここにいるのは、私、そして……。
「どうして居るかなぁ、フランセット……。あなた、ロランドの護衛じゃないの!」
「え? あの時、『女神の守護騎士、エインヘリヤル』の称号を戴いておりますが?」
「うっ!」
……確かに、あの場のノリで、そんなことを言った記憶がある……。
「で、でも、王国貴族として、騎士として、そしてロランドの護衛としての責務と、任務が……」
「連絡将校です」
「え?」
「連絡将校です」
「えええ?」
「連絡将校です」
「えええええええ!」
……くそ!
ま、いいか。
フランセットは、エミール達とは違って、この世界の『カオル』ではなく『日本人、長瀬香』の視点でも、立派な大人だ。アラサーで、生活年齢も私よりずっと上の……。
だから、その判断と選択には、自分で責任を持って貰おう。……自己責任だ。私があれこれやって必死で守るべき存在じゃない。逆に、こっちが守って貰う方だ。
というわけで、ブランコット王国軍中心部殴り込み戦隊、全兵力2名。
『俺達は?』
あ、ごめん。2名と2頭ね。エドと、フランセットの愛馬を加えて。
そんじゃ、いっちょ、やってみよ~!
「とりあえず、お茶にしようか」
「はいっ!」
念の為に早めに来たけれど、敵がここへ来る予想時間は、明日の朝か昼前だ。アイテムボックスからテントとベッド、椅子とテーブル、そしてお茶を煎れるための茶器類を出して、のんびり待とう。
そして、翌日の昼前。
遠くの方に、ブランコット王国軍の姿が見えた。
勿論、向こうもバルモア王国軍前哨部隊も索敵のための小部隊を放っているだろうから、互いの位置は把握しているだろう。なので、さっさとテントを撤収、収納して、馬2頭と小娘ふたりがポツンと立っているだけの私達なんかは完全にスルーされるはず。ここまで来て、今更見張り員のひとりやふたりをどうこう、ということもあるまい。
そういうわけで、次第に距離が縮む両軍の様子を眺めながら、タイミングを図る私達。
動かず敵を待ち構えるバルモア王国軍と、迫り来るブランコット王国軍との距離が700~800メートルくらいになり、まだ弓合戦が始まるには充分間がある時に、エド達に乗って側面から、両軍の真ん中へと駆け込んだ。そして……。
どご~~ん!!
上空で大爆発を起こす、『ニトログリセリンのようなもの』。
そう、お馴染みのアレだ。出現してすぐに2種類の薬品が接触して起爆する、あのひょうたん形のガラス容器。
そして、全軍がほぼ同時に、ビタッ、という擬音が聞こえて来そうなくらいに綺麗に停止したブランコット王国軍。
ここで、『拡声器型のポーション容器』の出番である。
【王位簒奪者に味方し、女神セレスティーヌが友を託した国を侵略しようとする賊軍どもよ、地獄に落ちるがよい!】
どごん!
どがん!
どこん!
空から降り注ぎ、次々と地上で爆発する、『ニトログリセリンのようなもの』が入ったガラス球。
落下地点はブランコット王国軍のやや前方であり、被害は全く与えていない。
……物理的な被害は。
「なんだってえぇ! 御使い様はバルモア王国を見捨てて去ったって! バルモア王国は、女神の御寵愛を失った国だって言ってただろう!」
「御使い様は、ギスラン様が王となられることを後押しされているって! これは聖戦で、俺達が神意を得た神軍だって!
なのに、どうして向こうに御使い様が味方して、俺達が賊軍で、神敵なんだよぉ! 話が違うだろうがよおォ!!」
「騙された! 俺達は、神敵である簒奪者野郎に騙されたんだ! 地獄に落ちたくはねぇ! 神罰で家族を殺されたくねぇよおおおぉ!!」
「嫌だ! 俺はこんな義のない戦いで神敵として殺されて地獄に落とされるために兵士になったんじゃねぇ! 家族のため、国のため、そして正義のために戦って、みんなの幸せを守りたかっただけなんだよおおおおぉっっ!!」
大混乱に陥り、泣き叫びながら指揮官に掴み掛かる者、自国へと引き返そうとする者、武器を地面に叩き付ける者……。もはや、バルモア王国との戦争どころではなさそうである。
……身体も武器も物資も、一切の被害なし。
しかし、ブランコット王国軍は壊滅した。戦う前に、精神的に。
【道を空けよ】
ずざざざざ~~っ!
『拡声器型のポーション容器』でそう命令すると、人の海が割れて、真っ直ぐにひと筋の道が開いた。
……モーゼか!
ともかく、兵士達に跪かれ、開いた道を、満面の笑みを浮かべたフランセットと共に進む。……あ、勿論、エドとフランセットの愛馬に乗って、ね。
しかしフランセットの奴、そんなに嬉しいのかな、私が女神っぽい振る舞いをすることが……。
ま、ともかく、このまま行くか。
兵士達は、このまま反転して引き返すだろう。
戦闘が行われず、双方共に無駄な死傷者が出ないのは良いことだ。兵士達はただ命令に従っただけであり、それも、今回は自分達の強い意志で、というわけじゃなさそうだし。
すべての事情が分かっていて、自国のために敵を殺して富を奪う、というような考えに凝り固まり、敵のことなんか完全に無視、説得なんか聞く耳持たず、というのであれば、実力行使により現実を思い知らせない限り、どうにもならない。
でも、こっちのことを知っていて、『丁寧に説明し説得したならば、理解してくれる』というのであれば、『説得』すれば充分だ。
「目的地、ブランコット王国王都、アラス。行くよ!」
「おおっ!」
『『ぶひひひひ~~ん!』』
ちらりと振り返ると、出番が全くなかったバルモア王国軍前哨部隊の兵士達が突っ立っていた。
……うん、少し距離があるから、表情がよく見えなくて良かったよ。
いや、ゴメン!
6月2日で、『ポーション』書籍化から2年となりました。
ここまで来られたのも、読者の皆様のおかげです。
引き続き、よろしくお願い致します。(^^)/




