159 開 戦 1
「いや、私も、自分の世界の管理をしなきゃならないから! セレスみたいに……」
そう、一般の人達には、私は『女神セレスティーヌの御友人』……殆どの人は、私の必死の否定にも拘わらず、『御使い様』という呼び方を改めようとはしないけど……ということになっており、あくまでも『女神の御寵愛を受けし、人間の少女』ということになっているけれど、この子達とフランセット、ロランド、アダン伯爵家一同、その他少数の者達には、『異世界の女神様』ということになっている。なので、この子達には、こういう説明でいいんだ。
「だから、そろそろ戻らなきゃならないかな、と……」
「「「「「「…………」」」」」」
私の言葉に、反対して引き留めたいけれど、女神としての大事な仕事のこととか、女神が不在である私の世界の人達が困っているかも、とか考えているのか、何も言えずに黙り込んでいる子供達。
うん、また泣き出しそうな顔をしているけれど、ここは我が儘を言っちゃ駄目なところだということを理解しているのか、子供達は何も言わない。そしてここは、甘やかしちゃ駄目だ。ここで子供達が可哀想だと思って甘い言葉を掛けると、今までと同じになってしまう。ここは、心を鬼にして……。
「女神を自分達だけで独占したり、自分の力で生きていこうとせず、ずっと女神に頼り切りで生きている人間に、女神の加護を受ける資格があると思う?」
ぐす、ぐすぐす、というすすり泣きが聞こえてくるけれど、それを無視して背を向けて、自分の部屋へ向かった。
……泣きたいのはこっちだよ!
* *
「「「「「「…………」」」」」」
翌朝、起きて居間に行くと、子供達が食卓に着いたまま俯いていた。……みんな、眼が赤い。
それでも朝食の準備はちゃんとしてあり、勿論私の分も配膳してある。
私が席に着き、いただきます、と言うと、みんなもボソボソと『いただきます……』と……。
「お通夜かっ! 鬱陶しいわっっ!!
私は、いつも『食事の時は、楽しく! 嫌なこと、辛いこと、悲しいことがあっても、食事の時は元気に明るく!』って教育してきたでしょ! ……でないと食事が不味くなるし、ますます気が滅入るから!」
私がそう言って活を入れても、いつもならば無理にでも笑顔になろうとするはずの子供達が、一向に元気そうな顔をしない。
「だ、だってぇ……」
「無理なものは、無理だよぅ……」
「うえ、うえぇ……」
……駄目だ、こりゃ……。
何とかしないと、本当に、この子達が駄目になっちゃうよ……。
* *
あれから、3日。
その間に、アシルの兄嫁さんに言い訳をしに行った。
あれは子供達の自立と生活能力を身に付けさせるためにわざとやっていたのであり、別に私が怠けるために家事を子供達に丸投げしてゴロゴロしていたわけではない、と……。
本当ですか、と言われたので、『私の、この眼を見て下さい!』と言ったところ、じっくりと顔を覗き込まれて……、『嘘ですね!』と、ひと言で切って捨てられた。
……どうして分かるんだよ!!
とにかく、何とか言い訳をして、離脱!
次に、マイヤール工房への顔出し。
いや、私の後釜のロロットには勿論家で毎日会ってるけど、アシルに『愛人の誘い』とかいう件を問い詰めねばなるまい!
そう思って乗り込んだら、突然アシルに土下座された。
……殺されるかと思った? そうとしか思えない眼付き? うるさいわっ!
まぁ、以前の『子爵家の三男』ならばともかく、男爵様になっちゃった今では、孤児を正妻にするのは難しいか。
せめて生まれた子供に貴族としての身分が与えられる側室であればともかく、使い捨てで何の権利もなく、子供にも継承権どころか貴族の身分も与えられない愛人では、いくら玉の輿とはいえ、ちょっと辛いよねぇ……。
いったん、形だけどこかの貴族家の養女になって、という方法はあるけれど、ごく一時的、かつ書類上だけのこととはいえ、平民の孤児を自分の家系に入れてくれる貴族家なんか、そうそうあるもんじゃない。余程お金に困っていて、巨額の礼金を用意されでもしない限り……。
そりゃ、私が頼めば、嫌々ながらも引き受けてくれるだろうとは思う。でも、相手が嫌がること、しかもお家の名誉に関わることを私の名前を使ってゴリ押しするのは、何か、違うと思うのだ。
いや、ひとつ方法があるのは分かってる。
ロランドが私のために用意しているという爵位を受けて、私が養女にする、って方法だ。
これなら、私はロロットを養女にすることなんか全然気にしないし、養女とはいえ私の娘を正妻に迎え入れない貴族なんかこの国にはいないだろう。
完璧だ。……ふたつの問題点を除いて。
ひとつは、私が貴族なんかになる気が皆無だということ。余計な義務や重荷を背負わされたり、この国に縛り付けられるのは御免被る。
そしてもうひとつは、『それは、あまりにも贔屓が過ぎるだろう』ということだ。
『女神の眼』のみんなは、たまたま早期に私と出会ったというだけで、他の孤児達と較べ、あまりにも優遇され続けた。
王都、いや、この国には、多くの孤児達がいる。でも、その全てを私が面倒見られるわけじゃない。たまたま出会い、私の手伝いをしてくれた連中を、報酬代わりにほんの少し面倒をみてやっただけだ。それを、貴族の正妻にまで押し上げるのは、やり過ぎだ。ロロットには、自分の人生は自分で決めて、自分の力で切り拓いて貰おう。……自分が持っている手札だけで。
私が口出しすべきことじゃないか。じゃあ……。
「……まぁ、頑張れ!」
そう言ってアシルの肩をポンポンと叩き、工房主のバルドーさんや他のみんなに挨拶して、少し話したあと、帰った。
そして、そうこうしていると、フランセットが王宮から情報を仕入れてきた。
「ブランコット王国軍が動き始めたそうです。軍事行動に反対する貴族や軍の指揮官も多いそうですが、国王や上官の命令に従わないわけにはいきませんからね、自分の命や立場が惜しければ……」
ま、そりゃそうだ。しかも、自分だけで済めばいいけど、下手すれば、家族や一族郎党皆殺し、とかだからねぇ。
第一王子ならそんな馬鹿なことはしないだろうけど、第一王子より人望がないのを自覚している、力尽くで王位を手に入れた第二王子、しかも第一王子がまだ生きている、となれば、自分に反対する者は必死で叩き潰すしかないよねぇ、過剰なまでに……。
そしてそれが、更に人望を失う結果となるのに、第二王子を担いでいる連中はそれを止めもしないんだろうな。
ま、当たり前か。自分達の邪魔になる者は潰された方がありがたいし、下手に第二王子に諫言したら自分が潰されるわけだから。国や国民の事は全く考えず、自分達の利益しか考えていないのならば、余計な危険を冒すはずがない。
「国境到達予定は?」
「4日後です。おそらく3日後の夕方には国境近くに到達、そこで夜営して、翌朝、越境するものと思われます」
うん、夕方に敵地に入って、すぐに夜営する者はいないわな。
「じゃ、念の為、3日後の朝には現地へ行っておこうか。出発は、明日の朝かな」
間諜が情報を持ち帰るのに掛かった時間とか、色々あるけれど、輜重部隊を引き連れた完全装備の軍隊の移動には、時間が掛かる。アイテムボックスのおかげで手ぶらの私が、ポーションでパワーアップしたエドに乗って飛ばすのとでは比較にならないから、それで充分間に合うはずだ。
「国軍は?」
「はい、元々即応態勢に入っていましたから、既に出発準備に入っています。勿論、事前に展開させておいた兵力もありますから、おそらく、それらの兵力と合流して、国境から1日分くらい手前で迎え撃つのではないかと……。
あそこは、住む者もなく作物も取れない荒れ地ですし、敵を迎え撃つのに適した地形ですから」
うん、大事な穀倉地帯で戦闘するような馬鹿はいないよね。
あ、いや、そこが敵国の領土である場合は、その限りじゃないか。戦いに確実に勝利し、すぐにそこが自領になるのが分かっている場合を除いて。
「よし、じゃあ、明日に備えて今日はさっさと寝るか!」
「「「「「「…………」」」」」」
あああ、後ろで話を聞いていた子供達の表情が……。
「何、心配してるのよ。私が人間にどうにかされるとでも思ってるの?」
「「「「「「…………」」」」」」
まぁ、いくら『自称・女神様』とはいえ、心配するなと言うのは無理があるか。
それじゃあ……。
「大丈夫よ、万一のことがあったとしても、この、仮の身体が損傷して使えなくなるだけで、私自身がどうこう、というわけじゃないからね。最悪の場合でも、私の今回の休暇が終わって、私の世界に戻るだけだし。多分、仕事がたくさん溜まっちゃってるだろうしねぇ……」
ああっ、逆効果! ますます空気が重くなっちゃったよ……。
そして、嬉しそうな顔をしている、フランセットとエミール!
フランセットはともかく、エミール、お前は連れていかないよ!!




