158 女神の眼
「帰ったよ~!」
どたどたどたどたどた!!
「「「「「「お帰りなさい!!」」」」」」
数カ月振りの、我が家。
……というか、ここは孤児達の家、というイメージが強くて、私はただの居候みたいな感じなんだけど……。
いや、別に、サボってゴロゴロしていたわけじゃない。孤児達の自立心を養い、生活能力を身に付けさせようと考えて、炊事洗濯、掃除に生活費稼ぎと、全てを孤児達の手に委ねていただけなのだ! だから、私やエミールが不在でも、ちゃんとやっていけていたんだ。
……コイツらは、私が育てた!
まぁ、私達が戻ることは、ちゃんと『音声共振水晶セット』で事前に連絡してあったから、喜んではいるけれど、そんなに驚いている様子はないけどね。
事前に連絡しておかないと、私が突然帰ってきたりすれば、子犬のように嬉ションを漏らしてしまいかねない。いや、ホント。
帰ってきたからといって、私が不在の間のことの報告を求めたりはしない。
……しょっちゅう『音声共振水晶セット』で連絡しているから、情報はほぼリアルタイムで手に入っていたからね。何度も『そんなに細かい報告は必要ない』と言ったけれど、私に報告したい、私と話したい、という子供達の熱望に押し切られて、いつも、どうでもいいような話に付き合わされていたのだ。
旅先で、この国の王都の八百屋でタマネギの価格が銅貨1枚分下がった、とか報告されても、何の役にも立たないよ……。
まぁ、とにかく、久し振りの我が家だ。
とりあえず、床に寝そべって、子供に背中を踏んで貰う。いや、気持ちいいのだ、これが……。
「ぐえっ!」
あ、変な声、出た。
というか……。
「やめんか! 潰れるわっ! ベル、あんたは背中踏みはとっくに卒業したでしょ!
体重が重くなりすぎた者は背中踏み係卒業、って決めたじゃないの。さっさと退く!!」
悲しそうな顔で、私の背中から降りるベル。
いや、いくらそんな顔をしても、こればかりは譲れないよ。背骨、折れちゃうから。
そして、渋々ベルが明け渡した私の背中に、ベルより年上だけど小柄な、別の子が……。
「ぐげぇ! と、飛び乗るなあぁ! そして、一度に3人も乗るなああああぁっっ!!」
死んでしまうわ!!
と、しばらくはそんな自堕落な生活を。
やっぱり、よく考えると、向こうに国境を越えてもらってからの方がいいよねぇ。この国の立場としても、神罰としても。
御使い様に喧嘩を売った、というだけでも充分な理由にはなるけれど、御使い様の住む国を侵略した、というのがプラスされた方が、圧倒的な悪人感がある。それに、国境を越えさせて、アシード王国との秘密協定が発動する条件を満たさせた方が、後々便利だろう。
そういうわけで、フランセットに王様からの情報収集役を押し付けて、私は久し振りに、子供達との交流(家事丸投げでゴロゴロ生活)を……。
あ、レイエットちゃんを、『女神の眼』の新メンバーであると言ってみんなに紹介した。
今までずっと私達と一緒だったけれど、本当は、これくらいの年齢の子供は、子供達の中で暮らすべきだ。大人の中に小さな子供がひとりだけ、というのは、決して良い環境じゃない。そして間もなく、私は戦争相手国に向かう。
……連れて行けるわけがない。
なので、レイエットちゃんは『女神の眼』のひとりとして、ここでみんなと一緒に暮らしてもらわないとね。私の癒しがなくなっちゃうけれど、私の都合で幼い子を連れ回すというのは、レイエットちゃんのためには、決して良くない。
我慢だ、我慢! ここへ戻ってくれば、いつでも会えるんだから……。
そしてみんなには、寝る前のお話の時間に、色々と訓育を行った。
いや、この子達、女神を信仰する敬虔で誠実な良い子に育っているんだけど、……ちょっと私に依存し過ぎ!
もう、私がいなくても立派に生きて行けるくせに、なぜか誰ひとり巣立とうとしない件。
最年長のエミールは16歳、間もなく17歳になるはずだ。そして最年少は、レイエットちゃんを除けば、12歳のベルだ。みんな、とっくに独り立ちして住み込みの丁稚や工房の見習い職人、ハンターや軍の幼年兵とかの、普通の職業に就いていて然るべき年齢だ。
つまり、みんな、『幼少の頃に両親を失った、普通の社会人』という年齢であり、エミールを含む何人かは、既に成人だ。もはや、『孤児』じゃない。
就職先も、普通であれば身元引受人も保証人もいない、そして何のコネもない孤児がまともなところで働くにはハードルが高いけれど、御使い様と一緒に暮らしており、私の庇護下にある者を雇わない経営者なんかいないだろう。その気になれば、どこの大店でも採用してくれるはず。
……なのに、どうして独り立ちしようとしないんだよ!!
旅に出るまでの4年間、今回のような『就寝前のお話』で、たっぷりと教育した!
料理、読み書き、算数、世の中の仕組み、金儲けをするための方法、詐欺の手口……自分達がやるためにじゃなくて、引っ掛からないようにだよ、勿論……、そして、基本的な化学や物理学に、医学や、その他諸々……。
勿論、退屈させないようにと、様々な物語も聞かせた。主に、日本の漫画やアニメ、そして地球の神話や童話のストーリーを……。多分、異世界での実話だと思って聞いていたのだろうけど、さすがに、この歳になれば架空の物語だと分かっているだろうけどね。
とにかく、望めば、大抵のところには就職できるように鍛えたつもりなんだ。なのに、どうしてみんな、未だに私設孤児院から出ていこうとしないんだよ!
そりゃまぁ、ここで共同生活をしていれば、家賃も無料だし食費も安上がりだから、お金が貯まるけど、いつまでも共同生活が続けられるものじゃない。そのうちみんな、恋人ができたり、結婚したりするだろうし。
……というか、エミールとベル、ここでみんなの前でイチャイチャするつもりじゃないだろうな! 世間が許しても、この私が許さない! そのような、女神をも恐れぬ不埒な真似は!!
はぁはぁはぁ……。
とにかく、ここはみんなにあげたのだから、生活費節約のために結婚するまではここに住む、っていうのは、まぁ、いいだろう。
でも、意地でもここから通える仕事しかしない、というのは、如何なものか。
住み込みとか遠くの場所でもいいから、もう少し、将来性のある仕事をだね……。
ここは、みんなの実家、帰省先、ってことでいいじゃん。ずっとここに住み続ける、ってことに拘らなくても。
やはり、アレか? 一種の呪い、『呪縛』になっちゃってるのかなぁ、私から下賜された家、ってことで……。
これはイカンぞ、本当に……。
「みんな、そろそろ独立する気はないの? 私もずっとここに住むつもりはないから、そろそろここから立ち去ろうと思っているんだけど……。そしてみんなが独り立ちすれば、ここは売り払って、そのお金をみんなで分けて新生活の足しにしてくれればいいと考えているんだけど……」
そう、ここを売り払って無くせば、みんな、自由に世界に羽ばたいてくれるだろう。
そして私は、今回の件が片付けば、またすぐに旅に出るつもりだ。
一応、この国の住民だという籍は残しておくつもりではある。あくまでも私は『旅に出ているだけ』であり、この国の、そしてこの街の住人である、という形にしておいた方が、色々な揉め事が回避し易いだろうから。
無所属で旅をしていたら、正体がバレた時に、自国に住み着くようにという勧誘が激しくなりそうだし、またこの国が『御使い様に見捨てられた』とか言われるのも申し訳ないからね。
だから、『この国の者である』という籍は残すけれど、そのために無人の家を放置しておく必要はないし、ここを残しておくと、この子達がここに縛られてしまい、せっかくの才能を埋もれさせてしまう。
この子達がせっかく身に付けた知識と教養を無駄にすることなく、ここから飛び立って活躍してくれれば、この国の、いや、この世界のためになるであろう。……ほんのちょっぴり、くらいは。
それはこの子達の幸せに繋がるだろうし、間接的に私がこの世界の役に立てたということであり、私もちょっぴり嬉しい。
あれ、私の言葉に、何だか激しく動揺してるみたいだな、みんな……。
「そ、そそそ、それって……」
「カオルおねーちゃん、天界に帰っちゃうの……」
「み、見捨てるの? 私達を見捨てるの?」
あ、イカン、子供達が泣き出しそうだ! ……というか、もう泣いてる!!
「私も、いつまでもみんなと一緒にここで暮らすというわけにはいかないんだよ? 私だって……」
「カ、カ、カオルおねぇちゃんだって……?」
泣きそうな顔でそう聞き返した子に、仕方なく、無慈悲な宣告を行う私。
「結婚して、お嫁にいく時が……」
「「「「「「あ、当分は大丈夫だ!!」」」」」」
……どうしてここで、あからさまに安心したような顔をして、笑顔になるかな!
とんでもなく失礼だな、オマエタチ……。




