157 状況確認
……って、あ!
ここ、王宮だよね?
確か、設定では、私は『王宮には入らない』ってセレスに誓ったことになってなかったっけ?
いかん、考え事をしながら歩いていたから、すっかりその設定を忘れて、のこのこと入ってきちゃったよ、王宮どころか、その中の中枢部、国王陛下の執務室へ!
いかん、何か適当な理由をでっち上げて、誤魔化さなきゃ……。
誰かから指摘されるまで待つか?
いや、それだと、指摘されて、慌てて言い訳を考えたみたいに思われる。
うむむ、どうすれば……。
よし!
「お久し振りです、国王陛下。こんなこともあろうかと、セレスに『王宮には入らない、って誓ったけれど、非常事態で、かつ私が本当に必要だと判断した場合には適用除外、ってことでいい?』ってお願いしておいてよかったです!」
うんうん、これで問題なし!
「あ……、ああ、そうだな……」
さすがに、人前で兄に泣き付いたのが恥ずかしかったのか、少し顔を赤らめながら、適当な相づちを打つ王様。
ロランドは適当に扱っているけれど、王様には別に思うところがあるわけじゃないし、仮にもこの国の国王陛下なのだから、ちゃんとそれらしい対応をする。でないと、『御使い様は、国王陛下より立場が上であり、偉い』なんて噂が広まっちゃ、大変だからね。
……私は御使い様じゃない、と否定するのは、もうとっくに諦めた。
「それで、ブランコット王国の状況はどうなんだ?」
まだ自分に抱きついている王様を鬱陶しそうに押し退けながら、ロランドがそう聞くと……。
「はい、すぐに説明します。まずは、そこにお座り下さい」
そう言って接客用のソファーを指し示し、自分もそこに座る王様。
まぁ、先に王様が座ってくれないと、客の方が先に座るわけにはいかないよねぇ。来客が、他国の王様ででもない限り。そして他国の王様は、こんなところでお迎えしたりはしないだろう。
侍女が飲み物を持ってきた後、他の者は全員人払いし、王様と私達だけになった。
そして、国王陛下である、ロランドの弟セルジュから詳しい話を聞いた。
それによると、使者の近衛兵から聞いた通り、隣国ブランコット王国で国王が急逝、皆さんお馴染みの後継者争いが起こったらしい。
普通であれば、当然、長子である第一王子、つまり、あのいけ好かないフェルナンとかいう奴が国王となるはずなのに、第二王子であるギスランとかいう奴がしゃしゃり出た、と……。
どちらも正妃の子なので、身分の低い側妃が生んだ第一王子と、侯爵の娘である正妃が生んだ第二王子が、とかいう問題はなかったけれど、しっかりしていてまともな第一王子より、我が儘で己の欲望に忠実な第二王子が王位を継いでくれた方が都合が良い者達がいた、ってことらしい。
あのフェルナンとかいう奴は、私にとってはストーカーであり、とんだ疫病神だったけれど、何と、私のこと以外では、割とまともだったらしいのだ。意外なことに……。
まぁ、そういうわけで、先王が急な崩御だったため正式な後継者の指名もないまま……、って、そんなことは必要がないくらい、第一王子が王位を継ぐことが当然と思われていたらしいけれど……、とにかく、それを理由に難癖を付けて、第二王子を王位に、とか企んだ連中がいたらしい。
そしてその理由のひとつとして挙げられたのが、『第一王子は、御使い様の御不興を買った。なので、第一王子が国王になれば、女神セレスティーヌの御加護が受けられなくなり、国が滅びる』とか何とか、適当なことを吹いたらしいのだ。
そして更に、神殿の神官達とは別に、王宮に食い込んだ『自称・高位神官』とやらがおり、金をバラ撒いてコネを作り、扱いやすい第二王子を担いで甘い汁を吸おうとしている第二王子派に取り入ったらしい。
神殿側は、そんな怪しい連中は受け容れなかったが、第一王子が御使い様の不興を買ったということは否定できず、その件に関しては口を出さなかったらしいのだけど……。
そこで、先王の急な崩御。
噂では、元気そうだったのに急な病死であり、毒殺の可能性があるとか……。
元々第一王子が王太子であり、第二王子より優れており人望もあることから、王位継承については何の問題もないはず。なのに、『先王は、後継者として第二王子を御指名された』という一方的な主張をして新国王を僭称する第二王子一派が、それを否定する第一王子一派の貴族達の屋敷を急襲、更に武力により王宮を制圧。
しかし、第一王子は腹心の者達と共に、国王と王太子にしか伝えられていない秘密の脱出経路を使って王宮から姿を消し、以後、消息不明、とのこと。
「よくある話ですねぇ……」
「ああ、よくある話だ」
私の感想に同意する、ロランド。
「中には、面倒だからと王位を押し付け合う兄弟もいるというのに……」
「ははは……」
私の言葉を聞いて、王様はがっくりと肩を落として、力なく笑っている。
ま、世の中、色々あらーな! 元気出していこう!
「そういうわけで、今は第二王子であったギスランとやらが王宮を掌握していますが、その正統性を信じている者なんか、ひとりもいないそうです。第二王子を担ぎ上げている連中の中にさえ。
皆、刃向かうとその場で粛清されることを恐れて黙っているか、勝ち馬に乗って甘い汁を吸うことしか考えていないかのどちらかであり、少し状況が変われば簡単に崩れ去るという、砂上の楼閣に過ぎません。ですから……」
「どうしても、最大の不安の種である第一王子を一刻も早く消し去りたい、というわけか……」
「はい。そうすれば、一応は、継承順位的には第二王子が正統後継者となりますから。
父殺し、兄殺しの簒奪者に王位を継ぐ資格があるかどうかは、また別の話ですが……」
そのような者に、王となる資格などあるはずがない。もし第一王子が亡くなったとしても、他の、王家の血を引く者に継承させるべきであろう。亡くなった先王には娘がいるし、また、先王の弟の子供達もいる。第二王子を廃嫡しても、王位継承者がいなくなるわけではない。
そしてさすがに、それらの者達や、さらに傍系の全ての王族関係者達を皆殺しにするわけにはいかないであろう。
そして国王は、今度は自国の対応状況について説明を始めた。
「『四壁』は、東側国境に配置しました。南方のアシード王国側、西方のアリゴ帝国側は、脅威度が低いと判断し、通常の配置のままです。念の為、そちらから兵を抽出することはしていませんが……。
その他の常備軍、徴募兵達は東側国境へ。また、アシード王国もブランコット王国との国境に兵を集め、更に我が国寄りにも兵を集中し、我が国からの援軍要請があり次第、国境を越えて進軍してくれる手筈となっています」
「うむ、完璧だ。こちらから手を出すわけにはいかないから、あとは向こうから宣戦布告があるか、もしくは布告なしで国境を越えてくるのを待つだけだな」
「はい。迎撃戦となりますから、戦場が我が国の国土となり、土地が荒れるのが悔しいのですが、仕方ありません……」
気弱そうにしていたのに、やるべきことはしっかりとやっていたらしい。
まぁ、あんまり無能なら、ロランドが王位を譲ったりはしていないか。いつもロランドと較べられて気の毒だけど、ロランドがいなければ、充分立派な王様なんだろうな、多分。
あれだ、『兄より優れた弟など存在しねぇ!!』ってやつ……。
そういうわけで、バルモア王国としては、ブランコット王国側からのアクションがあるまでは動けず、そしてそのためにどうしても後手に回らざるを得ない。自国が戦争を吹っ掛けた側になるわけにはいかないので、それは仕方ないことであるが、国王セルジュが言った通り、戦場が自国内となるのは大きなデメリットであった。
でも、それは、バルモア王国の『国としての立場と体面』があるからだ。なので、仕方ない。
……しかし、それは私には何の関係もない。
勝手に名前を利用され、言ってもいないことを捏造され、レイエットちゃんが襲われ、そして私が襲われた。
うん、既に、完全に宣戦布告済みだ。
ならば、反撃してもいいよね? ……個人的に。
「じゃ、私達はこのへんで!」
「「「え?」」」
眼をまん丸にしている、ロランド、フランセット、そして王様。
「いや、私達はロランドを送り届けにきただけだし。用が終わったから、帰ります。……それが何か?」
「「「えええええええっっ!!」」」
ありゃ、私が何か戦争のお手伝いをするとでも思っていたのかな?
「いや、人間同士の戦争のお手伝いなんかしませんよ」
「「…………」」
何か、当てが外れた、というような、ロランドと王様の顔。
フランセットは、私が帰る、と言った時には驚いたみたいだけど、その後の言葉、戦争を手伝う気はない、という方には、あまり驚いた様子はなかった。勿論、エミール、ベル、レイエットちゃんは、平常運転だ。
私のことが全く分かっていないのは、ロランドだけか。結構長い間、一緒にいたのになぁ。
……そして、この中では一番頭がいいはずなのに。
やはり、『頭がいい』ということと、『人を理解する』ということは、別物かぁ。
そして、何だか複雑そうな顔をしているロランドと王様を残して、懐かしの我が家、『女神の眼』のみんなが住んでいる家へと向かう。
……そう、私は、他人の戦争を手伝ったりはしない。
これは、私の戦争だ。
お手伝いではなく、主催者側だよ。そして、こっちから殴り込んでいく方。
……で、それはいいんだけど。
フランセット、どうしてあそこに残らずに、私達についてくるのかな?
それも、凄く嬉しそうな顔をして……。
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