155 ブランコット王国突破作戦再び
「……というわけで、やってきました、ブランコット王国……」
うん、私の手配写真ならぬ、手配姿絵が出回っているところだ。
……そして、上級衛士は一度はバルモア王国へ出向いて、直接私の顔を覚えさせてあるという、ストーカー国家である。
国ぐるみでストーカーというのは規模がデカいな、おい!
……というわけで、作戦を立てた。
私達には、『学習能力』というものがあるのだよ、『学習能力』というものが!
「というわけで、チーム分けを行います。ロランドとフランセット、コボルトさんチーム。その他全員、角ウサギさんチームです!」
「「「「「…………」」」」」
また何か、おかしなことを始めやがった。
そういう眼で私を見詰める5人。
「敵は、多分前回私達が通過した時の人員編成を基にして旅人を調べているだろうから、それを完全に外すんだよ。そして、私はちょっと変装するよ。
前回はレイエットちゃんがいなかったし、パーティをふたつに分ければ、人員編成からは全く関連のないものになるからね」
貴族っぽい男女の騎士。
……兄妹なのか、任務を受けた同僚同士なのか、はたまた駆け落ちか。
いずれにしても、別におかしな組み合わせではないし、国境検問所の警備兵が口出しするようなものではない。……それどころか、下手に口出しすると、首が飛ぶ。比喩的表現ではなく、物理的に。
そして、4人連れの平民。うち3人は未成年の少女。
心配されることはあっても、警戒されることは無さそうな組み合わせだ。
乗合馬車に乗れるだけのお金がない兄妹の、馬での旅。そして駆け出しハンターらしき兄が、心細いながらも唯一の護衛役。
何の不自然なところもない。ごくありふれた、一日に何十、何百とやってくる組み合わせだ。
特に、前回、私の護衛役であると思われたはずのロランドとフランセットがいないから、私が『御使い様』だと考える者は皆無のはず。そして更に、私が変装をすれば。
……完璧の母、である。
私の説明に、納得してくれたらしい4人。……レイエットちゃんはよく分かっていないだろうから、対象外。
そして、国境検問所の手前で変装し、2組に分離。
万一何かあった場合のためにと、ロランド・フランセットの『コボルトさんチーム』は、私達『角ウサギさんチーム』からあまり離れず、間に他の旅人達を2~3組挟む程度で、前方に位置している。
私達が前だと、何かあった時に、まだ入国のための検査が終わっていない『コボルトさんチーム』が検問を突破して駆け付けることになってしまい、それは超大事になってしまうからだ。
私達が後ろだと、既に入国済みの者が駆け付けることになり、国境を力尽くで突破した大罪人、ということは回避できる。些細なことに思えても、この違いは、とてつもなく大きい。
さて、では、いざ、国境検問所へ!
……何事もなく通過できた。
うん、知ってた。
勿論、戦闘馬車はアイテムボックスに収納して、私はエドに乗ってレイエットちゃんを前に座らせて抱きかかえていた。だから、全員が『簡単な手荷物を持っただけの、騎乗者』であり、商品を持ち込むわけじゃないから課税対象外。ほぼフリーパスに近い形で、「はいはい、さっさと進んで、進んで!」というような感じで、身振りで促されただけ。
これも、ひとえに私の変装技術の優秀さ故のことだろう。
髪と眼の色の変更。
そして、透明テープと接着剤、ファウンデーション……じゃなくて、ファンデーションを使って、垂れ目にした、眼。
国家興亡の始まりとしては、ファウンデーションでもいいか。語源、同じだし。
そして、髪と眼の色はともかく、垂れ目という、私の存在意義を真っ向から否定した大胆な変装により、全く疑われることがなかったのである。
それは、『私』という人間の基本的な部分であり、皆が私を認識するための最重要部分であるため……、って、うるさいわ!!
とにかく、無事、疑われることなくブランコット王国に入国した私達。
「……よく何も聞かれずに通して貰えたよね……」
「え?」
エミールが、いきなりそんなことを言ってきた。
「どうして? 何も怪しいところはなかったでしょ?」
「普通の平民の子供は馬には乗れないし、乗合馬車に乗るお金がないのに3頭もの馬を持ってる。
……明らかにおかしいよ」
……。
…………。
………………。
「先に言ってよおおおおぉっっ!!」
先に知ってりゃ、それなりの言い訳を考えたのに!
……いや、まぁ、せっかく考えておいたとしても、結果的には、何も聞かれずに通して貰えて、無駄な作業になっただろうけどさ……。
「今度から、気付いたことは、ちゃんと言う! いいね、分かった?」
「う、うん……」
多分、私の案だから間違いはない、疑問を呈するのは不敬だ、とか考えたのだろう。
イカンなぁ。そのあたり、もっと教育しなくちゃ……。
国境を越えてすぐ、『コボルトさんチーム』と合流。あとは、この国を出る時と、どこかの街に入る時に一時的に分離すればいいだろう。それと、不審な兵士の集団がいた時とか……。
遠目にそういうのが見えたら、ごく自然に両チームが間隔を空けて別グループの振りをすればいいし、街では、同じ宿に別々にチェックインして、後でどちらかの部屋に集まればいい。
ま、大半は野営で済ませて、街で宿屋に泊まるのは数日に1回だ。
勿論、全部野営にした方が、早く進める。無駄な時間がかからないから。多少暗くなっても、ケミカルライトの明かりがあれば、いくらアスファルト舗装ではないとはいえ、それなりに整備された主要街道を普通に歩くくらいなら、大きな問題はない。
……でも、構成メンバーの3分の2が女性である我々は、せめて数日に1回はお風呂に入らないと我慢できないのである。私ですらそうなのだから、想い人と一緒であるフランセットとベルは、更にその思いが強いだろう。
私が、フランセットとベルにそう言ったところ……。
「え? 別に……」
「そんなの、気にしたことありませんけど……」
って、お、お前ら……。
そ、そういうものなのか?
そういう時代背景なのか、人種の違いか、性癖なのか……。
ま、まぁ、かなり昔から平民でも風呂に入るのが普通だった日本とは違うか……。
でも、私が我慢できないから、数日置きにお風呂がある宿に泊まるのだ!
しかし、ま、とりあえず今夜は野営で。
そして、王都は避けて、王都の南側を通ってバルモア王国へ……。
「今夜は、宿を取るぞ。そして、この国の王都、アラスに向かう」
「何でよおおおおぉ~~!!」
はぁはぁはぁ……。
「どうしてわざわざ、身バレする危険の大きなところへ行くのよっっ!」
とんでもないことを言いだしたロランドを、思い切り怒鳴りつけてしまった。
しかし、いったい何を考えているのか! 馬鹿じゃなかろうか……。
「いや、今後のことを考えれば、ブランコット王国の状況を確認し、得られる情報をできる限り集めながら通過するのが得策だろう。
まさかカオルが戻ってくると予想している者はいないだろうから、バレる危険はそう大きくはないであろうし……」
うむむ……。一応、ロランドが言っていることにも、一理ある。しかし……。
「そういうことには素人で、しかも身バレすれば大変なことになる私達がわざわざそんなことをしなくても、ちゃんと間諜とか草とか買収した下級貴族とか、そういうのから情報を入手しているんでしょ? あの使者の近衛が第一王子のことを知っていたんだから、情報源はあるよね?
わざわざ私達が王都に行く必要はあるの? ロランドの趣味や楽しみ、という理由以外で!」
「うっ……」
ロランドの奴、言葉に詰まりやがった!
それはつまり、『自分が行ってみたいだけ』ってことだ。
この野郎……。




