154 帰 郷 2
「まぁまぁ、そんな顔をしないで……」
弟からの、あまりにも情けない言伝に、がっくりと項垂れているロランド。
まぁ、仲良し兄弟なんだから、兄に頼る可愛い弟、ってことで、勘弁してあげなよ。私も、妹の雪には色々と頼られてたし、兄さんには色々と頼ってたよ。だから、いいじゃん、それくらい。仲良しの証だよ。
……あ、兄弟としては別に構わないけれど、国王としては駄目、って?
まぁ、そりゃそうか……。
「……で、どうするの?」
いや、ロランドがどうするかは、分かってる。
仮にも王兄だし、祖国と弟、そして家臣や国民達の危機なんだ。ここで帰らないようなら、そんな奴、うちのパーティには必要ない。
何て言うかを私が気にしているのは、フランセットの方だ。ロランドと一緒に帰るのか、このまま私と一緒に旅を続けると言うのか……。
「カオル様、しばらくお暇させていただきます」
フランセットは、躊躇う素振りもなく、ごく当然のことのように、そう言った。
うん、まぁ、それ以外の返事はないよねぇ。
フランセットはロランドの婚約者であり、王国の貴族であり、……そして『騎士』だ。他の言葉なんか、あり得るはずがない。
そしてロランドもまた、フランセットがそれ以外の言葉を紡ぐはずがないと分かっていたかのように、ごく当然そうな顔で頷いている。
……うん、知ってた。フランセットが、そういう奴だってことくらい……。
そして。
「……じゃあ、不動産屋と馬屋に行って、解約の手続きをしてくるよ。引き払うのは明日でいいんだよね? 商売関係の方は、カオルが自分で行ってね」
「うん、分かった。どっちも、支払い済みの今月分のお金は返さなくていい、って言っといて」
「了解!」
そう言って、さっさと出ていくエミール。レイエットちゃんを抱えたベルも、それが当然のような顔をしている。
うん、分かってくれてるなぁ。
「「え?」」
そして、分かってくれていない、ふたり。
「あのねぇ、王都には、私の庇護下にある孤児達や、お世話になった人、お世話してあげた人、そして大勢の知り合いが住んでいるんだよ? そして、レイエットちゃんを襲わせたあの腐れ神官の仲間達が敵側に付いているんだよ?」
そう、『敵』だ……。
担ぎ上げられた第二王子とやらは、私のことを『自分を王にと推してくれている味方』とでも吹き込まれているのかもしれないけれど、そんなの、知ったこっちゃない。
みんな纏めて、敵だ、敵!!
「それに……」
「「それに?」」
ロランドとフランセットの合いの手に、私は、怒りを込めて呟いた。
「あいつら、私を、王位簒奪の理由のひとつとして利用しやがった。
……女神の託宣を捏造し、その真意を私利私欲のために歪めて流布した者を、私が見逃すとでも?」
ロランドとフランセットが、床に膝をついて頭を下げた。使いの近衛も一緒に。
うん、一時帰郷だ。
* *
『ようやく出番かよ!』
エド達、久々の出番である。
「私達が旅に出るまで住んでいた国へ、大急ぎ! お願いできるかな?」
『『『『『勿論!!』』』』』
頼もしい5つの声が上がり、出発である。
戦闘馬車は、街から少し離れてから。なので、今は私がレイエットちゃんを抱えてエドに乗っている。
既に馬屋への精算は終わっている。
「よし、出発!」
本当に急ぎの、緊急事態……たとえば、孤児の子供達が危険だとか……なら、自重なしで何でもやる。高速クルーザー、いや、ジェットフォイルで海路を行くとか、垂直離着陸機かヘリ、もしくは滑走路を必要としない飛行艇で飛ぶとか、ランドクルーザーで街道をぶっ飛ばすとか……。
但し、大騒ぎになるのが確実なのと、船や航空機は『ポーション容器』として出せたとしても、誰がそれを安全に操縦できるのか、という問題がある。
ランドクルーザーあたりであれば、普通免許を持っていたから私でも運転できるだろうとは思うけれど、大騒ぎになった上、多分強制的に停止させられて、取り調べを受けることになるだろう。
馬車や丸太で道を塞がれれば終わりだし、道や橋、他の馬車とかの関係で止まらなきゃならない時もある。休憩もしなきゃならないし。そういう時に取り囲まれたら、罪のない兵士達を跳ね飛ばして進むわけにもいかないだろうし……。
うん、本当の『一刻を争う緊急事態』以外では、やるべきじゃないだろう。
なので、普通に、エド達と一緒に街道を一直線。
ポーションを飲んで強化されたエド達ならば、街の宿屋に泊まって無駄な時間を使うことなく、野営中心で進み続ければ、かなり早く着くはずだ。
* *
「……しかし、どうして『御使い様』がいる、我がバルモア王国に手出ししようとなんか思ったんでしょうね。そりゃ、今は一時的に国を離れてはいますけど、カオルちゃんの本拠地である国に手を出すとは、とてもまともな者の考えとは思えません……」
食事のための休憩中に、フランセットがそんなことを言ったが、まぁ、それは仕方ない。
「『御使い様』がバルモア王国を見捨てて去った、バルモア王国は女神の加護を失った、とでも考えたか、そしてブランコット王国の第一王子を拒絶したということは、御使い様は第二王子が王位を継ぐべきだとお考えであるのだ、とか、色々と都合の良い勝手なことを考えたのか、それとも誰かに何かを吹き込まれたのか……。
女神は自分達の味方である、とでも思ってるんじゃないかなぁ。適当なことを吹き込まれて……」
「あ、なる程……」
私の説明に、簡単に納得したらしい、フランセット。
ロランドの話によると、東側の国は、自身が大国である上に後方に大陸本体部分に位置する強国が控えており、とても手出しできるような状態ではないらしい。なので、簒奪誤魔化しセールのための戦争相手は、西側のバルモア王国かアシード王国しか選択肢がないらしい。
そしてバルモア王国は『御使い様に敵対して見捨てられ、女神に見限られた国』として、戦争を吹っ掛ける口実にしやすかったのだろう、とのこと。
いや、まだ宣戦布告や戦いが始まったわけではないらしいが、間者や草(現地永住型の情報提供者)からの情報や、その他諸々で、ほぼ当確らしいのだ。
当選枠は、多分、1国。
さすがに、ここで2正面作戦はないだろう。
しかし、実はバルモア王国は、自国の南方に位置し、ブランコット王国とも国境を接するアシード王国とは水面下での、つまり秘密協定を結んでいるのである。なので、どちらの国が侵略を受けても、自動的にもう片方が参戦することになっている。
本来はアリゴ帝国に対して備えたものであり、前回の講和会議の後で、2国だけの極秘会談を行って締結したものらしい。
抑止力にするには公表しないと意味がないのでは、とも思うが、抑止効果よりも、万一の時に相手の不意を衝いた奇襲攻撃で致命傷を、ということらしい。
ま、政治のことは、よー分からん。手出しも口出しも、控えよう。
……私の都合による場合を除いて。
そして、再び進み始める、私達一行。
普通の1頭立て小型馬車が含まれているにしては、常識外れの速度である。
……うん、それはまぁ、エド達だからねぇ。しかも、ポーションによるドーピング付きだ。
なので、使者として来た近衛の人達は、別行動。
一緒に移動すると、彼らに合わせねばならず、移動速度が大幅に低下してしまう。
ロランドが帰還することを知らせるべく先行させようにも、絶対、私達の方が先に着く。
なので、王都や東方へと向かった3人に任務完了を伝える必要もあるだろうから、使者の人は街に残って貰った。ゆっくりしていってね、というヤツだ。
そして、私達はマイペースでの移動。
まずは、ブランコット王国を突破して、古巣のバルモア王国へ。
その後は?
……長瀬一族の、怒りを見よ!!




