152 司 教 2
「……というわけです」
駆け付けたマリアルやロランド達、王宮からの近衛兵、そして神殿からの神官や神官兵達への説明を終えた。
そして、なにやら近衛兵と神官達の間で、犯人の身柄の奪い合いが始まった模様……。
いや、どっちが身柄を引き取ろうが、訊問の結果を教えてくれさえすれば、私としては問題ない。
マリアル経由で『愛し子様だけでなく、御使い様に対する企みも吐かせるように』と伝えて貰うから、そのあたりも大丈夫だ。それを伝えておかないと、『使用人を脅して、愛し子様に危害を加える計画』についての訊問しか行われないだろうからね。今回のこいつらの計画は、マリアルではなく、私をターゲットにしたものだったろうから……。
騙して利用、それが駄目なら排除、ってとこかな。
でも、それはどうでもいい。
問題は、レイエットちゃんを襲わせたのがこいつらかどうか、ってことだ。
今の私には、それ以外のことはどうだっていい。
* *
犯人の身柄は、結局、王宮側が確保した。
ま、当たり前か。神殿側は、司法権を持っているわけじゃないし、下手をすれば大事になってもおかしくない案件なのだから、こんなの、神殿側に任せられるわけがない。国王直々に取り調べる、とか言いだしてもおかしくない案件だしね。
神殿や王宮の者達が来るまでの間に、斬り落とされた手首はアイテムボックスに回収。両手首からの出血は、ポーションで止血した。そして、『私が御使いだということは、一切口にするな。あくまでもマリアルの侍女として話せ。反省してちゃんと喋るならば、後で手首をくっつけてやることを考えないでもない』と言い含めておいたので、ま、何とかなるだろう。
もしこいつが私のことを喋ったとしても、それはそれで、別に構わない。その時は、また他の国へ移動するだけだ。治療薬を出すミニ女神像を作って逃げ出した、あの時のように……。
本当は、私達だけで訊問したいところだけど、宿の者や他の客達がどんどん集まってくる上、すぐに王宮や神殿勢がやってくるだろうから、そんなことができる状況じゃなかった。残念……。
ま、『愛し子様』の御威光で、訊問に立ち会わせて貰えればいいだろう。こっちは当事者、被害者な上、『愛し子様』に対して悪事を企んだ者の取り調べなのだから、マリアルが望めば、拒絶されることはないだろう。いざとなれば、王様に直談判すれば、通るだろうし。
うん、便利だな、『愛し子様』。
いや、『御使い様』でもそれくらいできるだろうけど、後が面倒になるからなぁ。『愛し子様』なら、私わかりませ~ん、で逃げられても、『御使い様』だと、色々と要望が出されそうだし。
私は『御使い様』じゃない、というのは、いくら言っても無駄なので、もう、半分諦めている。結局、『御友人様』というのは語呂が悪いのか分かりにくいからか、あんまり普及しなかったよ、クソッ!
* *
王様に直談判するまでもなく、狙われた(ということになっている)マリアル、その侍女にして今回の直接のターゲットであり証人である私とフランセットは、取り調べの場に招かれた。
これはあくまでも『取り調べ』の場であり、訊問は、また後で、それ専用の部屋で行われるらしい。ま、そういうのは淑女に見せるものじゃないか。
そして、驚いたことに、何と王様も陪席していた。
別に取り調べに直接口出しすることはないだろうけど、ま、自国の王都で『愛し子』が謀略に巻き込まれそうになったと聞けば、そりゃ、じっとしてはいられないか。下手をすれば、女神のお怒りを買うかも知れないんだから。……そう、あの、セレスの、だ。
来るわ~。そりゃ、来るわ~……。
取調官が色々と聞き出す合間に、私も横から口出しして色々と聞き出した。
取調官としては面白くないだろうけど、背景事情を知らなければ適切な質問はできない。マスリウス伯爵領の領都、つまりマリアルの別邸や私のお店がある、あの街における孤児とレイエットちゃん襲撃事件とか、ブランコット王国の状況、ルエダ残党とかの話を聞き出すには、私が聞くしかない。
それに、私が聞くと犯人が必死で説明してくれるから、取り調べが捗るのである。
そして、あれこれと聞き出して、自国には何の関係も落ち度もなかったということを知って安堵のため息を漏らす王様、犯人をどうすればいいのか悩む取調官、そしてどう対処すべきかを悩む、私達であった……。
* *
「引き揚げかなぁ」
宿で、みんなに向かってそう言う、私。
いや、やるべきことがあるとしても、それは、ここ、この国の首都でじゃない。
とりあえず、マリアルを護衛してマスリウス伯爵領にあるレイフェル子爵家別邸、もしくはレイフェル子爵領にある本邸へと送り届けるのが先決だろう。……安全のためには、別邸の方がいいかな。そして、その後、もうおかしなちょっかいを掛けられないように、何らかの対応をとる。それしかないだろう。
「え、何もせずに逃げ出すのですか!」
フランセットが、『そんな弱気な!』と言わんばかりに突っ掛かってきた。
「……もう少し、よく考えようよ……。敵の本拠地は、ここじゃないでしょ。ここにいるのは、下っ端だけ。それも、もう捕らえて処分待ちだし。だから、ここから逃げるんじゃなくて、『敵がいるところへ進撃する』んだよ!」
「あ……」
途端に、笑顔になるフランセット。
……どんだけ戦いたいんだよ!!
そう、あの司教が吐いた情報によると、ルエダの悪徳神官一派が壊滅した時に、一部の者達は素早く資産を掻き集めて金貨や宝石、高価な美術品等に替えて国外に脱出、バルモア王国を抜けて、ブランコット王国へと逃れたらしい。
その後、更に東方、大陸部の国へと逃れた者と、ブランコット王国に根を下ろし、そこで再起を図ろうとした者に分裂。持ち出した資産を現金化して政財界に食い込もうとする者、野心は捨ててのんびりと悠々自適の隠居生活を始める者、……そして、再び神官として宗教の世界に返り咲こうとする者に分かれたらしい。
これらのうち、東方へ去った者、隠居生活に入った者達は、問題ない。
いくら過去に色々としでかしていても、そういう者達をどうこうしようという気はない。私は、別にルエダの国民でも、警吏でもないのだから。
でも、ブランコット王国で宗教界や政財界で返り咲こうとしている連中。コイツらが、ヤバそうなんだよねぇ。
正直に『ルエダの残党だ。資産を持ち出して逃げてきた』なんて言おうものなら、すぐに、今はバルモア王国の侯爵領のような立場となっている『バルモア王国ルエダ領』の統治組織から捕縛と財産没収のためのチームが派遣されるだろうし、ブランコット王国側も、ルエダ領やバルモア王国と、と言うより、女神セレスティーヌと事を構える気など皆無だろうから、素直に身柄を引き渡すに違いない。
なので勿論、連中は過去の身分を隠して、遠国から来た高位神官だとか、隠棲していた賢者だとか、適当な胡散臭い身分を名乗っているらしい。
普通であれば、そんなのが相手にされるはずがない。
……そう、普通であれば。
ルエダから持ち出した莫大な財産には、充分に、その『普通』を覆せるだけの威力があったのだろう。
ふたりしかいなかった私の友人のうちのひとりが、古本屋で買ってきたらしい漫画を読んだ翌日に、言っていた。……『世の中、銭ズラ!』って……。
* *
そして、さっさと帰途に就いた、私達。
レイフェル子爵家が所属する派閥の長であるセリドラーク侯爵や、王様、神殿の大司教とかが必死でマリアルを引き留めようとしていたけれど、『侍女が襲われるようでは、とても安心して王都に留まることはできません』と言われては、王様も、そして選りにも選って襲撃犯が神官であったために神殿側も、あまり強くは出られなかったのである。
まぁ、そんな理由はなくても、マリアルに強く出られる者はいないか……。
犯人の方は、『手首をくっつけてやることを考えないでもない』と言った手前、一応約束を果たそうとしたんだけど……考えないでもない、と言っただけだし、相手は悪党だから無視してもいいんだけど、一応、破らずに済むならなるべく約束は破りたくないから……、さっさと処刑されてしまい、その時間がなかった。
あまりの早さに驚いたけれど、聞き出すことは全部聞き出したこと、この国にとってはあまり関係ないし、関わり合いを持ちたいとも思わない内容であったこと、そしてこのままだと、ブランコット王国、バルモア王国、そしてルエダ領からそれぞれ身柄の引き渡し要求が、そしてルエダ領からは更に司教の財産引き渡し要求が来そうであり、それらの面倒を嫌がり、さっさと処刑して幕引きを図ったのであろうと思われた。
ま、面倒事は、芽のうちにさっさと摘み取っておくに限るね、うん。




