150 駆け引き 3
私を見て反応した者には、全て尾行を付けた。
こんなこともあろうかと、尾行要員はたくさん用意しておいたのだ。ふはは……。
というか、同行した鳥軍全員が、そのあたりの木の上やひさしの上で待機していただけなんだけどね。……せっかくわざわざついてきたんだ、面白いことと特別報酬の機会を逃すような奴らじゃない。
って、だから、頭良すぎるだろ! 何か細工してるよね、セレス!!
その『頭を良くする処置』を、私にも……、って、考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だ! そんなことをすると、絶対に何か落とし穴があるじゃーのん?
いやいやいやいや、そうなったら、それはもう、私じゃなくなる。別の人間だ。ポーションで眼付きを可愛くしたり、胸を大きくした私は、既に『私』じゃないのと同じで……、って、うるさいわ!
「カオルちゃん、あの中に、当たりはいると思う?」
「う~ん……」
フランセットの問いに、唸ることしかできない私。
一応、エミールとベルに鳥さん達の案内で『私を見て反応があった全ての面会客』の家を確認させて記録を取っておいたけれど、どうも、全部外れっぽい。面会の時の様子もだけど、あの後、大した動きがないんだよねぇ。
もし私のことを知っていたなら、帰宅後、すぐに何らかの行動に移るはずだよねぇ、普通に考えると……。ということは、今回のマリアルの面会客の中にはいなかった、ということか。
さすがに、そう簡単にはいかないか……。
でも、わざわざ首都から複数の者を派遣したくらいだから、そこそこの執着はあるのだろう。
ガードが固かった、貴族であるマリアルに強引に接触したりはせず、そして平民として暮らしている私に普通に接触することもせず、最初からいきなり『人質を取る』という強行策を取った連中だ。こんな絶好の機会を見逃すとは思えないんだけどなぁ……。
……あ。
「マリアルに面会を申し込んだ人は、これで全部?」
受付を担当したマリアルの家臣達にそう聞いてみると……。
「いえ、貴族家は御本人であろうが代理の家臣の方であろうが皆さん受け付けましたが、商人は、商会主本人ではない者、評判が著しく悪い者、そして態度が悪かったり品行下劣な者達は受け付けず、追い返しました。また、受け付けましたのは大規模商家が中心であり、中規模商家以下は、余程評判の良いところ以外は、同じく受け付けておりません。……それらを受け付けますと、あまりにも人数が膨大になりますので……」
あ~、そりゃそうか。みんな、駄目で元々、あわよくば、って思うよねぇ。
面会申し込みに、高額の参加料を取ればよかったかな。そうすれば、人数を絞れた上、かなり稼げたはずだ。
そう言えば、貴族家関連は全部通したらしいけれど、貴族本人ではなく家臣が来たところには冷たい態度だったよね、マリアル。
ま、当たり前か。向こうが『小娘相手など、代理でいい』と思ったなら、こっちも、それに応じた態度を取るに決まってる。
本当は、わざと家臣を遣いにやって、夕食会やらパーティーやらに招くつもりだったのかも知れないけれど、マリアルがいちいちそんな見知らぬ貴族の招待を受けて半日潰したりするはずがない。
それに、夕食会やパーティーだと護衛も私達も側にいられないから、マリアルが敵陣で孤立して総攻撃を受けてしまう。そんなの、行かせられるわけがない。マリアル本人も、勿論最初からそんな招待を受ける気なんか欠片もないし。
なので、敢えて家臣を出して招待状を渡す作戦に出たところは、全滅。
貴族家当主でもない者と様々な交渉をしても無意味だから、そういう相手には、挨拶の口上だけ聞いて、何の具体的な話もすることなく、勿論御招待とかは全て辞退して、さっさとお引き取り戴いていたよね、マリアル。
使いの家臣の人達は蒼い顔をして必死で食い下がろうとしていたけれど、そんなのに付き合う義理はない。いくら相手が伯爵家であろうが侯爵家であろうが、マリアルにとっては、そんなの関係ない。
上位者からのお誘いを全て受けるなどということは不可能だし、あくまでも『御招待』を、『予定が合わないので辞退申し上げる』だけなので、礼儀的にも非難される謂われはない。
言い掛かりをつけられた場合は、派閥の上級貴族達が護ってくれるはずである。……特に、『若くて可愛い独身女性である貴族家当主、しかも女神の愛し子』となれば、それはもう、派閥全体の総力を挙げて。そういう時のための『派閥』なのだから、勿論、役に立って貰わねば。
……だから、何も問題はない。そのはずである。
そして、問題は、『受け付けて貰えなかった商人達』だ。
マリアルに、そして私に接触したいなら、貴族や大商人であれば、普通の手段で接触すればいいはずだ。あの、4人の商人達のように。
なのに、最初から、いきなり私の関係者に手を出してきた。
そう、それはつまり、『そういう相手』だってことだ。……どうしてそれに気が付かなかったかなぁ、私……。
「面会を断った連中のリスト、ありますか?」
「はい、勿論。そういう者達のリストは、後々何かと役に立ちますので……」
うん、やはり、デキる家臣は違うねぇ……。
* *
私とフランセットは、ふたりで宿を出て、首都をぶらぶらと散策していた。
私は侍女服ではなく、ちょっと金持ちっぽい高そうな服。フランセットは騎士装備ではなく、メイドっぽい動きやすい服装で、『筒状の何か』に偽装した剣を持っている。
そして私は、ポーションで髪や眼の色を変えたり、目尻をテープで下げたりする変装はしていない。
今まで変装などしていなかったのに、今更急に変装すると、レイフェル子爵家の人達はともかく、他の人達から怪しまれるだろうからね。さすがに、マリアルにずっとくっついていた私の顔や髪の色とかは、かなりの人達に覚えられているだろう。
そして、変装をしていない一番の理由は、『さっさとけりを付けたい』ということだ。
マリアルの用事も終わったし、便利な店ベルも閉めたままだし、ここではあの街のように新鮮で美味しい海産物が食べられない。
……いや、アイテムボックスには魚介類がかなり入っているけど、気分的なものがある。それに、マリアルの侍女をやっているのに、宿の厨房を借りて自分達だけ勝手に料理して食べるわけにもいかないだろう。
そういうわけで、早く片付けたいんだよね。だから、まぁ、『餌』ってわけだ。マリアルではなく、私の方に強引な接触を図ろうとする者を釣り上げるための……。
よからぬことを企んでいるならば、どうせ宿の玄関を見張らせているだろう。マリアルが出掛けたならば出先で偶然を装い接触するために。そして、連れの使用人が出掛けたならば、同じく接触して、買収や脅しで情報を得るために。……勿論、手下を使い、自分の名がバレないようにして。
そこで、その見張りにはっきりと分かるように、『侍女であるはずの者が、使用人とは思えない身なりで、メイドがひとり付いての外出』という、おそらくすぐに雇い主に知らせがいくような餌をぶら下げたわけである。
私……というか、『バルモア王国の、御使い様』の容貌を知っている者がいれば、確実に食い付きそうな餌を……。
とか考えながらしばらく街をうろついていると、来た。
「すみません、ちょっといいですか?」
声を掛けてきたのは、50歳前後、でっぷりと太った体型から、とても戦闘職とは思えない男性。雰囲気も温厚そうで、隠居した商家の旦那、というような感じである。
でも、勿論、見た目で気を許したりはしない。詐欺師は誠実そうに見えるものだからねぇ。
フランセットは、手にした筒の中に右手を差し入れている。
……もちろん、中で剣の柄を握り締めているのだろう。この男がたとえ急に懐から刃物を取り出そうとしたところで、それより早くその両腕を斬り落とせるのは、まず間違いあるまい。それが分かっているから、フランセットもそんなに緊張しているわけではないが、それでも、この男が隠し玉……口から含み針やら毒霧やらを吹いたり、火薬で私達諸共自爆したり……を使う可能性や、伏兵の可能性を考慮して、警戒は怠っていない。
「あなたは?」
「はい、ブルース司教の御依頼により、御使い様との仲介役を承りました、ゴスコールと申します。……仲介役とは申しましても、ただブルース司教とお会い戴くべく御案内するだけなのですが……」
予想に反して、商人からのアプローチではなく、神殿からだったか……。
しかし、マリアルではなく私に接触してきたということは、私のことを知っている、もしくはレイフェル子爵家の使用人に取り入って……、って馬鹿か、私! 今、『御使い様』って言ったよね、この男性……。何、ボケてるんだよ……。
まぁ、神殿の方が、バルモア王国で起きた事件について商人より詳細な情報を持っていても当然か。何せ、当事者サイドの立場だからねぇ。バルモア王国の神殿から、直接連絡が来ているだろうし。尾ひれの付きまくった雑多な噂話の集合体から情報を集めている商人達とは、情報の精度が違うか……。
同様に、王宮あたりも正確な情報を入手するよう努めているだろうけど、そっちに入る『正確な情報』というのは、『バルモア王国の王宮が流した噂や、公式発表』が中心だから、うちの王様の情報操作をモロに受けてるんだよねぇ……。
ま、そういうわけで。
「じゃあ、案内をお願いします」
うん、乗るに決まってるよね、胡散臭い誘いには。
だって、そういうのを募集するための散策なんだから……。




