149 駆け引き 2
その後、他の商人や貴族達に交じって、例の4人の商人達をフルコンプリートした。
いや、全員が悪い商人というわけではなく、あの抜け駆けした商人、暴力を振るった商人以外のふたりは、落ち着いた普通の商人であり、商会主自らが危険を冒して遠出してまで儲けのチャンスに食らい付こうとした、意欲溢れる人物だ。なので、そのふたりには、マリアルもちゃんと普通に話をした。家臣のふたりも、『問題なし』のサインを送っていたし。
そして、ある客は適当にあしらい、ある客とは友好関係を結んだり領地の産物の売り込みをしたりして、貴族や商人、そして何故か交じっている神官とかの客を捌いていると、『アレ』が来た。
……そう、マッチポンプの貴族家だ。レイフェル子爵家と同じ派閥ではなく、もう少し大きな派閥の長らしい。神殿と繋がりがあるとか……。
「お初にお目に掛かる。ハールト・フォン・ハレイラル伯爵である。女神と縁があるとのこと、ならば是非、神殿との繋がりが強い我がハレイラル家と親交を結び、女神の恵みと慈しみを共に享受しようではないか!」
……勿論、既に私から『コイツだよ!』というサインを出してある。なので……。
「繋がりが強いのは、神殿ではなく、盗賊団とではないのですか?」
マリアル、超ど真ん中へ、剛速球!
まぁ、こんな相手と世間話をしても、時間の無駄だからね。
「なっ……」
そりゃまぁ、絶句して顔色が変わるのも、無理ないか。
「な、何を、根も葉もないことを……。何か、証拠でもあるのか!」
口調が荒くなってきたなぁ。焦ってるのかな?
でも、マリアルはそんなの気にしない。
「証拠も何も、女神様から直接お聞きしましたから。それ以上に、どんな証拠が必要だと?
それに、私に何を言っても無駄ですよ。何しろ、私は事実を『知っている』のですから、どんな言い訳をしようと誤魔化しようがありませんし、私をいくら言い負かそうとしても、何の意味もありませんよ。
別に、私が貴方に何を求めているわけでもないし、貴方が何を言おうが、女神様の言葉が嘘で、貴方が言うことが正しいなどと思うはずがないでしょう? つまり、盗賊に私達を襲わせたのは、貴方です。私にとっての、その事実が変わることは絶対にあり得ませんよ。当然でしょう?」
マリアルのその言葉には、反論のしようがない。
女神から直接犯人の名を聞いたマリアルがそれを信じないはずがないし、この伯爵がいくらそれを否定しても、全くの無駄骨だ。
そもそも、この伯爵は神殿派らしいのに、女神の御言葉を否定するって言うのかな?
そして、マリアルは『盗賊に襲わせた』ということだけを指摘し、『盗賊から救うために用意された、騎馬兵士達』については何も触れていない。なので、これでは、この伯爵が私達を本当に襲わせようとした、という話になってしまっている。
……しかし、ここで、『実は助けるための兵士を用意していました』などと言えるはずがない。それすなわち、盗賊に襲わせたこととマッチポンプの自白も同然だからである。
でも、『襲わせようとした』というのよりは、『マッチポンプで仲良くなる切っ掛けにしたかった。最初から危害を加えるつもりはなかった』と言う方がずっとマシだと思うけどなぁ。盗賊の件が完全にバレている以上……。
困り果て、脂汗を滲ませている伯爵。
いや、でも、あの兵士達から報告を受けたんじゃないのかな? マリアルが、まだ女神のしもべである鳥や犬達に護られているって……。ならば、まだ女神の眼がマリアルから完全には離れていないと考えるのが普通なのでは? なのに、どうしてその可能性を考えていなかったのだろうか。
……もしかして、マリアルの『女神の御寵愛』っていうのを、信じていなかった?
偽物だと思っていて、それを承知で利用するために近付こうとしていたとか?
うん、そうとでも考えないと、女神が目を掛けている者に詐欺を仕掛けたり喧嘩売ったりするはずがないよね~。
それに、『マリアル達に危害を加えるつもりはなかっただろうから、そう悪い人では……』とか思っていたけど、よく考えてみれば、『盗賊と仲良しの貴族』って……。
アウト!
アウトオオオオォ~~!!
悪党に決まってるじゃん!
今まで、盗賊を使って色々とやらかしてたに決まってるよ!!
何、ボケたこと考えてたかなぁ、私……。
「私が訴え出て、何とか罪を免れようとして必死で言い訳をするなら、まだ、分かります。でも、『事実を知っている私』に言い訳をして、いったい、どうしようと?
さ、このことを他の方々に話されたくないなら、諦めて、さっさとお帰り下さい!」
あ、不愉快さ丸出しのマリアルの言葉に、さすがに諦めたのかな。素直に引き下がり、退出したよ、伯爵……。
そして、マリアルは……。
「話されたくないなら帰りなさい、とは言いましたけど、帰れば話さない、とは言っていませんよね、私……。あの人は、『話されたくないから、帰った』。ただそれだけであって、私の行動とは何の関係もありません!」
うんうん、いい具合に闇堕ちしてきたよね、マリアル……。
そして、更に何人かの訪問客の相手をしていると……。
びくり!
部屋に入ってきて、私達を見た瞬間、驚いたかのような反応をした人がいた。
ほんの一瞬だけど、明らかに驚いたような表情を浮かべ、硬直したような感じ。そしてすぐに普通の表情に戻った。
……うん、その『ほんの一瞬の硬直』の時に、私の方に視線を向けていたんだよね。
「『バンシー商会』という商家を営んでおります、ドブールと申します。女神の愛し子、レイフェル子爵閣下におかれましては……」
その商人も、マリアルはそれまでの来客と同じように、軽くあしらった。
そして私は、今まで以上にしつこく食らい付く商人を、最後には不快感を隠そうともせず追い払ったマリアルに『ちょっとごめん!』と言って、商人が出ていったドアとは別のドアから飛び出した。
そのまま、正面玄関ではなく別の出入り口から外に出て、右手を挙げると……。
この出入り口の側で待機していた者が、飛んできた。……文字通り、『飛んで』。
私はそのまま走って宿の建物を回り込み、ひとりの男を指差した。……そう、正面玄関から怒り混じりの不機嫌そうな顔で出てきた、さっきの商人を。
《アイツを尾けて!》
《わかった!》
私の指示にそう答えると、『それ』は、男から少し離れた場所の上空で、円を描いて飛び始めた。
……そう、勿論、レイフェル子爵家お抱えの『鳥軍』の精鋭の一羽である。
いや、勿論、先程の会談で相手の名前や店名は分かっているが、その店名や名前から店の場所や相手の住居を調べるよりは、後をつけた方が早い。余所者がそんなのを聞き回って調べていたら、衛兵か相手に知らされる可能性もあるし……。
だから、とりあえず、あのドブールとかいう男の居場所を自力で突き止めるのである。
今の私は、変装とかはしていない。
私の存在が『御使い様』として皆に知れ渡り、そして講和会議におけるセレスの降臨から、私のバルモア王国出奔までの、4年間。その間に私を見たり、雇った絵師に私の姿絵を描かせて他国へ持ち帰った者達が、かなりいたと思われる。
だから、バルモア王国から遠く離れたこの国でも私の顔を知っている者がいてもおかしくはない。
なのに、私のことに気付いていながら、そのことを口にせず、気付かなかった振りをする者、と言えば……。
そう、『怪しい』ということだ。
「お待たせしました!」
そして急いで部屋へと戻り、来客との面談に復帰した。まだまだ面会待ちの客は残っているのだ。
さて、では、面談を再開して……。
ぴくっ!
びく!
びくびくっ!
「……え?」
あの後、私を見て一瞬固まり、そして何事もなかったかのようにスルーする客が続出した。
どういうことだ?
すると、私が考え込んでいることに気付いたらしいロランドが、ぽつりと呟いた。
「……カオルの眼付きに怯えているだけじゃないのか?」
ドちくせう!!




