148 駆け引き 1
ゆっくりと食休みを取ったけれど、食事自体が早い時間の朝食兼昼食であったため、『午後イチ』という時間に始まった、マリアルの『来客対応』。
大勢の来客があることは、宿にはちゃんと事前に説明してある。マスリウス伯爵がここを予約する時に、ちゃんとそのあたりは根回ししてくれたらしい。
それに、ここは高級な宿屋なので、有力者や著名人が宿泊することもあり、そういったことには慣れているらしい。それもあっての、『会見用の客間を含む5部屋がワンセット』であり、高価な宿泊料金の特別室、ってことらしい。
でも、伯爵の話によると、宿の人達は『愛し子様に御宿泊戴けるとは、光栄の至り。何でも御用命下さい』とか言っていたそうだから、もし訪問客が揉め事を起こしても、宿はこっちの味方をしてくれるだろう。たとえ、訪問客が身分の高い者であったとしても。
というか、宿としては、『宿泊客を守る。……それが犯罪者でない限りは』という姿勢を取るのが当たり前か。客を権力者に売るような宿が、高級店を名乗れるはずがない。もしマリアルに対してそんな真似をしてくれたなら、私が『名乗れなく』してあげるよ。……物理的に。
と、まぁ、そんな感じで始まった、来客対応だけど……。
最初に通されたのは、貴族家の者らしい。何でも、夜明け前から並んでいたとか。
今日の午後からここでマリアルが来客に会う、というのは、事前に告知してあった。そして家臣の一部は王都到着時からこの宿に泊まっていたので、早朝であっても受け付けられはしただろうけど……。
「家臣の人も宿の人も、いい迷惑だよね……」
まだ寝ているところを起こされたに違いない。
私の言葉に、苦笑しているマリアル。
まぁ、そういうのも家臣の仕事の一部だし、そういうのに備えて、先にここに泊まらせておいたのだろうけど。……逆に、徹夜組がいなかっただけ、マシなのかも知れない。
徹夜で並ばれて、暇なものだから夜通し徹夜仲間で大声で話をされたり奇声を上げられたりしたら、堪ったもんじゃない。警備兵を呼ばれちゃうよ。
「でも、そんなに長時間並ばれたということは、貴族本人ではなく、家臣の方なのでしょうね」
マリアルが言う通り、貴族がそんな苦行に耐えられるわけがない。家臣に並ばせて、自分の邸への招待とか、そういうののメッセージを届けるだけであろう。マリアルはそんなのは受けないけど。
勿論、並んだ者が他の者と交代する、というのは、認めていない。
そんなのを認めたら、金で雇った者を並ばせる奴が大勢現れるに決まっているからだ。
そんな奴には、『愛し子様』と会見する資格はない。告知の際に、ちゃんとそう明記してある。
室内では、楕円形のテーブルの片方の端に座ったマリアルと、その左右に座った家臣。更にその右隣にロランド、左隣に私、そして更に私の左にフランセットが座っている。
勿論これは、客が襲い掛かってもマリアルを護れる態勢、かつその前に私を護れる態勢としての、フランセットのぎりぎりの妥協案としてこういう席の配置になったのだ。これならば、反対側の端に座った客が隠し武器を取り出して襲い掛かったとしても、フランセットとロランドが確実に食い止められる。
……それと、私達や、首都のことを色々と調べている家臣が出す合図がマリアルから見える位置取り、ということもある。
レイエットちゃんを連れたベルとエミールは、マリアルの後方に椅子を並べて座っている。このふたりも私の護衛をすると言って聞かなかったため、レイエットちゃんを敵地でひとりにするわけにも行かず、こうなってしまったのだ。
で、最初に部屋に入ってきたのは……。
「お初にお目に掛かります、ドリヴェル男爵です」
年配の男性だけど、向こうは男爵、マリアルは子爵。それに、むこうがマリアルに会って貰うべく訪ねてきているわけだから、当然、マリアルが上位者だ。
でも、そうは分かっていても、さすがに成人前の小娘に敬語を使うのは、やりにくそう……。
ま、貴族なんだから、それくらいは割り切ってるとは思うけどね。自分より年下の伯爵とか、侯爵の息子とかと話すこともあるだろうし。
……というか、家臣ではなく、貴族家当主自身が並んで待っていたのか、夜明け前から!
その気概だけは、大したものだ。
で、貴族がそこまでやって、マリアルにどんな話をしたいのかな……。
「我がドリヴェル家も、レイフェル子爵家と同じく、女神にお救い戴きました。同じ、女神にお救い戴いた者同士、何かあれば、全力でお助け致します。その際には、御遠慮なくお頼り戴きたい」
え? それって?
「長男、シャロトを女神の秘薬でお救い戴いたこと、決して忘れませぬ。そして、子々孫々、わがドリヴェル男爵家にそのことを伝え、何時如何なる時であろうとも、お呼びとあらば馳せ参じ、女神の尖兵として戦いの末席にお加え戴くことをお誓い致します。我が一族の全てを捧げて……」
……って、身体の向きを微妙に変えて、マリアルではなく、私の方を向いている?
でも、私、あの時は仮面を着けていたよね? 顔は見せていないはず……。
しかし、今の言葉は、明らかにマリアルに対するものじゃない。ならば……。
そっと、微かに頷いてみた。気にしなければ、少し頭が揺れただけ、としか思えないくらいの、ほんの僅か……。
すると、男爵は、満面の笑みを浮かべて、大きく頭を下げた。……私の方に向かって。
……完全に、バレテーラ……。
ま、いっか!
「マリアル様の危機に際して、御助力戴けますよう……」
私が、あくまでも侍女の振りをして口を挟むと……御主人様と他の貴族との会話に口を挟む侍女なんか、存在するはずがないけれど……、再び大きく頷いた男爵は、その後、マリアルと実務的な話をして、辞去した。
「カオル様、今のは……」
様呼びされたけれど、ここには私達とマリアルの家臣、使用人しかいないから、ま、いいか。
「以前、病気だったあそこの長男を治したの。ただ、それだけだよ」
「「「「「…………」」」」」
何だか、レイフェル子爵家一同に呆れたような顔をされた。
え、今の台詞に、何か呆れるようなとこ、あった?
仕切り直して、次の来客。
「商家を営んでおります、『グリフォン商会』、エレクディルと申します!」
「あ……」
「え? あ……」
互いに眼が合い、固まる私と来客。
そう、顔見知りだ。……例の、首都から『便利な店 ベル』にやってきた4人の商人のうちの、抜け駆けしようとした人。
「どうしてここに……」
いや、そんなことを言われても、知らんがな……。
「いや、首都遠征に際して、子爵家に侍女として臨時に雇われたんだけど、それが何か?」
別に私と上下関係があるわけじゃないから、タメ口だ、タメ口!
「…………」
エレクディルという名のその商人は、微妙な顔をしながらも、何も言うべきことが浮かばなかったのか、私をスルーしてマリアルに話し掛けた。
「この度は、お会い戴き、ありがとうございます。我が『グリフォン商会』は……」
でも、家臣のふたりと私が、既にテーブルの上に置いた手でサインを送り済みだ。
『信用できない人物』
『信用できない人物』
『信用できない人物』
うん、私と家臣ふたり、全員の意見が一致した。
微かに頷いたマリアルは、これで、何の約束もせずに適当にあしらうだろう。
「……では、ごきげんよう……」
数分後、相手の要望は全てスルーし、何の約束も言質も与えずに、最短時間で会見を終わらせたマリアルは、ごきげんようの呪文を唱え、エレクディルを追い出した。
エレクディルは、まだ喋りたそうな顔をしていたけれど、さすがに、ここまであからさまに辞去を促されていながら食い下がる程の恥知らずではなかったらしい。
ま、今日はフランセットが侍女の恰好ではなく、いつもの騎士装備で、ちょっと剣の柄に手をやったりしていたからかも知れないけれどね。
「はい、次の方~!」
そして部屋へ入ってきた、商人っぽい服装のおじさん。
「あ」
「あ」
……うん、あの時の4人の商人は、ほぼ同クラスの、首都でブイブイ言わせている遣り手商会主達だったよね。
なら、さっきの商人、エレクディルと同じパターンの行動を取っていても、何の不思議もない。いや、『わざわざ遠出してまで会いに行ったのに会えなかった愛し子様が、向こうからやってきた』というのに、来ないわけがない。……当たり前じゃん。




