143 首都へ 2
あれから伯爵と色々な打合せをして、解散。
如何にもな『貴族の晩餐』という感じの夕食の後、各自の部屋へ。
後でマリアルに聞いたら、貴族だからといって、毎晩あんな食事だというわけではないらしい。
お祝い事か来客がある時だけ、とのこと。
……そりゃそうか。毎晩あんなの食べてたら、必要経費以前の問題として、病気になって早死にするわ!
私達は使用人なので、勿論個室ではなく相部屋。
私、レイエットちゃん、ベル、フランセットが同室。……男共は知らん。
ベルが、レイエットちゃんと一緒に寝る権利を強く主張したため、譲った。私は、いつでも一緒に寝られるからね。
騎士であるフランセットは、敵地で油断するようなヤツじゃない。机をドアの前へ移動させて、その上に花瓶を乗せて、自分は窓の下に座り、剣を抱えて片膝を立てて仮眠するらしい。
……うん、知ってた。
翌朝起きると、既にドアの前の机は元の位置に戻されており、鞘に入ったままの剣を左手に持ったフランセットが、私の顔をじっと見詰めていた。
……顔と顔の間が10センチくらいの距離で。
怖いわ!
思わず、悲鳴を上げたわっっ!!
そして、二度とやらないようにと説教したら、不満たらたらの様子。
くそ、今度、こっちがやってやる! 心臓が止まりそうな思いを味わうがいい!!
そして、朝食。
かなりガッツリしたやつだ。
この世界では、朝が早いし、農民や猟師、樵、旅に出る者等の、昼食の支度を野外で行わなければならない者達は、昼食に時間や素材や水を大量に使うわけにはいかない。……勿論、野外行動中の兵士達も。
なので、朝食をガッツリ摂って、昼食は簡単に。そして夕食をやや早めに、みんなでゆっくりと楽しみながら摂る、というのが相場である。
……うん、日本式に慣れた私には、この世界に来てから5年近く経った今でも、ここの朝食のガッツリ具合にはちょっとついていけないんだ……。
まぁ、この5年弱、朝食は大抵自分で作っていたから、日本式の分量であっさりしたものを摂っていた。だから、ここの方式には慣れようもなかったんだけどね。
でも、来客がある時の貴族の食事は、食べきれない量を出して残すのが普通だから、問題ない。
「それは、マリアル様達の、貴族様御本人達の食卓の話ですよ! 我々使用人の食卓は、ちゃんと出されたものを全て戴くのが礼儀ですよ!」
フランセットに、横からそう突っ込まれた。
昨日の晩餐は、労いの意味と、マリアルが落ち着けるようにとのことで私達も招かれたけれど、その後は勿論、使用人が主人と食卓を同じくすることはない。
……うん、知ってた。
そしてやむなく、殆どカラになっているフランセットの料理皿と素早く交換するのであった。
……そんなに呆れたような顔で見ない!
あんたは、この量だと足りないんでしょ。Win-Winじゃないの!
そして、みんなで派閥の長のところへ。
……但し、ベルとレイエットちゃんを除く。
お付きの侍女である私と、女性の護衛(着替えやお花摘みの時にもマリアルについていられる)であるフランセットはともかく、子守りメイドと子守られメイドがくっついているのは、さすがにマズいだろう……。
ロランドとエミールは、馬車の護衛として加わり、会談中は護衛の待機室で不測の事態に備える。
翌日以降の、マリアルが長に連れ回される時は、私とフランセットが同行するのが精一杯だろう。こちらからそれ以外の男の護衛をつけるということは、長を、そして長の護衛達の力を信じていないということになってしまう。
* *
「おお、よく来てくれた! 儂が、セリドラーク侯爵じゃ!」
マスリウス伯爵家が、そしてレイフェル子爵家が所属する派閥のリーダーである、セリドラーク侯爵。
60歳過ぎの、現代日本であればまだまだ元気な年齢であるが、この世界ではかなりのお年寄りだ。皮膚も大分萎びてきている。
マスリウス伯爵情報によると、セリドラーク侯爵は代々引き継いだ派閥の長を務めているものの、そう大した野望も覇気もなく、中道政治を心掛けて偏らない中正な立場を貫く、比較的穏健な小さな派閥の纏め役に過ぎなかった。……そう、先月までは。
それが、自分の派閥内に『女神セレスティーヌの寵愛を受けし愛し子』が爆誕、しかもそれが若く可愛い未婚の少女、おまけに貴族家当主という、トリプル役満かロイヤルストレートフラッシュの手札を握ってしまったため、はっちゃけたらしい。
そう、世界征服……、とまではいかないが、自分が率いる派閥の大躍進を企んだわけである。
いや、別に、それが悪いというわけではない。政治家であれば、そして派閥を率いる者であれば、派閥の貴族達のこと、そして国のことを考え、自分達が勢力を伸ばし、自分達が正しいと信じる政策を推し進められるよう努力するのは当然のことであろう。
……それが、ひとりの少女を利用しての、少々、いや、かなりズルっぽいやり方でなければ。
まぁ、そういうことであった。
そして始まる、侯爵の攻撃!
さすがに、高齢である侯爵自身がマリアルをどうこう、というつもりは全くないようだけど、自分の孫や派閥内の有力貴族の子供とかと引き合わせようとしたり、明らかに『そういう目的』のパーティーやらの話が……。
そしてそれを、『今はまだ、家族を亡くしたばかりなのでそのような気には』、とか、『今は領地の混乱を収めるのが先決です』とか言って、華麗に避けるマリアル。
侯爵が次々と繰り出す言葉の槍を、言葉の舞いでひらりひらりと躱すマリアル。
凄ぇ……。貴族、恐るべし!
滞在場所を侯爵邸に移して、首都に長期滞在してはどうか、という勧めには、何も知らない状態で引き継いでしまった領地を掌握するのが今の最優先事項です、と言って躱したマリアルも、派閥の貴族への紹介や王宮への表敬訪問、そして有力商人達との顔合わせは、さすがに断れない。それらは、マリアルとしてではなく、レイフェル子爵家当主としての義務である。
そして、明日から始まるそれらには、マスリウス伯爵からの援護射撃はない。
* *
「疲れました……」
そして、ようやく戦いが終わり、解放された私達。
疲れた、のひと言で済ませたマリアル、凄すぎるだろ……。
「ま、侯爵とは友好関係を保っておく必要があるからな。でないと、派閥全体と敵対することになって、盾を完全に失ったマリアルに、魑魅魍魎共が一斉に襲い掛かるからなぁ……」
そう、マスリウス伯爵が言う通り、ここで初っ端からセリドラーク侯爵と喧嘩するわけにはいかないのだ。
単なる派閥の構成員となら、個別に多少のいがみ合いがあっても構わないんだけど。
利害関係の対立が多い貴族同士なんだから、いくら同じ派閥とはいえ、そんなにみんなが仲良しこよしというわけじゃない。だから、ポイントだけしっかりと押さえておけばいいんだ。
……そして、それは、今終わった。
あとは、マリアルに好意的な貴族にはこちらも便宜を図って、害になりそうな貴族は相手にせず、疎遠にする。
別に派閥に対する隔意ではなく、『派閥の中の、悪意を示す者と距離を取る』というだけなので、それは個人的な、というか、貴族家同士の一対一での話であるから、派閥とは全く関係ない。
あとは、マリアルが好きにやる。
相手の貴族、そして同席しているセリドラーク侯爵がどう出るかは知らないけれど、それは大した問題じゃない。
……何のために、私とフランセットがマリアルに同伴すると思っているのかな?




