14 隣国、バルモア王国へ
隣国へ向かう旅を続けて数日。
幸い、またまた親切な商人さんが便乗させてくれて、助かっている。本当は15歳の身体だけど、かなり下に見られるので、こういう時は助かる。あ、婚活期間を水増しできるかも。
しかし、あの門番さん、いい人だったなぁ。正直、水や食べ物はアイテムボックスに充分あったけど、心配しての御厚意なので、黙って受け取った。いつか機会があればお礼しよう。
馬車に乗せてくれた商人さんは、王都に店を持っているらしい。でも、初心を忘れないためと、情報収集のために、時々自分で行商に出るとか。うん、商人の鑑だねぇ。
でも、その間店を任されている息子さんからは、危険だからやめるよう言われているらしい。
退屈なので、荷台ではなく御者席で商人さんの隣りに座って世間話。これから行くバルモア王国と王都グルアについては、王都の住民であるらしい商人さんから聞く話が役に立つはず。一応、定住を考えている場所だからね、王都グルア。まずは情報収集、情報収集……。
「ほほぅ、それで、その店は売り上げを落とした、と?」
「はい、『平日半額』じゃなく、『休日倍額』なんじゃないか、と言われて。半額で売っても儲かるなら定価は暴利かよ、って…」
「なるほど…」
「で、閉店前に大幅な値引き販売をして売れ残りをなくそうとしたら、みんな閉店前まで買わずに待っているようになった、というわけでして」
「う~ん…」
「儲からない客に長居されるようなサービスをして、普通の客が席に座れなくて客足が遠のいた、ですか……」
「目玉商品、ですか…。撒き餌? 抱き合わせ?」
「客の囲い込み、ですか? それと、狙う客層を絞る? いや、それじゃあ一部のお客様しか…、ええ」
………こっちが情報収集されてどうする!!
面白い少女だった。
店を息子に任せての、趣味とも言える行商。その帰り路、王都グルアまであと僅かとなった時に拾った少女。
11~12歳くらいの、ろくに荷物も持たずにゆっくりと歩いている少女。王都に向かっているらしいが、そんな軽装で、いったいどこから歩いて来たのだろうか。
明らかに普通の者より時間がかかりそうなその足取り。魔獣どころか、野犬一匹現れただけで終わりそうな小さく華奢な身体。自分も娘を持つ身、放ってはおけなかった。
荷台に空きはあったが、退屈だからと御者席に来て、王都のことを色々と聞いてきた。王都で職を探すらしい。
いつの間にか話が商売のことになり、少女の口から出る『知っている店の話』、『人から聞いた話』の数々。
驚いた。どうしてそう色々な話を知っている? 田舎町の少女が聞く機会のある話など、たかが知れているはず。商人が、そう容易く仕事の細部を話すはずもない。しかも、意味も判らずに聞いたことを伝えるだけではなく、ちゃんと経緯や原因を理解し、自分なりの考察も加えている。またそれが鋭い意見なのである!
今まで、値引きということはあまり考えなかった。商品には売り場に並ぶまでにかかった経費というものがあり、適正な利潤率というものがある。また、作り手、売り手、買い手それぞれに対する信頼というものがある。その商品にふさわしい値段で売る。高すぎても、安すぎてもいけない。市場を乱すのは商人として避けるべきこと…。
しかし、少女の語る値付けの話、値引きの話は興味深かった。自分の信念の正しさを改めて認識した話もあれば、興味を引かれる案もあった。少女は『そういうことがあった、と聞いただけ』と言っているが、明らかに深い事情に通じているし、自分の考えを加えて話している。将来が楽しみな子だ。
仕事を探しているなら、それがうちの店であっても問題ないはずだ。うちの店の名を聞けば、喜んで了承するだろう。よし、そうしよう!
王都の外門に着いた。入門の列の最後尾まで、あと数分で着く。よし。
「カオルちゃん、もし良かったら、うちで働く気はないかい? 住み込みで働けるから、住むところの心配もないし」
少女はほんの少し考えたあと、にっこり微笑んで答えた。
「いえ、結構です。自分で探しますので…」
え?
「あ、ああ、まだうちの店の名前を言ってなかったね。うちは、あの『アビリ商会』なんだ。私がその商会主、ヨハン・アビリ。どうだい、驚いたかい!」
自信たっぷりにそう告げ、にこりと笑う。
「……そうなんですか。あ、私は新規手続きなんで、ここで失礼します。乗せて戴いてありがとうございました。助かりました。お話も楽しかったです。それでは、またご縁がありましたら!」
列の後尾につき止まった馬車から降り、礼を言って歩き去る少女。それを呆然と見送るアビリ商会の商会主、ヨハン・アビリ。
「…あの、アビリ商会なんだけど…。王都で3指にはいると言われ、近隣国でも有名で、働きたいという希望者が多い、あの、アビリ商会……。田舎から出てきた者にとって、絶対はいりたい、はずの、アビリ商会で………」
ヨハンの声が段々弱々しくなってゆき、そして途絶えた。
(商人さん、いい人みたいだけど、小さなお店で住み込みだと色んな雑用で忙しいよねぇ、多分。朝起きてから夜寝るまで、自由な時間なんか無さそうで。休日もあるかどうか、怪しいし…。
悪いけど、もっと自由時間の多い仕事を探そう。今度は後ろ盾になってくれる人を捕まえたり、自分の立場を作ったりしなきゃならないし……)
王都グルア 仕事斡旋所
う~ん、いいのが無い……。
唸りながら募集要項を調べ続ける香。調べ始めてから、もうかなり時間が経っていた。二度ほど応募すべく受付に行ったが、例によって『未成年はダメ』とのことで却下。別におかしな仕事ではなかったのに…。
それを見て、奥の方で事務仕事をしていた男性が受付の女性に声をかけた。
「おい、アリアちゃん、その子にアレどうだ? バルドーさんのとこの…」
「ああ、あれですか。そうですねぇ……」
受付の女性は、しばし香を見詰めたあと、聞いた。
「お嬢ちゃん、家事はできる? お掃除と、簡単な料理とか」
両親が共働きだったので、中学生の頃から家事と妹の世話はよくやっていた。任せて!
「はい、母も働いていたので、家事と子供の世話は得意です!」
「ああ、ならいけるかも…。住み込みでのお手伝い、ってのがあるんだけど、どう?」
受付の女性の説明によると、ある小さな工房が住み込みのお手伝いさんを募集しているらしい。工房主を含めて5人の、ちょっと変わった工房とか。
で、みんな決して悪い人ではないのに、なかなかお手伝いさんが居着かない。しょっちゅう募集し直すと、仲介手数料も馬鹿にならない。
仕事は、食事の世話と掃除、洗濯、その他雑用。工房主以外はみんな通いだけど、食事は殆ど工房で食べる、とのこと。各自それぞれ自宅で作るのは面倒なのだろう。
決してそう忙しくはなく、言われた仕事さえきちんとしていれば空き時間は自由にしていても良いらしい。食事の用意さえ出来ていれば、日中に出歩いても問題無いとか。休日もある。その日はみんな外食か適当なもので済ますらしい。まぁ、お手伝いさんがいない期間もあったのだから、それくらいは出来るか。
…え、なにソレ。理想的な仕事ですよ、私には!
「斡旋所からの紹介で参りました、カオルと申します」
「ああ、ウチはそんな堅っ苦しいのは無しだ。楽にやってくれ」
香が紹介された工房、『マイヤール工房』の工房主、バルドーさんは笑いながらそう言ってくれた。それは助かる。
「とりあえず、数日はお試し期間、ということにしてくれ。毎回すぐ辞められるもんで、紹介料が嵩んでな。特別に、その間は紹介料を猶予してくれてるんだよ」
バルドーはそう言って苦笑いする。
「じゃあ、とりあえず、みんなに紹介するか。何でも正直に言うから、ダメだと思ったら我慢せずに早めに言ってくれ。…慣れてるんで、別に気にしないからな」
「分かりました」
どんだけ弱気なんだか……。
工房の、作業室、…と言うより、研究室っぽいところへ案内された。
ドアを開けた瞬間。
「……むぅ」
臭い。
男の汗と体臭、薬品臭。何かが腐ったような臭い。どこかに死体が隠されてないか?
そして、4人の男性。うち2名は床に転がっている。中年ひとり、青年ふたり、少年ひとり。まぁ、少年とは言ってもここでは成人だけど。
「起きろ、カルロス、アルバン。新しいお手伝い候補だ、紹介するぞ!」
ふたりとも飛び起きた。
「「ありがたい!」」
「いや、まだ『お試し』だからな、『お試し』!」
バルドーが釘を刺した。
上から、カルロスさん32歳、アシルさん21歳、アルバンさん19歳、ブライアン君16歳。みんな、技術者を目指して頑張っているらしい。
バルドーさんの説明によると、ここはただ製品を造って売って儲けて生活費に、という工房ではなく、様々な研究をして新たな技術を開発したり、新製品を生み出したりする『研究所』のようなものらしい。ただ、どこからも資金援助など無いため、研究費用と生活費稼ぎのために普通の製品も造る。
腕は確かなので製品のモノは良いが、あくまでも研究メインであり、また商売などには向いていない研究畑の者ばかりなのでお金はない。そしてそんな、商売人ではなく研究者の集まりなので、勤務時間というような概念はない。熱中すると何日も身体も洗わず着替えもしない。食事を忘れて倒れる。何日も研究室に泊まり込む。研究内容についてはよく喋るが、世間一般のこととなるとあまり知らず、口数が減る。
(………ああ、5人の子供の世話をする、ってことか)
香は状況を正確に把握した。
各自の紹介と簡単な説明のあと、質問タイム。
「あの、掃除と料理はできますか?」
「掃除は人並みには。料理は得意な方かと。昔から家族の食事を作ってましたし、働いていた食堂で作った賄いが正式メニューに採用されるくらいには」
おおっ、と期待に満ちた眼。
「えと、ここの掃除には色々と気を付けて貰いたいことがあるんですが…」
「あ、散らかっているように見えてもちゃんと置き場所が決まっているから勝手に場所を動かさない、とか、紙くずに見えても大事なメモかも知れないから勝手に捨てない、とか、薬品は危険だから臭いを嗅ごうとしない、触れない、混ぜない、適当に捨てない、とかでしょうか?」
「「「「え………」」」」
「あの、こういうところで働いたことが?」
「いえ、ありませんけど……」
「………」
「あの、その、僕たち時間にルーズで……。研究に熱中すると我を忘れて、食事の時間もすっぽかしたり……」
「え、男の人って、みんなそういうものなのでは?」
期待に満ちた、キラキラした眼でバルドーを見る4人。バルドーの表情も明るい。
もしかしたら、居着いてくれるかも……。




